第三章・そして過去、入学式


 

そして過去、春夏秋冬式織、小学校一年生。

春。

春夏秋冬式織はランドセルを背負っている。

出雲郷家当主の命令により、知能の開花と社交性の向上、社会的常識を身に着ける事を目的とした長期間の社会見学を命じられた。


それによって、春夏秋冬式織は、小学校へ入学する事になった。

春夏秋冬式織は、歩いて一時間もする小学校へと出向く事になった。


「ここが小学校かぁ…」


保護者代表として、咲来が来ていた。

彼女は学生服を着込んでいる。

この時代の彼女は、未だ高校生であった。


だから、保護者としての立場で此処に居る。

本来の保護者である春夏秋冬澱織は、現在も『天禍胎』にて仕事をしていた。

その為、保護者代理として、咲来が来ていたのだ。


「式織様、こちらです」


教室へと案内される春夏秋冬式織。

春夏秋冬式織が向かった先は、小学一年生の教室だった。

当然と言えば当然の事だった。


「はぁ…」


春夏秋冬式織は溜息を吐く。

友達が出来るか心配しているのか。

いや、違う。

何時もの時間だったら、春夏秋冬式織は鍛錬の時間に費やしていた。

小学校に入ると、その鍛錬の時間が無くなってしまうので、億劫だと感じているらしい。


「いいなぁ…凛天」


出雲郷凛天は人を襲う可能性がある為に、小学校への入学は認められなかった。

代わりに、巫覡かんなぎの職として同業との会合に参加する事が多くなるので、一概にも良い事ばかりではないのだが、まだ子供である春夏秋冬式織には理解には至らない。


「(これから、何をするんだろ)」


春夏秋冬式織は、まだ学校で何をするかは知らない。

勉強とは、体力を使う運動だと思っている、きちんと知能を扱う勉学と言うのもあるのを、この学校で叩き込むのだ。


咲来に連れて行かれる春夏秋冬式織。

彼女の細い指先に手を伸ばして咲来と手を繋いだ。

そしてそのまま二人は教室へと移動するのだった。


教室に到着した時。

黒板にはこの学校の担任である教師がチョークで書いた文字が描かれていた。

『席は自由に座ってください』


そのように丁寧な文字で書かれていた。

まだ入学したての子供でも分かるようにひらがなで書かれている。

春夏秋冬式織はその文字を選んで適当に椅子に座ることにした。


すでにこの教室へと足を運んできた新入生が自らの席を牛耳っていた。

まだ若い子供たちには席の優先度など知らない。

席が前方に座るよりも後方の方が人気が高いことなど知らないのだ。

各々が自由に席を選んでいたので春夏秋冬式織が選ぶときにはかなりの穴抜けがあった。

春夏秋冬式織は1番後ろの席を選択するまるその隣の席にはまだ誰も座ってはいなかった。

春夏秋冬式織は自分の隣にいったいどのような生徒が座るのか若干の楽しみを覚えつつあった。

そしてほとんどの生徒が机に座った時。


春夏秋冬式織の隣にも、新入生が座っている。

大人しい生徒だった。

茶髪であり、髪を伸ばしている為に、片目を隠している。

此方の方に顔を向けると、春夏秋冬式織に挨拶を交わす。


「こんにちは」


そう挨拶をされた為に、春夏秋冬式織も挨拶を返す。


「こんにちは」


頭を下げると共に、その生徒は春夏秋冬式織に手を出した。

掌だ、それは、握手を求めている様に見えた。


「ボク、刺鹿さつか蝶治郎ちょうじろう、キミの名前は」


そう言われたので、春夏秋冬式織も名前を口にする。


春夏秋冬ひととせ式織しきおり、よろしくな」


そう挨拶を終えた所で、刺鹿蝶治郎は笑った。

まだ幼い為か、何処か女性らしい表情をしていると、そう思った。


「…ちなみに俺、男だけど、お前は?」


「…?ボクも男だけど」


春夏秋冬式織は成程、と頷いた。

どうやら、黒周礼紗の様に、実は女、と言うワケではないらしい。


「ねえ、ひととせって、どういう感じで書くの?」


刺鹿蝶治郎が聞いて来る。

自らの勉強ノートを取り出して、鉛筆を春夏秋冬式織に向ける。

春夏秋冬式織は、ペンを貰うと、そのノートに自らの名前を書き出した。


「ひととせは…春と、夏と、秋と、冬、で、ひととせって読むんだ」


「へー、そうなんだ。なんで?」


刺鹿さつか蝶治郎が不思議そうに聞いて来るので、春夏秋冬式織は答える。


「しゅんかしゅんとう、四季は一年を巡ってるから四季を一年とされてる、一年は別の読み方でひととせって読む、だから、春夏秋冬でひととせって読むんだって」


春夏秋冬澱織がそう言っていた事を思い出した為に、春夏秋冬式織はその様に説明をしたのだった。


「そうなんだ、一つ、賢くなっちゃったなあ、ねえ、春夏秋冬くんさ」


「ん?」


春夏秋冬式織が刺鹿蝶治郎の目を見る。

ノートに自らの名前を書いている刺鹿蝶治郎は自らの漢字を書きながら言う。


「ボクと友達になってくれる?」


そう言われたので、春夏秋冬式織は頷いた。


「別に良いぞ、刺鹿」


苗字で呼ぶと、刺鹿蝶治郎は笑って、首を左右に振る。


「下の名前で良いよ」


「じゃあチヨ」


春夏秋冬式織は短くそう呼んだ。

その言葉を聞いた刺鹿蝶治郎は瞬きをする。


「チヨ?それってもしかして、あだ名?」


「うん、俺のことは、シキって呼べば良い」


「シキ…いいね、じゃあ、今日からボクたちは、友達だ、シキ」


嬉しそうに笑っていた。

その表情から見ても、やはり彼は女性にしか見えなかった。

その時、教室に入って来る保護者たち。


どうやら説明会でも終わったらしい。

中には、咲来の顔もあった。

咲来が教室に入ると共に、春夏秋冬式織の方を見た。

そして、その隣に座る刺鹿蝶治郎を見て、目を丸める。


「…式織様」


そう呟いたが、それ以上いう事は無かった。

春夏秋冬式織は、彼女は一体何を言おうとしていたのか、気になっていたが、教室の扉が開かれ、今度は教師が入って来た。


「はい、みなさん、こんにちはっ」


そう猫なで声で喋る女性の教師。

ロングホームルームが始まった事で、春夏秋冬式織含める生徒は、教師の話を聞く。

教科書や行事の事、それとそれぞれの自己紹介を終えた所で、午前中に解散する事になった。


「じゃあ、シキ、また明日」


保護者らしい、老人と共にしながら、刺鹿蝶治郎は手を振って挨拶をしながら、ランドセルを背負って帰宅する。

春夏秋冬式織も、手を振りながら刺鹿蝶治郎に挨拶をした所で、咲来が歩いてやって来る。


「式織様…先程のは?」


刺鹿蝶治郎との関係性を聞いて来る咲来。

春夏秋冬式織は、ランドセルに教科書を詰め込みながら言う。


「新しい友達、チヨっていうんだ」


「…そうですか、刺鹿家の倅、この小学校に入学していたのですね」


意味深な事を言い出す。

しかし、それ以上は、彼女は小学校の校舎で言う事は無かった。

少なくとも、春夏秋冬式織は、刺鹿蝶治郎は、自分と同じなのだと、そう感じたらしい。


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