第三章・女たちの諍い
「くッ…」
出雲郷凛天は悔しそうにしている。
女性としての性的な肉欲、それを全面的に押し出されてしまったら、彼女に勝てるものは無い。
「はい、お土産」
バッグの中から取り出されたのは高天原名物の饅頭だった。
それを出されて、春夏秋冬式織は受け取ると、袋を開ける。
「今、包みを開けておくんで…」
そう言って春夏秋冬式織が台所に持っていこうとした時。
「待ちなさい、私が開けます」
そう言って春夏秋冬式織の持つ包みを奪い取ろうとしている。
「え、何、どうした急に…」
唐突に彼女が働き出したので、春夏秋冬式織は彼女の豹変にどうかしたのかと聞いている。
「貴方にこれ以上働かせるなど、妻としては見過ごせませんから、貴方は座ってテレビでも見ていれば良いのです」
「扱いが良くなったな」
包みを受け取ると共に、出雲郷凛天が包みを開けようとする。
しかし、包装の紙が、彼女の人差し指に滑り、皮が切れて血が出る。
「つッ」
指先から流れる血を見ながら、体中の熱が引いていき、蒼褪めていくのが分かる。
血を見て、そして温泉津月妃を見た。
「え…大丈夫?絆創膏あるけど」
「(暗躍…
恐らくは一手も読んでいない。
唯の、出雲郷凛天の深読みでしかない。
だがそれを、彼女は、相手の行動だとそう思っている。
「く…」
あまつさえ、敵を心配している。
これが余裕と言うやつなのだろう。
何もかも持っている女と、何一つ持ち合わせていない女。
自分が負けた様な気分に陥り、勝手に敗北を噛み締めている。
「指切ったのか?」
春夏秋冬式織がそう言って彼女に近づき指を見る。
「どうせ…私はどん臭い女です、放っておいてください…っ」
「其処まで自分を卑下するなって…」
春夏秋冬式織はごく普通に、彼女の指に口を近づけて、傷口を舐める。
「あ…な、何を…」
指を咥えられたので、出雲郷凛天は顔を赤くした。
「…神力の特性、でしょ?シキ、回復とか出来るし」
万物形象が可能とされる春夏秋冬式織。
回復能力を持ち合わせ、それは他人に分け与える事も出来る。
先程まで余裕そうだった温泉津月妃は、一気に面白くないと言った表情をしている。
「…これで、取り合えずは」
舐めた箇所は、傷口が塞がっている。
簡単な傷口だったので、治りが早かったのだろう。
「心配させるなよ…お前は大事な俺の婚約者だからな」
春夏秋冬式織は、さも当然と言ったように言うのだった。
「…」
じぃ、と見つめる温泉津月妃。
その視線に気が付き、また彼女を見つめる春夏秋冬式織。
「どうした?」
春夏秋冬式織がそう言うと、温泉津月妃はゆっくりと近づく。
「つきぴも怪我してるんだけど、治して」
「え?お前自分で治せ…い、や。分かった、何処が良い?」
温泉津月妃を不満だと思わせている。
それは出雲郷凛天を治した時だろう。
自分の力を流し込んだ事が原因なのか。
彼女に近づき、傷を治したと言う事実が原因なのか。
どちらなのかは分からない。
分からないが、取り合えず。
温泉津月妃の傷を癒す事。
それが、春夏秋冬式織がすべき事なのだと悟った。
春夏秋冬式織が温泉津月妃から離れる。
指を舐められた出雲郷凛天は心臓を高鳴らせる。
指先に、春夏秋冬式織の体温が残りつつあった。
「(悔しい…こんな、こんな子供騙しで、心が躍る、だなんて…)」
頬を紅潮とさせながら、温泉津月妃の方を見た。
春夏秋冬式織の行動は、他の女性とは違い慈愛に満ちていると確信していた。
若干の優位、優遇されていると言う考えが、より一層、出雲郷凛天の心を弾ませた。
「それで、何処を治せば良いんだ?」
春夏秋冬式織がそう言いながら温泉津月妃に近づく。
真っ白な、雪の様に白い髪が左右に揺れる。
唇が、ゆっくりと春夏秋冬式織に近づくと、彼の首に手を回して、温泉津月妃の舌先が春夏秋冬式織の咥内に這入る。
「んぐッ」
流石の春夏秋冬式織も、唐突な温泉津月妃の接吻には驚きを隠せない。
離さない様に、温泉津月妃は春夏秋冬式織の首に手を回して、ディープキスをしていた。
十秒、二十秒と、息継ぎをする間も無く、互いの意識を喰らい合う行為。
あまりの唐突な行動に、出雲郷凛天は呆然とその行為を見つめていた。
そして、行為を終えた後、ぷふ、と口が離れる。
温泉津月妃は恍惚とした表情を向けて、春夏秋冬式織を見つめた。
「つきぴの心がズキズキしてたから、これで、癒されちゃった」
笑みを浮かべる温泉津月妃。
そして、その後ろで呆然と見ている出雲郷凛天の方に視線を移すと、彼女は勝ち誇った様な笑みを浮かべていた。
「急にしちゃってごめんね、でも許してね、私の一番のダーリンだから」
先程の意趣返しなのか、出雲郷凛天にそう言い返す。
それを聞いた出雲郷凛天は、嫉妬の炎に包まれた。
女性たちの戦いが、未だ続きそうだと思った時。
春夏秋冬式織は、自らのポケットが振動している事に気が付く。
中には、携帯電話があった。
それを取り出してみると、着信があった。
それは、黒周礼紗のものだった。
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