第三章・そして現在


そして現在へと戻る。

春夏秋冬式織は出雲郷屋敷から外へ繰り出していた。


「はあ、態々迎えに向かうのですか」

「つきぴが居るのに、他の女に目を向けるっておかしくない?」


春夏秋冬式織の背後には二人、出雲郷凛天と温泉津月妃が付いて来る。

二人とも、春夏秋冬式織に不信感を抱きながら喋っていた。


「今度は黒周…」

「色んな女に婚姻の約束してるんでしょ?」

「はあ…俗物としか言い様がありません」

「ほんっと、変態、すけこまし、女誑し」

「「ねー」」


春夏秋冬式織の後ろで、二人が意気投合していた。

なんだか、春夏秋冬式織は自分が悪い、と言う気持ちを抱いてしまう。


「(いや…俺は全員を幸せにする、どう言われようがそれが俺のやり方だ)」


そう思いながら春夏秋冬式織は歩いていた。

二人、温泉津月妃と出雲郷凛天は、春夏秋冬式織の後ろ姿を見つめている。


「(まあ、ハーレムでも、つきぴが一番だけど、ね)」

「(式織は最終的には私を選ぶ、でなければその身柄を攫い独占するまで…)」


内心では自分が春夏秋冬式織にとっての最良であると思いつつあった。

駅へと向かう、春夏秋冬式織は電車を利用しようと思っていた。


「え?なんで電車、イヤなんだけど」


電車利用を拒否する温泉津月妃。

春夏秋冬式織は振り向いて、温泉津月妃の方を見た。

携帯電話を取り出して、指先でタップをしながら操作をしている温泉津月妃。


「なんで嫌なんだ?」


春夏秋冬式織はそう聞くと、彼女は口を大きく開いて舌を出した。


「べえ…人が吐いた空気を吸う様なもんでしょ、汚い」


嫌悪感を露わにする我儘な姫君。


「じゃあ…走るか?むしろそっちの方が良いけどな」


神力を操作して四式を駆使しての移動の方が手っ取り早い。

だが、今度は出雲郷凛天が首を左右に振った。


「私は着物です、走れません」


彼女の髪と同じくらいに真っ白な着物が視界に入る。

膝元まで捲れば走れなくも無い、かもしれないが、それを言った所で反感を買うのみ、なので春夏秋冬式織は頷いた。


「そうか、じゃあどうするか…」


「このままつきぴの家に行って遊ばない?二人で」


さりげなく出雲郷凛天を除外する。


「そうですね…私と式織で温泉津さんのお家にお邪魔でも致しましょう」

「なんでつきぴが省かれんの?」

「え…では、私と温泉津さんが?」


「そうか、二人で楽しんで来い」


春夏秋冬式織は、携帯電話を取り出して連絡を入れる。

折角なので、彼女に頼もうと連絡をしていた。

そうして十数分程が経過すると、一台の車がやってくる。


「お待たせしました、式織様」


「ども、咲来さん」


春夏秋冬式織が呼んだのは、仁万咲来だった。


仁万咲来の車、助手席に座る春夏秋冬式織。


「それで、二人も乗るのですか…」


その後ろに、温泉津月妃と、出雲郷凛天も乗り込む。


「え?何、悪いの?」


仁万咲来の言葉に反感を買った温泉津月妃。

その様に声を荒げる温泉津月妃に、出雲郷凛天は嫌そうな表情をする。


「すいません、その余分な肉が邪魔ですので、もう少しだけ詰めてくれませんか?」


実際には其処まで場所は取っていない。

だが、仮にも仁万咲来は出雲郷家に属する従士である。

高圧的な態度は決して許せないのだ。


「え?喧嘩売ってるの?」


イラつきの表情を浮かべる温泉津月妃。

にこやかな笑みを浮かべてそれに対応する出雲郷凛天。


「肉屋で売って下さいこの脂肪」


要するに、少し太っていると、暗喩して伝えた所、むしろ温泉津月妃は黙る所か彼女に話しかける。


「じゃあ買う?キロで売るからその胸に付け足せば?」


二人、夫々の怒りに火を点ける言葉。


「「はあ?」」


二人の諍いが再度始まった所で、春夏秋冬式織は仁万咲来に行き先を言う。


「とりあえず、黒周家までで」


「この状況下で冷静に対応するのですね、式織様…いえ、承知しました」


春夏秋冬式織が目的地を告げた所で、車が発進していく。

温泉津月妃と出雲郷凛天の声が次第に大きくなってくる。


「胸の大きさで女性の優位が決まるワケないのですが」


出雲郷凛天の主張に、温泉津月妃は笑って言う。


「そういうセリフ吐く人って大抵バスト無いんですけど、なに?悔しいの?今の自分に自信が無いの?無いか、そっか、だって胸を張れる様な胸持ってないしね」


「着物は着崩れをしない為に胸を晒しで潰しているんです、知識に必要な養分が胸に行かれてるので分からないのも無理はありませんが」


両者負けず劣らずの煽り合いである。


「へえ、じゃあ試してみよっか」


指先が伸びる。

着物の上から温泉津月妃の指が深く食い込む。

確かに、着物の生地は厚く、その胸も晒しを巻かれているだろう。

