第二章・朝っぱら

春夏秋冬式織は彼女の体を抱く。

そのまま強く抱き締めながら布団の上に横になった。


「俺は変わらない、最後まで俺は俺であり続ける」


決して変わらない春夏秋冬式織の願い。

それを、再三と聞かされてきている出雲郷凛天。


「だから、全員を幸せにする、俺は自分の力で、お前たちをな」


彼女にとってはうんざりとした言葉だ。

愛と言う言葉が、人によっては麻薬の様に病みつきになるように。

彼女にとっては、その言葉は耐性が出来ているものだった。

だから、決して惑わされない、いや、彼女は、他人と同じその愛を得る事は、嫌だった。


「他の者に向ける恋など、私は要らない、私は、私だけに向ける感情が欲しい、それが、憎悪であろうと、殺意であろうと、私だけのものであれば…」


特別な何か。

それが、他の女性とは違う、自分だけの感情。

他人が愛を得ているのであれば、彼女が欲するのはそれ以外。

だとすると、最早、負の感情くらいだろう。

だからこそ、彼女は、彼に負の感情を引き出す為に悪態を吐いていたのかも知れない。


「お前の考える事は変わらないな…そもそもな、俺が人に向ける愛が、全て同じだと思ってるのか?」


だが、春夏秋冬式織も、彼女の考えはお見通しだ。


「…それは」


「尺度がある、人と言う生物が幾多万億ある様に、愛と言う言葉にも千変の意味合いがある…その一つ一つが違うから、俺は真剣に幸せにしたいと願ってるんだよ」


自分の向ける愛は、人によって違う。

だから、夫々、相手に向ける愛は特別だと、春夏秋冬式織は言った。

その言葉に、彼女は笑う。久方ぶりに見る、彼女の笑顔だ。


「…そんなのは詭弁、貴方が、私を騙す為に言う、悪い言葉でしかない」


咳の声が聞こえてくる。

出雲郷凛天が、拳を作り、自らの咳を抑えている。

春夏秋冬式織は、彼女に向けて手を伸ばす。

頬に触れて言う。


「俺は、お前を騙すなんて事はしない、それが俺なりの、喧嘩だからな」


彼女とは何度も喧嘩していた。

時に、修復不可能寸前になる、強大な喧嘩すらも。

その喧嘩の中で、春夏秋冬式織は、彼女に対して真摯に対応してきた。

真実を、誠意を、本心を、それが、春夏秋冬式織が出雲郷凛天と喧嘩する時に使う武器だった。


「…どうせ、明日になれば、また機嫌が悪くなります、呪いによって、私は、醜くなりますから…だから、今だけは、貴方の言葉を、信じてあげます」


出雲郷凛天は根負けする様に言う。

今は、春夏秋冬式織と出会って、段々と気分が和らいでいく。

春夏秋冬式織の体質…その境遇故に、染み着いた匂いが、彼女の呪いを和らげるのだろう。

ゆっくりと、春夏秋冬式織の背中に手を回し、強く抱き締めると。


「今日は一緒に居て下さい、お願いします、私なんて、貴方しか愛してくれませんから…」


甘えたような口調で言い、彼女は春夏秋冬式織を抱く。

そうする事で、安眠する事が出来る。

蛇に犯される夢など、見ない程に。


すやすやと眠る出雲郷凛天。

寝息を立てる彼女は、普通の少女として、安堵の表情をしている。


眠っている以上は、瞼を瞑っている。

彼女の呪いに犯された体、その髪色は黒から白に変わっている。

その睫毛ですらも、白くなっていたが、彼女の睫毛を見て、春夏秋冬式織は「睫毛が長い」と、呆然と思いながら一夜を過ごしていた。


まだ、春夏秋冬式織は、彼女に手を出す事はしなかった。

それは春夏秋冬式織にとっての、ケジメが付いていないと言う理由がある。

まだ、春夏秋冬式織には、婚姻を果たす為の条件と言うものがあった。

幾ら、現代当主、出雲郷八雲岌武千代が関係を認めたとしても、彼が彼女を襲うと言うのは、少し違う事でもある為だろう。


だから、朝を迎えた時、春夏秋冬式織は軽く伸びをした。

彼女の傍に居て、一夜を過ごした春夏秋冬式織は、よく眠れたと思いながら体を軽く回している。


「さて…」


春夏秋冬式織は、日課の神力操作を行う為に外へ出ようとしていた。

縁側を歩いていると、ガラス戸の先からは、真っ白な雪が降り積もっている。


「あー…道理で」


春夏秋冬式織はそう呟きながら居間に入る。

運動をする前に十分は給水でもしようと思った為だ。


居間に入った所で、テーブルの上に書置きがあったのを見つけた。

それは、咲来と、この家で仕事をしているメイドの二人が、春夏秋冬式織と出雲郷凛天に向けた内容である。


『お昼まで帰りません、警備は式織様が居ると思うのでお付けしていません、二人っきり、どうぞご存分にお楽しみ下さいませ』


と紙に書かれていたので、春夏秋冬式織は道理で女中に出会わないと思っていた。

ついでに春夏秋冬式織は更に下の文を読む。


『PS、お食事は冷蔵庫の中にいれてあります』


と書かれている。

紙を置いて冷蔵庫の中を確認する。

冷蔵庫の中には二人分の料理が入っていた。

春夏秋冬式織はそれを確認した所で、飲料水を取る。

ペットボトルのミネラルウォーター。

キャップを取り除いて一気飲みをする。

500ミリリットルがものの数十秒で消えると、台所にペットボトルを置く。


「ふう…」


歩きながら、春夏秋冬式織は外に出る為に玄関へと向かう。

そして、春夏秋冬式織が玄関の扉を開けた時だった。


「…うおッ」


春夏秋冬式織は驚いた。

玄関の外。

其処には、一人の女性が立ち尽くしていた。

外では雪が降っている。

何時間居たのか、彼女の頭や肩には、多くの雪が乗っていた。


「え、おい…おいおい、お前」


春夏秋冬式織は彼女を見てそう呟く。

声に反応して、顔を紅潮とさせている女性が春夏秋冬式織を見て言う。


「あー、ようやく出て来たんだ、ずっと、此処で待ってたんだけど」


そう言って、肩に乗った雪を落として、ゆっくりと歩いて来る少女。


「他の女の子の所に行って、私を放っておいて、楽しかった?」


詰め寄る女性。

それは、温泉津月妃だった。

彼女の衣服は昨日と同じ学生服であり、その格好から察するに、昨晩は家にも帰らず、屋敷の前で立っていたのだろう。














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