第三章・防御貫通

「他に何を知りたいと言うのですか?」


春夏秋冬式織の貪欲な欲望を探る様に聞く。


「七曜冠印、俺はそれを使いたいんだ、です」


春夏秋冬式織は、『天禍胎タカマガツハラ』へ行った春夏秋冬澱織と約束をした。

今度戻って来る時は、『七曜冠印』を使役した発露を習得する、と。

だから、春夏秋冬式織は、いちはやく『七曜冠印』の習得を急いでいた。


春夏秋冬式織の言葉から納得した仁万咲来。

だからこそ、彼女は敢えて春夏秋冬式織に言う。


「…正直に申し上げます、貴方に刻まれた力は、貴方で無ければ使えません、私が分かるのは、七曜冠印の詳細のみ、しかし…貴方の七曜冠印は、私ですら理解出来ません、貴方が七曜冠印の指向を決めなければならないのです」


春夏秋冬式織の七曜冠印。

それは、他の人間とは違う万能に溢れた能力だ。

だが、その万能さゆえに、多方面に広がり過ぎている。

だから、春夏秋冬式織に教授しようにも、自分自身が持つ『七曜冠印』しか指南出来ない。

そうなると、折角の万能の力が一点集中特化型になってしまう。

それを、仁万咲来は危惧していた。


「…でも、それが分からない、どうすれば、七曜冠印の指向を決める事が出来るんだ?…あ、です」


「…それを申しても宜しいですが、ですが、私が最初に言ったことを覚えていらっしゃいますか?」


木刀を構えて、仁万咲来は春夏秋冬式織に向ける。


「先ずは、四式を学べ、と」


七曜冠印を求める前に、眼前にある目標を達成しろと、言う。


「貴方が四式を学び、私と対峙し、一回でも私を下す事が出来れば、指向の定め方を教えしましょう」


「…分かった、です。じゃあ、先ずは」


春夏秋冬式織は頷き、神力を肉体に流し込むと同時。

肉体の能力が向上した状態で地面を蹴る。


「先生を倒しますです(『流繊躰動』)」


脳内に発動する発露を思案、それと共に、肉体に流れ出す神力が疑似的な身体性能を形成。

筋肉繊維、神経の増加、骨格の強化、常人、子供では到達出来ぬ超人的な身体能力を生み出しての突進、拳を固めて仁万咲来に叩き付ける。


「(『甲城纏鎧・すな』)」


しかし、彼女はその攻撃を避けず受け切る。

春夏秋冬式織の強化術に対して、仁万咲来は防御術『甲城纏鎧』によって硬化。

だがそれだけではない、人知れず、彼女は七曜冠印を交えての防御。

彼女の七曜日冠印は、土と水によって派生した海に土を加えた『砂印』の冠印者。

七曜冠印を四式に混ぜ込む事で、その性能を四式に顕彰する事が可能。


「(俺の攻撃が…吸収された?)」


砂印を混ぜ込む事で、その防御力は上昇。

複数の砂による衝撃の分散。

春夏秋冬式織の攻撃は相手には効かなくなる。


「流石ですね、伊達に自主的に鍛錬を積んできたワケでは無いのでしょう、見事な迄の『流繊躰動』でした…しかし、貴方の攻撃では私の『甲城纏鎧』を超える事は出来ません」


仁万咲来は、春夏秋冬式織に七曜冠印を使った事を教える真似はしなかった。


「…なんだよ」


春夏秋冬式織は不貞腐れる様に言う。

だがそれは、攻撃が効かなかったから、と言うわけではない。


「甲城纏鎧…だけじゃない、何か別の力が混ざってた、一度殴った時、壁みたいに硬かったけど、今の甲城纏鎧は、違和感があった、吸収された様な感覚、さっきとは全然違う、…七曜冠印…ですか?」