だが、それを度外視して、彼女は尋常ならざる力を持って彼女の乳房を五指で掴む。

着物が変形し、彼女の胸の形が浮き彫りとなる。

当然ながら、胸を万力で潰す様に掴んでいる為に、乳の中にある芯が潰される様な感覚に見舞われ、痛みを発する。


「ぎ。ぐ、ぐぐッ」


出雲郷凛天は痛みに苦痛の表情を浮かべ歯を食い縛る。

こちらも負けじと、温泉津月妃に向けて手を伸ばすと、そちらも温泉津月妃の胸を掴んだ。

胸を潰した出雲郷凛天とは違い、温泉津月妃の胸は豊満だった。

胸を支える下着には、彼女の十代に残る若々しい肌の張りがある。

服の上からでも分かる温泉津月妃の胸に手を突っ込んで五指が乳房に埋もれると、思い切り、出雲郷凛天は温泉津月妃の胸を掴む。


「ぬ、ぐぐぐっむぅううう!!」


頬を赤くして痛みを我慢する温泉津月妃。

これは最早、女同士による我慢大会、意地の張り所だった。

そんな二人の行動をミラーで確認している仁万咲来。

助手席に座る春夏秋冬式織に彼女は大丈夫なのかと聞く。


「二人が胸に執着して引っ張っているのですが…大丈夫なのですか?」


春夏秋冬式織は後ろを振り向いて、再び正面を向く。

そして腕を組んで頭の後ろに乗せると欠伸をしながら言う。


「二人仲睦まじく遊んでるだけだし大丈夫だろ、乳繰り合ってるだけだし」


何処かで聞いた事のある言葉を思い出して、春夏秋冬式織が答える。


「乳繰り合うと言うか乳捻り合うと言うのでは…」


バッグミラーから見える二人は、自らの胸を掴んで捻っている様にしか見えなかった。


「ん…あれは」


車から降りて地面に立つ。

一人で歩く少女の後ろ姿。

それを追いかける様に春夏秋冬式織は声を掛ける。


「おーい」


その声に反応して振り向く。

一人の女性、黒に近しい髪を靡かせて、その女性は春夏秋冬式織を認識する。

柔らかな瞳が細くなり、春夏秋冬式織を見つめて、笑みを浮かべた。


「ああ、なんだ」


その声も柔らかい。

春夏秋冬式織を知人と認識して、友としての対応を取った。


「シキじゃないか」


春夏秋冬式織の名前を口にする。

その声に反応し、春夏秋冬式織も彼女の名前を口にした。


「あぁ、久しぶりだな、チヨ」


チヨ。

と、その言葉に反応して、彼女は頷く。


「なんだか、キミにそう言われると、少しだけ反応が遅れてしまうよ」


「もう、ボクは、刺鹿さつか百合蝶ゆりちよ、だからね」


その言葉を聞いて、春夏秋冬式織はそうか、と頷く。


「そうか、お前はもう、蝶治郎の名前から変えたんだっけか?」


「うん。いつまでも、女性が、男みたいな名前なんて、可笑しい事だろうしね」


そう、二人は他愛ない会話を続ける。

小学生では、友人同士であった二人。

その時は、確かに刺鹿百合蝶は…いや、蝶治郎は、男であった。

だが、それは昔の話。

彼は呪いによって女性へと性転換していた。

男性から女性として、彼は彼女として、その道を生きる事に決めたのだ。


「じゃあ、ユリとか、そう呼んだ方が良いのか?」


「いや…今まで通りで良い、ボクの事を、チヨと呼んで欲しい、シキ」


そう言われて、春夏秋冬式織は、そうかと、彼の要望に応える事にした。


「分かった、チヨ。それで、お前は今は何をしていたんだ?」


春夏秋冬式織は刺鹿百合蝶に聞いた。

彼はそうだね、と軽く頷いて、手に持つ本を春夏秋冬式織に向けた。


「図書館から本を借りてたんだ、今から、本を返す次いでに、図書館で予定でも潰そうかなと、思ってね」


「そうなのか、じゃあ、悪いな、話しかけて」


春夏秋冬式織が謝ると、彼女の口に手を添えた。

そうして、大きく笑わずに、小さく口を開いて笑う。

その仕草は、どう見ても女性らしい行動だった。


「構わないよ、キミと、ボクの仲じゃないか」


旧知の友だからこそ、多少の事は目を瞑る事は出来る。

だから、刺鹿百合蝶は、春夏秋冬式織の引き留めに対して何の感情も抱いていない。


「また会えるよな?」


春夏秋冬式織はそう言って刺鹿百合蝶に聞く。

すると、刺鹿百合蝶はポケットから、携帯電話を取り出した。

それを春夏秋冬式織に向けると、彼女は言う。


「最近、携帯電話を変えたんだ、それで間違えてデータを無くしてしまってね、悪いけど、また連絡先を聞いても良いかい?」


彼女の願いに、春夏秋冬式織は勿論、と携帯電話を取り出して連絡先を交換した。

彼女の携帯電話の中に春夏秋冬式織の名前が記載されている事を確認すると、女性らしく口を引いて笑う。


「ありがとう、シキ、また、連絡するよ」


「ああ、いつでも良いぞ」


と、そう言って春夏秋冬式織と、刺鹿百合蝶は別れるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る