第三章・尻で
「お前…此処、出雲郷の領土だぞ?」
この辺り一帯は、出雲郷家が所持する土地であり、当然ながら他人が許可なく入れば、罰が与えられる。
その罰は、最悪、その場で殺されても仕方が無いものだ。
だから春夏秋冬式織は驚いていた。
彼女が、その様な無謀な真似をするなど、知らなかったからだ。
「言い訳ってそれくらい?」
彼女はそう言って、春夏秋冬式織に近づく。
その目には光が宿っていない、まるで、人間としての理性を光と共に置いて来てしまったかの様に。
「まあ別に良いけど、どうせ、すぐに私が一番になるから」
スクールバッグのチャックを下ろして中身を探る。
そうして取り出して来たのは一本の包丁だった。
「おい、それで何するんだお前」
「胃袋を鷲掴みにするの」
「駄目だろそれは」
春夏秋冬式織がそう言うが、彼女は物凄い力で玄関に入り込む。
どうやら、神力を使って無理やり身体能力を上げている様子だ。
更に、彼女はバッグからごそごそと音を鳴らしながら取り出す。
それは、数多くの野菜だった。
「一体それでどんな非道な事をするんだ…」
「これで体に入ったばい菌を浄化してあげる」
「どうやってだ?」
廊下を歩きながら、居間を発見するとそちらの方に入っていく。
そして、台所に入ると、野菜を取り出してそれを手に持つ包丁で切っていく。
「包丁で、野菜を…何を…」
「待っててね、今すぐ、私が一番だって事を教えてあげるから…ッ」
「う、おおおッ」
そうして数十分後。
目の前に出されたのは野菜炒めだった。
「はい、食べてみて」
「いただきます」
春夏秋冬式織は手を合わせて箸を使って食事を行う。
「おいし?」
「ああ、これから何するのか考えたけど、それと比べたら割と平和な感じで安心した、その分美味くなってる気がする」
その包丁を使って出雲郷凛天でも害する気だったのかと思った。
「二通り考えてたけど、こっちの方が良いかなって思っただけだから、可愛くて料理がものすごく美味くて第一にシキの事を考えている私が、シキの一番のお嫁さんにふさわしいと思わない?」
「そうだな…二通り?」
春夏秋冬式織は野菜炒めを食いながら、温泉津月妃に聞いた。
彼女が先程言った言葉に、何かしら違和感を覚えていたらしい。
「それに体も、色々とおっきいし、太ってた時から、シキの為に痩せたんだから、感謝してよね、こんな体、抱けるのはシキだけなんだから」
そう言って温泉津月妃は恩着せがましく言っている。
「だから二通りってなんだよ、気になるんだけどさ」
春夏秋冬式織は、彼女の二通りと言う言葉に気にかかっていた。
「(まあ、何かしてたら、本当に斬っちゃおうって思ってたけど…)」
春夏秋冬式織を見つめて、温泉津月妃は思う。
彼の肉体には、何ら変化も無く、淫らな行為はしていないと確認する。
「(私を裏切らなくて、良かった)」
安堵の息を漏らして、温泉津月妃は春夏秋冬式織を見つめる。
「それで、お前、どうやって入って来たんだ?」
春夏秋冬式織は、一先ず気になる部分は置いて、次に気になる事を彼女に聞く。
「そんな事、聞いてどうするの?結果が全てでしょ?」
「その結果がどうなるか知りたいから聞いてるんだよ」
招かれたのならば、客人として対応される。
侵入したのならば、咎人として対処される。
幾ら春夏秋冬式織の口添えがあろうとも、彼女が不法侵入したのならば、言い訳はできなかった。
「別に、家の前に
「居たけど?」
その
春夏秋冬式織は気になっていた。
「取り敢えず、あーだこーだ言ってたから…」
「言ってた…から?」
もう彼女の言い方で希望は持てない。
だが春夏秋冬式織は僅かな希望を抱いて聞く。
「倒して入って来た」
「そうか、分かった、謝りにいく」
春夏秋冬式織は立ち上がり、出雲郷家当主に詫びを入れる気だった。
彼が謝れば済まされる問題、と言うわけでもない。
だが、少なくとも軽い罰で済まされる可能性はあった。
だから、其処に一縷の望みを託したワケだが。
「なんでシキが謝るの?」
「お前が俺の婚姻相手だからだ」
少なくとも彼女とは赤の他人ではない。
ちゃんと、結婚の約束を相手にした大切な人間。
そんな彼女が、何か不始末をしたのであれば、トカゲのしっぽの様に切り捨てる、なんて言う真似など出来ない。
だから春夏秋冬式織は、彼女を助ける為に自分の頭を下げる気でいたのだが。
