第二章・出雲郷家の提案に。そして現在へ
後日。
春夏秋冬式織は、出雲郷凛天の態度が少し軟化したと聞く。
それが、春夏秋冬式織の言葉に感化されたのかも知れないが、春夏秋冬式織は、その時の、出雲郷凛天との会話を誰かに漏らす事は無かった。
それでも、春夏秋冬式織の為におにぎりを作ったメイドは、出雲郷凛天の元へおにぎりを持って行った事は知っているし、出雲郷凛天の屋敷へ侵入した時点で、メイドが感知しているので、春夏秋冬式織によって、出雲郷凛天の心境が変化したのだと思ったメイドが、他のメイドに周知し、春夏秋冬式織が彼女の心をどうにかした、と言う話題が尽きなかった。
そうしたワケで、その内容を耳にした出雲郷家当主、出雲郷八雲岌武千代も考える。
彼女の心を変えた春夏秋冬式織は、確実に人とは違う何かを持っている。
例えそれが、『天禍胎』にて生を受けたと言う出自ではあるが、この際、出雲郷八雲岌武千代は無視した。
唐突に、出雲郷八雲岌武千代に呼ばれた春夏秋冬式織。
前は春夏秋冬澱織が傍に居てくれたが、今回は一人なので、心細いと思いながらも、出雲郷八雲岌武千代の屋敷に向かう。
部屋に入ると、即座に春夏秋冬式織は神力を放出する門を開く。
肉体に、出雲郷八雲岌武千代の神力が流れて来た時、部屋の中には、出雲郷凛天も座っていた。
どうやら、彼女も、出雲郷八雲岌武千代に呼ばれたらしい。
二人、視線を合わせて、一体なんの話があるのだろうか、と疑問を覚えながら隣に座った。
二人が揃った事で、瀕死の男は顔を二人に向ける。
金色の瞳が、春夏秋冬式織と、出雲郷凛天に向けられた時、神力を媒介に声が聞こえてくる。
『二人、呼んだのは他でもない、今後の事、先ずは式織、孫娘をどう思う?聞けば、あまり良い印象を持たぬと言うが』
出雲郷八雲岌武千代にそう言われて、春夏秋冬式織は首を縦に振った。
「嘘つきは嫌いです、だけど、俺は嫌いであり続けたくはないです」
出雲郷凛天は嘘つきと、肉親の前で言う。
しかし、それはあくまでも、嘘を吐いている為だと言った。
そうでなければ、彼女とは仲良くなれるかも知れない、と言う意味合いでもある。
逆に、出雲郷八雲岌武千代は、出雲郷凛天に聞く。
『お前はどうだ、式織をどう思う?』
出雲郷凛天は考える。
そして、彼の目を見て、次に出雲郷八雲岌武千代を見て、彼女は言った。
「…彼は私を嘘つきと言います、それが嫌で、彼が嫌いです。しかし…だからこそ、心地良いものを感じます、嫌悪と安堵が両立している感覚、です」
と、出雲郷凛天は嘘偽りなく言った。
春夏秋冬式織は彼女の言葉に対して響いている様子も無く適当に頷いている。
二人の会話を聞いて、出雲郷八雲岌武千代は成程、と頷いた。
『では、今後の仲に進展はあるとみても良いな…では本題に入ろう』
全ては前置きだった。
次に何を言い出すのか、出雲郷凛天は真剣な表情でご当主の言葉を待つ。
『双方を婚姻相手とする、この起案に論を唱えるか?』
婚姻。
それを聞いて、出雲郷凛天は驚いていた。
その逆、春夏秋冬式織は、婚姻と言う言葉を何処かで聞いたと思いながら聞いていた。
「わ、私が、この、春夏秋冬式織と、将来を約束する、と言う事ですか?」
慌てる様に、出雲郷凛天が聞いた。
彼女の問いに対して、出雲郷八雲岌武千代はそうだと頷く。
『まだ子供であるが、相応な対応でもある。何れこの男の将来を鑑みれば、此処で出雲郷家に属させる事も一つの手だ』
「私の気持ちは、どうなるのでしょうか?」
出雲郷凛天は言った。
それもそうだろう。
彼女は春夏秋冬式織を友としては認めた。
だが、それ以上の関係など想定していない。
『聞くに、お前と式織は相性が良い、だから、こういった話をしている』
「相性が良い、と…一体何処を見て…」
「…何か分からないけど、婚姻?をすれば良いのか?」
春夏秋冬式織は出雲郷八雲岌武千代に婚姻の話を切り出している。
春夏秋冬式織は、婚姻に対して反対などはしていなかった。
「貴方、自分が何を言ってるのか…?」
「分からないけど」
春夏秋冬式織は、ワケも分からない話をしている、と言う認識でしかない。
だけど、出雲郷八雲岌武千代が言っていた言葉を思い出していた。
「お前と、また仲が良くなれるのなら、それに越した事はない」
散々嘘つきは嫌いだと言っていた。
だが、それはあくまでも、嘘つきで無くなれば、更に仲良くなれるだろうと思っているだけの事だ。
今の彼女には、嘘を吐いている様子はない。
だから、また仲良くなれるのだと、春夏秋冬式織はそう思っていたから。
