第三章・そして約束

春夏秋冬式織は、仁万咲来の顔を見て、自分の想いを舌に乗せて、それを発信する。


「目的が変わって来るだろ、俺は、ご褒美の為に強くなりたいワケじゃないんだ。憧れに追いつきたいから、俺は強くなりたいんだ、誰かの為にじゃなくて自分の為に、その自分の中に、誰かを入れたくない」


春夏秋冬式織の願いとは、憧れに届く事である。

憧れとは言うまでも無い、古今無双の英雄、最強の座に就く無敵の龍。

春夏秋冬澱織、春夏秋冬式織は、その男に拾われた時から、その男だけを見続け、憧れ、手を伸ばし続けた。

その純粋な願い、成就するまでは、邪な感情を、魔を差す様な事を、邪魔などされたくなかったのだ。

だから、彼女の言葉を、ご褒美を、春夏秋冬式織は要らぬと両断した。

その言葉に気づかされたのは、仁万咲来だった。

友達に唆されて、それが最善であると勘違いしてしまった。

自分が急に恥ずかしくなった、春夏秋冬式織の方が幾ばくも大人だった。


「…えぇ、そうですね、そうでした、私が間違ってました、式織様」


仁万咲来は謝罪する。

もっと、この子供には真摯に対応しようと思わせる。

春夏秋冬式織と言う人間を再確認し、そして見直した仁万咲来。


「うん、でも」


一つ、春夏秋冬式織は付け加えた。

何を口にするのか、仁万咲来は言葉を待つが、彼が放つ言葉は肩を落とすものだった。


「俺は俺の為にやるけど、それで達成したとしたら、それはそれでご褒美は貰っても良いって認識でも良いよな、です?」


…結局、ご褒美は貰う算段だったらしい。

しかし、彼女は其処に突っ込むよりも、春夏秋冬式織がご褒美を得たとして、その権利を一体何に使うのかが気になっている。

友人が言った言葉のうちに、子供と大人の立場でありながら禁忌を超えた性域の遊びなるものを聞いていたので、思わずそちらの方面に思考が偏ってしまう。


「な、何をおねだりするつもりですかっ!?」


身を悶えさせながら、仁万咲来は春夏秋冬式織を一人の男として見た。

まだ子供ではあるが、最近の小学生はかなり早いと聞く。

この身の貞操の危機を覚え騒ぎ立てる仁万咲来とは反面、春夏秋冬式織は不変だった。


「ん?うーん、そんなに怪しいものでもないと思うけど」


首を傾げる。

腕を組んで、仁万咲来の反応が其処まで大袈裟であるのか不思議がっている。


「怪しいものではない…では、変なお願いではないと言う認識で…」


流石に春夏秋冬式織でも、そちらの性知識に関する情報は無いだろう。

そう思った仁万咲来は落ち着きを取り戻し、冷静になりながら春夏秋冬式織のお願いを耳にする。


「大人になったら結婚してくれ」


更なる問題発言。

決して聞き逃しなど出来ない言葉、むしろ言い逃れて欲しいとすら思ってしまう。


「変な願い事ではないですかッ!」


慌てて、仁万咲来が叫ぶ。

脳内ではやはり、禁断の恋と言ったものが思い浮かばれていた。

落ち着かせる為に、仁万咲来は深呼吸を繰り返す。

 

「(だ、だいたい、貴方が結婚出来る年齢になった所で、私は三十近くなっているではないですか、それまで、純潔を守れと、言うのですか…ッ)」


未だそういった経験など無い。

二十歳かそこらになれば、適当な男と結ばれて破瓜はするだろうと思っていたが、流石に三十代になるまで自分の身が清らかであるのは少しだけ残念と思っている。

だが、それでも、その約束を覚えてくれているのならば。


「そんなに変な願い事かな…最近知ったけど、結婚って家族になること、一緒になる事、だろ?だったらさ、俺は欲しいんだよな、沢山の家族が」


春夏秋冬式織は最近ながら、結婚とは一緒になる事、と言う事を知った。

ただ、それだけの事なので、未だ、春夏秋冬式織は結婚を深く理解はしていない。

それでも、春夏秋冬式織にとってはそれが重要だ。

春夏秋冬式織には、血の繋がった家族など居ないのだ。


「俺はオリオリ以外には居ない、でも、もしも、オリオリが居なくなったら…俺は一人だ、俺は一人は寂しいから、だから、沢山の家族が欲しい、…そう思うのは、悪い事、なのかな?」


