第三章・そして過去に戻る

それは、仁万咲来と結婚の約束をするまでの物語である。


何時もの様に、訓練を終えた春夏秋冬式織。

彼の能力を確認していた仁万咲来はゆっくりと頷いていた。


「(四式も自在に操る事がある程度、可能になったようですね…これならば)…式織、こちらへ来なさい」


ストレッチをしていた春夏秋冬式織を、仁万咲来は呼びつける。

先生に呼ばれた事で、春夏秋冬式織は仁万咲来の方へと向かって、疲弊感の溜まった足取りで近づく。

そうして、よろめき、春夏秋冬式織が倒れそうになると、慌てる様に、仁万咲来がその体を抱き留めた。


「おっと…大丈夫ですか?式織」


「あ、はい…それで先生、何か用?…ですか?」


首を傾げて、春夏秋冬式織は言う。

まだ子供ではあるが、此処まで訓練を音を上げる事も無くついてきた春夏秋冬式織に、仁万咲来は可愛い弟の様に、頭を撫でる。


「…四式も、ある程度出来た事ですので、そろそろ、他の事も教えようかと思いました」


「他の事って…もしかして、七曜冠印?」


春夏秋冬式織は目を輝かせて聞く。

彼の言葉に、仁万咲来はそうだと頷いた。


「やった!」


嬉しそうに、その場を飛び跳ねる春夏秋冬式織。

まさに、その動作が、仁万咲来にとって嬉しいものだった。

段々と、愛しく思えて来たらしい。


「今、早速教えて、咲来先生」


疲弊など、新しい術を覚えられると思えば、全く感じないと、そう春夏秋冬式織は思っている。

春夏秋冬式織の言葉に、当然だと仁万咲来は頷いた。


「七曜冠印を混ぜた加工発露…基本的に教える事自体は簡単です、が。式織は特殊故に、どう教えるべきか悩みました」


春夏秋冬式織は特有の七曜冠印を持たない。

いや、持ちすぎているが故に、特出しなければ、七曜冠印を使えないのだ。

だから、春夏秋冬式織には、どの七曜冠印を使わせるのが良いのかを悩まなければならない。


だが、そんな事は単純であり、春夏秋冬式織は基本的に学習出来る人間だ。

だから、仁万咲来が今まで使用してきた『砂印』を見せて来たのだ。


「記憶を巡らせ、貴方が見て来た七曜冠印と直結させながら、四式を使ってみてください、難しいと思いますが、それが七曜冠印の使役の仕方です」


と、そういった。

春夏秋冬式織に必要なのはイメージである。

七曜冠印を他者が使用していた記憶から反復させ、自身が使っている様に認識させる事が重要だと。

そう言われた春夏秋冬式織はイメージする。

七曜冠印を使用していたイメージをする為に、その力を使用した人物を思い描いた。




七曜冠印を使用しようとする。

これまでの戦闘、仁万咲来の戦い方は間近で見ていた。

春夏秋冬式織は、仁万咲来の戦闘方法を真似ようと思ったらしい。

それは、仁万咲来の思考通りだ、春夏秋冬式織に一番近い人間、それは仁万咲来である。

こうして模擬戦闘を重ねる事で、春夏秋冬式織に自らの使役する七曜冠印『砂』を覚えさせようとしたのだ。


そうすれば、春夏秋冬式織は自らの冠印を使役する事が出来る、仁万咲来も同じ砂印である為に、説明をする分にも楽であり、易々と春夏秋冬式織に自らの能力を継承する事も出来ると考えた為だ。


