第三章・奇襲

仁万咲来は、刺鹿家へと向かおうとしていたが、丁度その時、携帯電話が鳴った。

その電話の相手は匿名だった、だが、無視する事は出来ずに、仁万咲来は即座に通話状態にして携帯電話を耳に当てると、女性の声が聞こえてくる。


『もしもーし、咲来ー?あのさー、今、ご当主様が呼んでるのよ、だから、今すぐ戻って来てくれない?』


と、友人の声が聞こえてくる。

仁万咲来は、早く刺鹿家へと移動したかったが、彼女の権限は出雲郷八雲岌武千代が握っている。

その為に、仁万咲来は仕方なく、春夏秋冬式織の元よりも、出雲郷八雲岌武千代が待つ屋敷へと向かった。


部屋に入ると、裸の女性たちが出雲郷八雲岌武千代の傍に居る。

その中には、仁万咲来の友人の姿も目に入っていた。

即座に彼女は神力の門を開くと、出雲郷八雲岌武千代の神力が流れ込んで来る。


『どうやら、春夏秋冬式織と三刀屋剣也と接触させるらしいな』


渇いた口、罅割れて獣の様な口へと変わっている出雲郷八雲岌武千代の声に仁万咲来は頷いた。

周囲の空気に浸透する神力、それはまるで蛇の様に体中に絡みついて来る。

蛇に睨まれた蛙、いや、蛇に巻き付かれた兎の様なものだ。

縛り、動きを拘束し、嚙みつき、毒を以て痺れを起こす様に、体は他者によって強制制御されていく。


しかし、口は開く、喋る事は不許可されていない。

だから、仁万咲来は動じず、冷静に、出雲郷八雲岌武千代に頷き、声を掛ける。


「はい、それが、式織様の成長に繋がると思った為です」


彼女は正面を向いて堂々と、師匠に恥じぬ意思と姿勢を以て自らの主の前に立つ。


『春夏秋冬式織は、春夏秋冬澱織の息子である、血が繋がらずとも、その事実は変わらない、であれば、春夏秋冬式織を無駄死にさせるつもりか?』


やはり、春夏秋冬式織と、三刀屋剣也との間には差と言うものがあるらしい。


『如何に天賦の才を持つ春夏秋冬式織だろうとも、大人で、経験もある三刀屋剣也と戦えば、実力の差は知れているだろう』


「…では、何故、危険視している三刀屋剣也を逃したのですか?澱織様に対する執念を持ち合わせるあの男を、何故、野放しにしたのですか?」


痛い所を突く。

一瞬の硬直と共に、出雲郷八雲岌武千代は、その理由を口にした。


『忘れていた』


危険視している相手を、出雲郷八雲岌武千代は忘却の彼方へと追いやっていたのだ。

それは、三刀屋剣也が恨んでいる相手が理由となっているのだろう。


『春夏秋冬澱織が三刀屋剣也に負ける筈が無い。だからこそ、三刀屋剣也も春夏秋冬澱織に復讐などは考えなかったのだ、だが…春夏秋冬式織、奴の子供ならば、愛着がある分、澱織が感じる罪悪感も増加すると、考えているのだろうな』


復讐をするには、春夏秋冬澱織は強すぎた。

故に、その復讐を遂げる前に死ぬ事を理解しているのだろう。

だから、春夏秋冬澱織に恨みを晴らす事は諦めたのだ。

だが、こうして春夏秋冬式織の息子が登場した。

そうなれば、復讐の相手は、必然的に春夏秋冬澱織の息子になる。


『細かい話はどうでもいい、曲がりなりにも、澱織の息子、それが死ぬ事になれば、どうなるかは分かっているな?お前の独断で決めた事、それなりの罰では足りぬぞ?』


春夏秋冬式織の身に何かあれば、仁万咲来も無事には済まないだろう。

それを出雲郷八雲岌武千代は言った所、彼女は動じずに頷いた。


「えぇ、承知しています…が、言わせて貰うのであれば…元から、式織様の育成は他ならぬ澱織様から頼まれていた事です、…澱織様が、私の元ならば良いだろうと判断し、信用をしたのです、ならば、私に出来る事は一つだけ」