冷静に、相手を分析していた。

中々、冷静に相手の行動を読み、正解を辿る様な真似は出来ない。


「(ただ一度だけ、それだけで、其処まで理解に至りますか、なんと言う原石)」


仁万咲来は、春夏秋冬式織の天賦の才に感嘆しつつあった。


「今日は此処までにしましょう」


息切れ一つせず、仁万咲来は木刀を振るった。

春夏秋冬式織は、床に横たわっている。

肺で深く息をしながら、倦怠感と疲弊感に苛まられている。


「明日も授業がありますので、早い内に寝て疲れを癒して下さい」


それだけ伝えると、春夏秋冬式織は頭を下げて、言う。


「あ、ありがとう、ござい、ました…」


春夏秋冬式織は、重い足取りで訓練場から出ていく。

疲れている、しかし、充実感は残っている。

それは、春夏秋冬式織は進歩しているから、と言う感覚があるからだろう。

成長をしている、それだけ、その事実が、春夏秋冬式織に喜びを与えていたのだ。


そうして、春夏秋冬式織が自室へと戻っていこうとした時だった。


「あ…」


目の前には、出雲郷凛天の姿が見えた。

何をしているのか、と思い、彼女は基本的に部屋にこもりっ放しだが、一日に数時間は外に出て散歩をしている、と言う情報を思い出す。


「おーい」


そう声を掛けて春夏秋冬式織が歩き出す。

彼女に、今日あった出来事でも話してみようか、と話し掛けようとした時だった。


「ふぅ…ふッ」


其処で、春夏秋冬式織は、彼女の苦しそうな状態。

口元に付着している真っ赤な血。

出雲郷凛天が外に出ている事実。

何かを欲しているらしく、ゆっくりと歩いている。

近くには普段いる筈のメイドが居ない。

…これらの情報を視覚と知識で照合した。


「…ああ、お前、呪いか」


そう判断した。

出雲郷凛天は、今、飢えている状態だった。

春夏秋冬式織を発見したと共に、思い切り、春夏秋冬式織の方へと飛び掛かって来る。


「(『甲城纏鎧』)」


本日、教えて貰った力を、春夏秋冬式織は発動する。

肉体全体を覆う様に神力を展開させる事で、外的からの攻撃を防御させる。

彼女の力程度であれば、攻撃は通らないだろうと、そう思った。


だが、出雲郷凛天が接近すると共に、口を大きく開き、春夏秋冬式織の腕に噛み付いた。


「ぐッ!?」


腕の肉に噛み付いて血が流れ出す。

『甲城纏鎧』ならば、この程度の攻撃、無傷で済ませると思った。

だが、その『甲城纏鎧』を貫通して、出雲郷凛天が噛み付いてきたのだ。


「な…なん、でだッ」


春夏秋冬式織は痛みと共に頭を悩ませた。


メイドが走ってやって来る。

どうやら不足の事態だったらしい。

その手には食用パックが握られていた。


「何故目を離したのですかッ!」


「申し訳ありません、規定の容量と、もしもの為の人肉は用意していたのですが…」


どうやら、出雲郷凛天が通常よりもより多くの人肉を欲したらしい。


「一度は発作が収まったので、追加分を…ッ」


「ああ、ッ!式織様、大丈夫ですか?」


大丈夫な筈が無い。

だが、春夏秋冬式織は平然とした表情をしている。

出雲郷凛天が春夏秋冬式織の肉を噛み千切ろうとしている。

痛みはあるが、それよりも、何故、と言う感情を思い浮かべていた。


「(『甲城纏鎧』で防御したのに、それを貫通した、なんでだ?)」



取り押さえられる出雲郷凛天。

メイドたちが無理やり口を開かせると、食用パックを彼女の口に向けて流し込む。

血と肉が混ざった加工肉を飲み込まされて、口から血を吐き出す。

無理やり、血肉を飲み込ませた所で、ようやく、出雲郷凛天が落ち着き出した。


「ぐ、ふッ…ふ、ぅ…ふぅ…」


粗く呼吸をする出雲郷凛天。

我に返り、周囲を見回す。

メイドが二人、出雲郷凛天を抑え込んでいる。

同時に、近くには腕を噛まれて血を流している春夏秋冬式織を確認した。


「あ…ま、また、わたし…ああ…」


人を傷つけてしまった、そう嘆き、涙を浮かべる。

自分が人を傷つけた、と言う事実、それを飲み込み、悲痛な表情を浮かべた時。


「おい」


春夏秋冬式織は、出雲郷凛天の方に近づく。

声を掛けられた出雲郷凛天はビクリ、と体を震わせた。

一度ならず、二度までも怪我を与えてしまった。

前とは違い、今回は進展があった二人、彼女が怯えているのは、その関係性に罅が入ってしまった事だ。

責められるのが怖かった、だから、顔を俯けた。

罵倒、暴言、それらが身を浴びせてくるのだろう、と覚悟をしたが、しかし、春夏秋冬式織の言葉は違った。


「俺はちゃんと防御をしたんだ、なのに、なんで防御を貫通したんだ?何が違うんだ、何か知ってるのか?知ってるなら教えてくれ、凛天りーてぃ


「え…あ、き、傷…」


春夏秋冬式織の噛み痕に目を向ける。

メイドの片方が、春夏秋冬式織の方に向かい、舌先を出すと春夏秋冬式織の腕を舐め始める。

舌先から唾液と混じる神力が春夏秋冬式織の腕に浸透し、傷口が癒え出した。


「姉ちゃん、それ『教理別身』を使ってるのか?」


「えろ…れぉ…ん、あ、はい、式織様、今、なんと言ったのですか?」


傷を治す事に集中していたメイドは、春夏秋冬式織の言葉を聞き逃して、改めて聞き直す。


「うん、四式の『教理別身』を使ってるのかって言ったんだ。『教理別身』って、治癒効果もあるのか?」


「あ、いえ…確かに『教理別身』は使ってますが…私の七曜冠印を混ぜ合わせてます、『治印』を持ってますので」


このメイドの七曜冠印はかなり貴重な能力である。

春夏秋冬式織は、それを聞いて、彼女は七曜冠印を混ぜて四式を使っていた。


「(そうか、七曜冠印を四式に混ぜてる人もいるのか…じゃあ、先生に聞かなくても、他の人に聞けば…)」


そう考えて、首を左右に振る。

仁万咲来の言葉を思い出す。


「(それはズルだ。強くなる為に、先生は俺に教えてくれる、先生以外から教えて貰うのは、駄目だな…)」


そう思い直し、そして先程、出雲郷凛天に言った事を思い出して彼女の方に振り向き直す。


「悪い、凛天、やっぱり、聞いたのは無かった事にしてくれ」


「え、あ…それよりも、式織、私は、また貴方を…」


傷つけてしまった事に対して心を痛ませる出雲郷凛天に対して、春夏秋冬式織は平然としながら言った。


「これくらいの傷で、俺が根を上げるワケが無いだろ、むしろ、お前を止められなかった俺が悪いんだからな」


それだけ言って、春夏秋冬式織は離れる。

ぶつぶつと、今回の訓練の復習を脳内でしながら、自室へと戻った。

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