「う…ぐぐ」


だが、いくら踏ん張ろうと、想像しようと、それを扱う事は出来ない。

ゆっくりと目を開ける。

汗を流している春夏秋冬式織は、仁万咲来の顔を見た。


「難しい…」


と、嘆くように言う。

どうやら春夏秋冬式織にも苦手な分野と言うものがあるらしい。


「まだ、始めたばかりですから…練習を重ねていきましょう」


そう優しい言葉を重ねて、春夏秋冬式織との練習は一旦終わった。

仁万咲来は少しだけショックを受けていた。

自分が教えた事に、春夏秋冬式織が覚えきる事が出来なかった為…ではない。


「(私の教え方が悪かったのでしょうか…)」


仁万咲来は巫覡かんなぎとしてはかなりの優秀な人間だ。

高校生と言う歳でありながら、十月機関が定める階級十二階位による第七階位『享菽きょうしゅく』の階級を持つ。


彼女程の年齢であれば、その階級に至る者は稀である。

十年に一度の逸材とも言わしめられる程の実力者である事は確実なのだ。


だからこそ、他の人間からの期待を背負う分、気が抜けない状態である事は、まず間違いないだろう。


彼女の一日、基本的に春夏秋冬式織の世話と勉学を両立させている。

十月機関付属教育施設にて育った彼女は、他の巫覡かんなぎである友人と、この悩みについて話していた。


「私の教えが悪いのか…いえ、きっとそうです。私が十年に一度の逸材ならば、式織様は百年に一度の原石なのですから」


だからこそ、自分が教えた事で、春夏秋冬式織が道を踏み外してしまった場合を想定してしまい、不安を覚えていた。


その友人は、紙パックのいちご牛乳をストローでちゅうちゅうと吸いながら言う。


「そりゃあねぇ、当たり前だよぉ…だってさぁ、その式織ちゃんっての?まったくもってご褒美って奴が無いんだからさぁ、モチベなんて上がらない筈だってぇ」


興味深い事を言って来る。

いや、知った様な口をきいて来る。

どちらもそう思ったのは、一理あるな、と思った為だろう。


「では、どうすれば?」


この友人にどうすれば良いのかと、仁万咲来が聞いた。

にんまりと笑うその友人は、さも当然だと言いたげに言い、直後、絶句と羞恥が彼女の顔に現れた。


平日の夕方。

授業が終わり学校から帰った春夏秋冬式織。

何時もの様に訓練の準備をしている時に、仁万咲来が春夏秋冬式織の方へ近づくと咳払いをした。

その咳払いに対して春夏秋冬式織は首を後ろに向けて仁万咲来の方を見た。

彼女は赤面だった、何かをしようとしているらしく、恥ずかしくて仕方が無い様子であるらしいが、春夏秋冬式織にはそれがなんであるのかが分からない。

そうして、沈黙が続く。

彼女がそれを口にする事は憚れていた。

何せ、内容が内容である、友人から唆されてそれを口にする事になってしまったのだから、自分に意思がないものと同じである、だが、仁万咲来は呼吸を繰り返して、ようやく、春夏秋冬式織に伝える事にした。


「もしも、その、無事に習得する事が出来れば」


呼吸を一つ。

黒髪の美少女は、春夏秋冬式織にある提案をする。

指を一つ立てて、何を想像しているのか、胸に手を添えていた、胸を隠しているようにも見えたが、その行動はまだ幼い春夏秋冬式織には理解し難い行動であった事は間違いない。

さて、其処から、友人に唆された仁万咲来の言葉。

それは、所謂魔法のランプの様なものだった。


「式織、貴方の願いを、一つだけ、なんでも叶えてあげましょう」


擦れば魔人が現れ、願いを三つだけ叶えてくれる。

と、彼女の言葉は魔法のランプよりも、叶えてくれる願い事は少ない。

だが、美少女がそれを口にした以上は、誰もが邪な事を考えるだろう。

魔人とは違い出来る事は少ない分、しかしそれでも満足感と幸福感は一定の基準を遥かに超える、あるいは魔人よりも上に至るかも知れない。


「…なんでも?」


春夏秋冬式織の確認。

彼女が言ったなんでも、と言う言葉に語弊が無いか確認する様に鸚鵡返しをする。


「…え、えぇ、なんでも、です」


大して、仁万咲来も同じようなものだった。

春夏秋冬式織と同じ様に、彼が先程口にした言葉を鸚鵡返しで返していた。

ドキドキと心臓を高鳴らせている、まさか子供とは言え、この様な事を口にするなど卑猥でしかないだろう。

春夏秋冬式織は暫く、考える様な素振りをして、そして、なんとも、がっかりとした表情を浮かべると共に溜息を吐いた。

その反応に、流石の仁万咲来も興奮を冷ます他無い、自分の中で盛り上がっていたのに、急に水を掛けられたかの様な急速な熱の冷まし方だった。

それ程までに、春夏秋冬式織の溜息が効いたのだろう。

ぽつりと、仁万咲来を残念がる様に、春夏秋冬式織は溜息の理由を語り出した。


「…そういうの、俺は嫌いだ」


と、春夏秋冬式織は語る。

彼の言葉に、仁万咲来はどうして、と口に出そうとして止める。

何となく、春夏秋冬式織が嫌いだと言った言葉を、その理由を探す。

すると、間髪入れずに春夏秋冬式織がその理由を語り出した。



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