第三章・三人の婚約者

黒周礼紗の屋敷の前に車が停車する。

春夏秋冬式織が車から出ると、門番が春夏秋冬式織を確認する。

即座に門が開かれるので、春夏秋冬式織は黒周屋敷の中へと入っていった。

玄関前には、黒周礼紗が立っている。


つい先日の様に、女性らしい服ではない。

動きやすい様に、ジャージを着込んでいた。

春夏秋冬式織がやって来たのを確認すると、短く切った銀髪を揺らして、春夏秋冬式織の方に近づく。


「ようやく来たか…って、オイ」


春夏秋冬式織の背後に立つ、二人を確認して、黒周礼紗は不満の声を漏らす。


「ああ、付いてきたんだ」


出雲郷凛天と温泉津月妃。

その三人が顔を見合わせながら、まじまじと、互いが互いの姿を認識している。


「…まあ良いか、取り合えず入れよ、あんたらにも話がある」


二人に声を掛け、黒周家へと入っていく。

春夏秋冬式織は廊下を歩いていると、黒周礼紗は自らの部屋ではなく、広間へと案内した。

そうして、部屋を開けると、畳が広がっている。

畳みの上に春夏秋冬式織は座り、その両隣に出雲郷凛天と温泉津月妃が座った。


両手に花である。


「それで話って言うのは一体なんだ?」


春夏秋冬式織の言葉に、黒周礼紗は冷めた口調で言う。


「もう分かり切ってる事だろ、式織」


黒周礼紗は、春夏秋冬式織と、二人の婚約者の方を見比べて言う。


「オレとあの二人、誰か一人を選べって事だ」


「っ!」


驚きの表情を浮かべる春夏秋冬式織。


「そんな驚く様な話でもないだろ…元から、オレはお前と結婚するつもりだったってのに、急にお前が他の女と結婚するなんて言い出した」


それは、裏切りにも似た行為だ。

だから、黒周礼紗は、春夏秋冬式織にはちゃんとしたケジメを付けろと、言っているのだ。


「明らかに、約束が違う、だから、お前は一人だけを選ぶべきなんだよ、あんたら二人も、そう思うよな?」


黒周礼紗の言葉が、二人に向けられる。


「私は別に良いけど?」


「月妃…」


温泉津月妃の言葉に、春夏秋冬式織はしみじみとして彼女の名前を呟く。

どのような状況下であろうとも、春夏秋冬式織の約束は厳守されるべきだと言っているのだろうが。


「だって、全員と結婚して、それでエッチな事をしても、結果的には私が一番として選ばれるんだから。ねえ?だーりん」


「月妃?」


にこやかに笑みを浮かべる。

自分が選ばれる事が当たり前だと言う表情だ。


更に、出雲郷凛天も話し出した。


「…同意見、と言うワケではありませんが、どの様な方法であろうとも、私は式織と添い遂げる気概で居ます」


春夏秋冬式織との約束。

それを遵守するべく、春夏秋冬式織の傍に居たいと言っている。


「それは、…私自体に選択などありません、…私の相手は彼でなくてはならない、だって、私の様な女を好きになってくれる人など、この世で、式織ただ一人でしょうから」


「凛天…」


そんな事はない。

お前の様な美貌を持つ女ならばどんな相手でも好きになってくれる。

だが、その権利を独占したいのだと、春夏秋冬式織は思った。


「無論、結果的に言えばこの私を他の女よりも最大限に愛でてくれる筈ですが」


「凛天?」


再び、春夏秋冬式織は彼女の名前を呼ぶ。


「(なんだ二人して、まるで俺がそう思っているかの様に話してきやがって…)」


自分が言ってる様な事を言い出すので、春夏秋冬式織は発言の権利など無いのかも知れない、とそう思い始めた。

 

「さあ、式織、選んでもらうぞ、オレたち、三人の中から」


出雲郷凛天と、温泉津月妃の二人を交互に見て、黒周礼紗は誰か一人だけを選べと告げる。

その言葉に、春夏秋冬式織は立ち上がり、三人を見た上で、口を開いた。


「三人だけじゃないけどな」


その言葉に、他でも無い三人が驚いていた。


「「「は?」」」


口を開き、呆けた表情をしている。

まさか、他にも婚姻している人間が居る、と言うのだろうか。

いや、そうなのだろう。

でなければ、態々その様な言い方など、しない筈だった。

春夏秋冬式織は扉の方に手を掛ける。

そして、部屋から廊下へと出ながら、春夏秋冬式織は言った。


「取り敢えず近場に居る人だけでも呼んで来る」


その言い方からして、この黒周家に一人居ると言う言い方だった。

黒周礼紗の脳裏には嫌な予感がしていた。


「(え、まさかアイツ…オレの母さんを…ッ!?)」


近場に居る人間と言えば、黒周礼紗の母親か、女中の何れかだ。

だから、黒周礼紗は婚約者が増えたと言う事実よりも、見知った顔の人間が婚約者になったのではないか、と言う恐怖を覚えた。


そうして、春夏秋冬式織が、結婚の約束をした婚約者を連れて来た。

黒髪、メイド服を着込んだ、妙齢の女性。

春夏秋冬式織に連れて来られて、頬を赤く染めている。


「はい、結婚の約束をした仁万咲来先生です」


それは、春夏秋冬式織の師匠でもある、仁万咲来だった。


「…式織様、あの、私もですか?昔の話を覚えて置いてで?」


昔の話。

春夏秋冬式織と仁万咲来との間で交わした約束だ。


「オレが忘れるワケがない、咲来さん」


彼女の手を取り、約束を告げる。

その瞬間、乙女の顔へと成った仁万咲来は首を左右に振って否定する。


「お、お止め下さい、もう時効です、それに、年増の女を揶揄うものではありません」


春夏秋冬式織が小学生の頃には、仁万咲来は高校生だ。

年齢的に言えば、18になった春夏秋冬式織と、29歳になった仁万咲来。

もうすぐ三十路へとなりそうな彼女を、それでも春夏秋冬式織は構わないと言っている。


「俺は年齢が問題で婚姻は止めるなんて事は言いませんよ」


嬉しい様な、恥ずかしい様な、そんな表情をしている仁万咲来。


「…取り合えず、咲来さんも婚姻の約束をしてたから、連れて来た」


その婚約者の集いの場に、仁万咲来を座らせた。

黒周礼紗は、溜息を吐くと共に、節操の無い婚約者に怒りを覚える。


「お前は…何処まで、見境が無いんだ、本当に…本ッ当に…ッ」


そうして、握り拳を固めて、今にでも、殴り出そうとしていた。

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