春夏秋冬式織の言葉に、彼女は口を閉ざす。
この状況下で、反対の意見を出しているのは自分だけだと、そう思っているらしい。
ならばどうするか、彼女は春夏秋冬式織を見る。
「…貴方が将来の婚姻相手となる等、考えられません。何故なら、私は貴方が嫌いです」
それは本心だった。
だから春夏秋冬式織は大して睨んだりはしなかった。
しかし、彼女の言葉には続きがあった。
「ですが、それは悪い事です。私は何も変わっていない証拠になる。…将来はまだ分からない、私は、未来に懸けます、貴方を好きになっているかも知れません、そうなる様に、努力をしているのかも知れませんし、ふとした時に好きになっているかも知れません、もしかすれば、貴方をより一層、嫌いになっている可能性もあります、ですので」
未来。
それは、今死ぬかも知れない彼女にとって、有り得ない話だった。
だが、春夏秋冬式織が傍に居ると、その有り得ない話が、有り得るものに変わるかも知れないと、そう思っている。
「ですので、…どうか、未来の私が大好きになれる様に、心を蕩けさせて下さい」
そして、出雲郷凛天もまた、春夏秋冬式織に約束をする。
その願いが未来、どうなっていくのかは、まだ出雲郷凛天は知らない。
少なくとも、未来では。
二人は一度、喧嘩をしているのだが。
それは、まだ過去の二人には知る由も無い事だった。
そして現在。
春夏秋冬式織は出雲郷凛天の部屋の中に入る。
部屋の中は、殺風景だった。
春夏秋冬式織が昔、彼女の部屋に入った時と、まったく同じ様子。
出雲郷凛天を抱きながら、春夏秋冬式織は布団の上に座る。
黙って抱き抱えられた出雲郷凛天は、春夏秋冬式織を睨む。
「嫌い、嫌い、貴方なんて」
何度も、恨みの声を浴びせる。
それを受けた春夏秋冬式織もまた、彼女に向けて牙を剥く。
「お前はそればっかりだな、昔も同じ様に言ったよな…」
春夏秋冬式織は、彼女が首に回した手をゆっくりと引き剥がす。
「俺に嘘を言うな、お前の言う事が、真か嘘かなんて、分かってる」
春夏秋冬式織は、出雲郷凛天を睨みながら言った。
彼女の言葉、其処に負の感情は乗せている。
だがそれは、決して春夏秋冬式織に対する恨みではない。
負の感情に間違いではない、だがそれは、春夏秋冬式織に対する恋慕の歪み。
「私以外の女と寝る様な男が、真も嘘も、だなんて言う説教なんて聞きたくない」
それは、言ってしまえば。
「お前は、妬みが過ぎるぞ」
嫉妬であった。
自分だけと思っていた男が、別の女と婚姻していた。
自分には彼しかいないと思っているのに、春夏秋冬式織は色んな女に手を出している。
そう妄想し、彼女が心を病んでいた。
だからこそ、春夏秋冬式織に対して罵倒を繰り返す。
愛している、が故に暴言を吐き。
愛している、が故に悔恨を抱き。
愛している、が故に憎悪を宿す。
春夏秋冬式織と言う男を嫌い、その言葉を口にする事で、春夏秋冬式織に深く傷を付けようとしている。
「妬む?これが妬まずにいられますか、元気な娘でした、可愛らしい娘でした、絶世の美女、健康的で安産型、子を孕むが上手そうでした、とても優しい表情で夜伽を誘い、それに貴方は喜々として乗るのでしょうよ」
それは一体誰の事を言っているのか。
温泉津月妃の事か、それとも、黒周礼紗か、それとも…。
そう思考を巡らせたが、彼女が再び口を開き、そちらに注視する。
「引き換え、私はどうですか?貪るには貧相過ぎる体、抱き着き具合も悪い、健康など程遠い呪いに犯された不良品。明るくなど無く根暗で、今でもこの様に文句不満暴言を吐く可愛らしさも欠片も無い醜い心を持つ、こんな人間が、貴方以外の者に貰われる筈がない、私には貴方しか居ない、それなのに貴方が私を見なければ、私は一体、何の為に生まれたのか、意味など無い、このまま、死んでも誰も見向きもしないでしょう」
涙を流す。
自分で言っておいて悲しくなったのだろう。
「だから…だから貴方は、私を、捨ててはならない、最後まで私は貴方から離れない。貴方には私を見つめる権利がある、私から手放すなど決してあってはならない、私を、この、醜い私を、貴方だけが」
それ以上、春夏秋冬式織は言わさせない。
今度は、自ら、出雲郷凛天の口を自らの口で塞ぐ。
神力が吸収されていくが、そんな事どうでも良い。
「あぁ、ムカつくな、だから俺はお前が嫌いだ、俺の好きなお前を卑下するなんて…だから嫌いなんだよ、喧嘩もしちまうさ」
彼女を強く抱き締めた。
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