今はまだ、春夏秋冬澱織が居る。

だが、彼は何時命を落とすか分からない仕事をしている。

彼が何らかの事情で消息を絶ってしまえば、春夏秋冬式織は一人だけになってしまう。

それが一番、怖い事なのだろう。

だから、春夏秋冬式織は、そうならない様に必死になっていたのかも知れない。

春夏秋冬式織の言葉に、そうか、と仁万咲来は気づかされた。

如何に優秀であろうとも、春夏秋冬式織はまだ子供なのだ。


家族が居なくなる事に対して、尋常ではない恐怖を覚えている。

最初から、家族のいない孤児だった仁万咲来には慣れた感情だ。

それでも、疑問には思っただろう。

何故家族が居ないのか、自分の元には父親も母親も居ないのだろうか。

その寂しさを少しだけ思い出して、しみじみとしながら、仁万咲来は春夏秋冬式織を見て、その体を手招きすると、膝を落として、春夏秋冬式織と同じ視線になると、仁万咲来は、春夏秋冬式織の灰色の髪を撫でる。


「…では、こうしましょう」


一つ、仁万咲来は、約束を交わす。


「もしも、約束を、大人になるまで覚えていたのならば…その時は、私を娶って下さいますか?式織様」


春夏秋冬式織が大人になった時。

この約束を覚えている事が出来たのならば。

その時は、どのような状況であろうとも、この身を春夏秋冬式織に捧げると。

彼女の約束に対して、春夏秋冬式織は頷く。


「うん、約束する、絶対忘れない」


仁万咲来の指を掴んで、指切りをするのだった。


それはそれとして。

春夏秋冬式織は伸び悩んでいる事は事実だ。

拳を強く握り締める、春夏秋冬式織には、まだ力を扱う事は難しい。

七曜冠印。無限の可能性を持つがゆえに、手に余る代物だった。


「(こんな所で、俺は躓いている場合じゃないのに…)」


春夏秋冬式織は歯噛みした。

このまま、春夏秋冬式織は七曜冠印を習得出来なければ…憧れに到達する事は出来ない。

それが嫌だった、だから春夏秋冬式織は、焦っていたのかも知れない。


小学校。

春夏秋冬式織は給食の時間、席を合わせて刺鹿蝶治郎と食事をしている。


「どうかしたのかい?シキ」


パンを千切り、食べやすい大きさに揃えながら、刺鹿蝶治郎が飯を喰らっている。

春夏秋冬式織は、パンを今日の汁物であるクリームシチューに付けながら食べていると、ゆっくりと頷いた。


「うん…俺は、ダメな人間だ」


悲しい表情をしていると、刺鹿蝶治郎は心配しながら話しかけて来る。


「そんな事は無いよ、シキ、…何をしてるかは、あえては聞かないけどさ」


どうすれば、友達を癒す事が出来るのだろうか。

そう考えた時、そうだ、と。刺鹿蝶治郎は思いつく。


「今日さ、シキ」


「ん…?」


春夏秋冬式織はシチューを呑みながら、刺鹿蝶治郎の言葉に耳を傾ける。


「一緒に遊ばない?放課後が終わった時にでもさ」


「一緒に…?」


春夏秋冬式織は唸る。

本当ならば、放課後は一刻も早く、訓練をしたかった所なのだが。

しかし…今の状態では、春夏秋冬式織は煮詰まっているに過ぎない。

ならばいっその事、一度訓練を忘れて、遊び惚ける方が却って良い気分転換になるかも知れない。


「…あとで聞いてみる」


どちらにしても、師匠である仁万咲来に聞くべき事だった。

春夏秋冬式織の保護者は、現状では、仁万咲来と言う事になっているからだ。


だから、春夏秋冬式織は、仁万咲来に連絡を入れる事にした。

子供用携帯電話に登録された仁万咲来に連絡を取る。

コール音一回、それだけで即座に通話状態となり、仁万咲来の声が聞こえてくる。


『式織様、何かありましたか?』


早急に要求を聞きたがっている仁万咲来の声。

電話をすると言う事は、何かしら春夏秋冬式織に何かあったのではないか、と言う心配が脳裏に過っているのだろう。


「咲来の姉ちゃん、あのさ、今日は、友達と遊びたいんだけど、良いかな?」


と、仁万咲来に連絡を入れる。

友達、と言う言葉に、仁万咲来は押し黙る、そして。


『友達とは、刺鹿家ですか?』


と、仁万咲来が春夏秋冬式織の友人である刺鹿蝶治郎の家名を口にする。


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