「なんで?おかしいでしょ、私の責任でしょ、それ」
「そう、そうだ。責任だ、だから責任を感じてるなら、分かるな?」
春夏秋冬式織が、本当に責任を感じているのか聞く。
そして、感じている以上、何をすれば良いのかも、聞いておくと。
「分かってる、出雲郷家、潰せばいいんでしょ?」
「何もするなと言ってるんだ俺は、責任を感じてるなら何もするな」
これ以上彼女が動き出してしまえば、話は確実にこじれてしまうだろう。
だから、春夏秋冬式織は彼女に何もするなと言うのだが。
「そっか、そうじゃん、つきぴの大しゅきな彼ぴ、邪魔する奴、全部無くしちゃえばそれで…」
確実に悪い方向に舵を切り出した。
春夏秋冬式織はどうするべきかと悩みつつあった。
「…なんですか、これは」
居間に入り込んで来るは、春夏秋冬式織と先程添い寝をしていた出雲郷凛天だった。
居間に座る春夏秋冬式織と、その隣には、温泉津月妃が座っている。
彼女の姿を見られた事で、春夏秋冬式織はどうするかと思った。
このままでは修羅場である、いや、もしかすれば修羅場は既に始まっているのかも知れない。
片方は八岐大蛇、もう片方は稲場の白兎である。
どちらにしても神話の再現が果たされそうな状況であった。
出雲郷凛天が、温泉津月妃と目があった時。
一瞬、春夏秋冬式織に恨みの様な目線を向けたかと思えば、すぐに彼女は表面上、笑みを浮かべて、ゆるりと歩きながら居間の卓に就く。
「ようこそお出で下さいました、夫の客人で宜しいですね?」
そう牽制すると共に春夏秋冬式織に満面の笑みを浮かべて言う。
「あらあら、旦那様、何を惚と突っ立っているのですか?お客人様にお茶の一つくらいだしたらどうでしょうか?」
にこやかに笑っているが、確実に笑ってなど居ない。
腹の探り合い、既に戦争は始まっている。
その中心に居る筈の春夏秋冬式織は、早々に戦線から離脱された。
具体的にはお茶を入れる為に台所へと向かっていったのである。
二人きりにするなど確実に危険だろう。
だが、それを追求し、間に割って入るなど、それこそ危険だ。
一先ずは見。二人の行動を様子見するのが吉だと思っていた。
にこにこと笑みを浮かべている出雲郷凛天に対して、温泉津月妃は寛いでいる。
卓に体を乗せて、豊満な胸を圧し潰しながら、ジロジロと、出雲郷凛天を見つめていた。
「…」
「どうかなされましたか?」
首を傾げて出雲郷凛天は言う。
しかし、内心では相手を情報として認識している。
「(温泉津月妃、式織の婚姻相手の一人、何故ここに?式織が呼んだ、と言うわけでもない…なら不法侵入?、いや、それは最早、度外視する事、問題は、此処に来ていると言う点、彼女が此処で何をしようとしているのか、決まってる、此処でどちらが春夏秋冬式織の一番の伴侶に相応しいか、と言う格付け…つまり)」
そう、つまりは。
出雲郷凛天は髪の毛を耳に掛ける。
その動作と共に、ふぅ、と深い溜息を吐くと。
「(どちらが春夏秋冬式織を尻に敷かせるかが重要)」
どちらが春夏秋冬式織に相応しいかかあ天下であるかを証明する戦いだと認識した。
「粗茶です」
春夏秋冬式織がお茶を持ってくる。
湯のみに淹れたお茶を見た出雲郷凛天は溜息を吐いた。
「粗茶と言いながら本当に粗茶を持ってきてどうするのですか…もっと高級なお茶を持って来なさい、玉露です、玉露を持ってくるのです」
「玉露ですね、はいはい」
春夏秋冬式織がお茶を下げようとした時。
温泉津月妃が春夏秋冬式織の手を握った。
「いいよ、つきぴはなんでも」
そう言いながら、出雲郷凛天の方を見ながらお茶を飲む。
「ん。おいし…あ、そうだ」
舌先で、唇を舐めた。
四つん這いの状態で、温泉津月妃はバッグに手を伸ばす。
その状態で、出雲郷凛天と、春夏秋冬式織の二人に尻を向けている。
「あ、おい…」
「お土産、持ってきてた、お饅頭、合うと思うから…」
ミニスカート。
彼女の下着、ピンク色の下着が見えていた。
その一連の行動が艶めかしく、出雲郷凛天は脳内で電撃が走る。
「(だ、
いま、春夏秋冬式織の視線は温泉津月妃の尻に釘付けだ。
これはどちらが春夏秋冬式織を尻に敷くのではない。
これは如何にして春夏秋冬式織を尻で扱かせるかどうかであるのだ。
誘惑、誘い惑わしていると、出雲郷凛天はそう思った。
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