それは、春夏秋冬式織の師匠として、彼を全力で鍛える。

其処で不測の事態、死が春夏秋冬式織を迎えようとも。

その責任を取る覚悟は確かに存在していた。

胸に手を添えて、仁万咲来は答える。


「この命を以て、式織様を強くする。それが叶わぬならば私は命を捨てましょう、その覚悟で、式織様を育てているのです」


出雲郷八雲岌武千代は真っすぐと、黄金の瞳で仁万咲来を見つめる。

その言葉に嘘偽りなど無いのだろう、確かな本気を、彼女の中から確認する事が出来た。


刺鹿家で遊んだ春夏秋冬式織。

辺りは既に暗くなっており、小学生が一人で帰るには少し危険な時間帯。


「今日はありがとな、チヨ」


良い気分転換になったと、春夏秋冬式織が言うと、微笑みで返してくれる刺鹿蝶治郎。


「また、遊ぼうね」


そう約束をして、玄関から門前までついて来てくれる刺鹿蝶治郎。

だが、門から先は、本来居る筈の、三刀屋剣也の姿が何処にも無かった。


「あれ?剣也が居ない…何処に行ったのかな?」


そう不思議そうな顔をしている刺鹿蝶治郎。

春夏秋冬式織も左右を見回すが誰も居ない、しかし、本格的に探すとなれば、相応の時間も必要になってくる。

後の事は刺鹿家に任せて、春夏秋冬式織は帰る事にした。


一人、春夏秋冬式織は歩きながら周囲を見回す。

何か静かだな、と思っていた、それと同時に、春夏秋冬式織は保護者役である仁万咲来に連絡を入れる事を忘れていた。

携帯電話を取り出して、仁万咲来に連絡を入れようと思った、だが。


「…?けんがい」


携帯電話は圏外になっていた。

電波が悪いのか、そう思いながら、早めに帰ろうと神力を操作して身体強化を行おうとした時。


「(流繊躰動)」


背後から迫る何者かに、春夏秋冬式織は蹴り上げられた。


「っ」


咄嗟に、春夏秋冬式織は『甲城纏鎧』によって肉体を防護したが勢いが止まらず前転し、地面に着地する。


「なんだ、お前」


春夏秋冬式織は自らの前に立つ、敵意と殺意を漏らす男を認識する。

顔面を包帯で巻いている男性の両手には、刀を握り締めていた。


「(『甲城纏鎧』)」


男の肉体に神力が噴出されると共に、刀を春夏秋冬式織に向けて接近する。

春夏秋冬式織は相手の殺意に反応すると共に、地面を強く蹴って拳を固める。


男による一振り、それを背の低い春夏秋冬式織は回避すると共に、『流繊躰動』によって強化した拳と、加えて『天飛上落』による噴出力を応用した『甲城纏鎧』を無視する拳を腹部に叩き付けた時。


「…ッ」


男の纏う『甲城纏鎧』が形状を変え、春夏秋冬式織に向けて伸び出した。

鋭い切っ先が春夏秋冬式織の体を切り裂くと、赤い線が体に刻まれて、其処から生暖かい血が流れ出る。


「ッ(『甲城纏鎧』)」


即座、男の蹴りが春夏秋冬式織の体を叩き付ける。

『流繊躰動』に加えて『天飛上落』による推進力を会得した蹴りだ。

その一撃を喰らい、春夏秋冬式織は遥か後方へと叩き付けられる。

壁に背中を打ち付けて、息を吐き出す春夏秋冬式織。

子供を弄る男は、唾を地面に吐いて叫んだ。


「お前の親父はクソ野郎だ」


急に、春夏秋冬式織の父親の事を罵倒する。


「この俺を見下しやがった、第四冠位である『清和』の階級を持つこの俺を…」


絶対的な自信があったのだろう。

だが、春夏秋冬澱織がそれを歪ませたらしい。

その言葉を叫んだが、しかし、春夏秋冬式織には届いていない。


「(攻撃をしたのに、手が斬れた、…相手は攻撃の動作すらしてない)」


体に刻まれた傷を確認しながら、春夏秋冬式織は不思議に思っていた。

既に、相手の攻撃を学習している最中だった。


春夏秋冬式織は立ち上がる。

ランドセルを投げ捨てて、拳を構えた。


「(神力が肉体を覆っていた、『甲城纏鎧』で身を守っているんだろう、だったら、俺が受けた傷は『七曜冠印』による神力に属性を付加させたのか…防御を攻撃に変える、そんな事も出来るんだな)」


春夏秋冬式織は、相手を見据えている。

敗北に怯える様な、敵に怯む様な目ではない。

相手に勝つ、自分に勝つ、理想に勝つ。

戦闘意欲に溢れた目をしていた。


その目が、男にとっては気に食わないものなのだろう。

舌打ちをして、苛立ち、刀を強く握り締めて、大きく腕を上げる。


「クソ野郎と同じ目をしやがって…」


柄を握る。

腕を大きく振るう。

肉体から流れ出す神力が、刀身へと宿る。


「(依代術儀よりしろじゅつぎ動郷動動炉鬼あやのさとのとどろき』)」


刀を振るうと共に、斬撃の軌跡に神力が滞留する。

その軌跡上に残る神力が形成されていき、男が所持する刀と同形態と化すと、そのまま春夏秋冬式織に向かって飛び放つ。


「(刀が増えた)」


春夏秋冬式織は『甲城纏鎧』で防御をする。

その刀による刺突射出は、春夏秋冬式織の『甲城纏鎧』を突き破る事は出来なかった。

単純な練度では、春夏秋冬式織の方が上なのだろう。


「防御程度で終わると思ってんのかッ」


そう叫び、春夏秋冬式織に接近する。

大きく足を振り上げて春夏秋冬式織の腹部を蹴り上げた。


自らの術儀では春夏秋冬式織の『甲城纏鎧』を超える事は不可能だと悟ったらしい。

だからこそ、先程の一撃を与える事が出来た蹴り技で、春夏秋冬式織を存分に蹴り続ける。


足を上げて落とす、その動作一つで、小さな体は踏み潰されて小さく縮こまる。

完全に息の根を止めるまで、蹴り続けて、そうして男は荒々しく呼吸をした。


「はぁ…はぁ…ざまあみろ、お前がこんな目に遭うのも、全ては春夏秋冬澱織のせいだ、アイツの悔しがる顔が目に浮かぶぜ…」


刀を構える。

気絶しているのだろうか、神力を体に纏わなくなった春夏秋冬式織。

今の状態ならば、刀が容易に突き刺さるだろう。

そうして、春夏秋冬式織を突き刺そうとした時。


「…ッ、待ちなさい」


声が聞こえてくる。

その声に反応して、男が振り向くと。

其処には、息を切らしている仁万咲来の姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る