第二章・苦しみを抱いて


その夜。

一人で部屋の中で眠る、出雲郷凛天。

彼女は発熱をしていた。肌から滝の様に汗を流している。

何時もの様に夢を見ている。

巨大な蛇が、十六の目を彼女に向けている。


彼女の周りには、沢山の蛇が蠢いていた。

手足を縛り、幼い体を辱める。

痛みを体中に味合わせながら、気分悪く目が覚める。


「はぁ…はあっ…ぐ、ぅぅ…」


これが幼少期の出雲郷凛天が抱く呪いの一部。

更に加えて、彼女の肉体を蝕める痛みも存在する。

こんな呪いを受けて置いて、平然で居られる筈が無い。


歯軋りをして痛みを我慢する。

今日も眠れず、蛇を恐れながら朝を待つ事しか出来ない。


「いや…嫌…もう、こんな、生活…」


いっその事。

このまま、死んでしまえれば。

そうすれば、この痛みを覚えずに、楽になれるかも知れない。

死こそが、唯一の救済であると、彼女の脳裏に誤った情報が刻まれた時。

その時、窓が叩かれた。


「ひッ」


驚き、声を漏らす。

こんな真夜中、扉からではなく、窓を叩くなど、一体誰が…。

そう思い、彼女はゆっくりとカーテンを開ける。

そして、窓の前には、一人の少年が居た。

月明りを背景に、出雲郷凛天を見つめている春夏秋冬式織。


「な、なにを…」


出雲郷凛天は、窓を開ける。

部屋の中に無理やり入って来る春夏秋冬式織は、彼女の前に立った。


「文句を言いに来た」


文句。

そう言われた事で、昼前に起きた事を思い出す。


「…貴方を噛んだ事ですか?あれは確かに、私が悪かった、ですが…謝りませんよ、怪我は治ったじゃないですか、であれば、私が傷つけた事も、無かった事にするべきでしょう」


と。

人の神経を逆なでさせる様な口調で言う。

その言葉を聞けば、誰でも良い印象を抱く事は無いだろう。


「あれは別にどうでもいい、傷を受けたのは俺の力量不足だからな」


だから、その事に対して謝る事は必要ないと言った。

そう言われた出雲郷凛天は、目を丸くしていた。

そんな意外な事を言う人間が居るのかと、そう思ったらしい。

であれば、春夏秋冬式織は一体、何をしに此処に来たのだろうか、と。


「夜の事だ」


「夜…夕食、ですか、そう、貴方と共に食事をするなど反吐が出ます、私は貴方が嫌いですから、傍に来て欲しくは無かった」


「人の好き嫌いはある、仕方がない」


と。

春夏秋冬式織が怒っている事は其処でも無かったらしい。

では、一体、何に対して文句を言おうとしているのか。


「お前、色んな人を困らせてるんだってな。呪いのせいで、常に怒ってるって」


「…それが、なんだと言うのですか?」


もしかすれば、それに対して同情しているのか。

であれば、そんな憐憫など必要はない。

既に、色んな人間からそんな目は向けられている。

今更、憐れむ人間が増えた所で嬉しくも無いし、むしろ邪魔なだけだ。


「お前、自分が呪われてるからって、調子に乗ってるだろ」


「…は?」


その言葉は初めてだった。

だから、出雲郷凛天は、初めて不快だと認識し、声を漏らしていた。



「私が、何を、調子に乗っていると?」


「そうだ」


それは違う。

彼女が毒を吐く事には理由がある。

その理由は、彼女なりの苦渋であり、想いゆえの事だ。

だからこそ、自分の考えを度外視して話し出す春夏秋冬式織に、彼女はいら立った。


「そんな、事を、いう為に、此処に…?」


「あぁ、だから文句を言いに来たって言ったんだ」


春夏秋冬式織は真正面を、彼女の目を見て堂々と言っている。


「俺は、色んな人からお前と友達になって欲しいと言われたけど、俺は嫌だぞ、お前みたいなやつを背負うなんて」


「…」


自分の苦しみを知らない人間が、前に居る。

どうしようも無い程に、彼女は怒りを抱いている。

苦しみを知らないからそう言える。

痛みを知らないから、想像が乏しいから。

自分の苦しみを、理解してくれないのだ。


「私の、この呪いを…それが、調子に乗ってると…?私が、私がどれ程…苦しんでいるかッ!!」


「そこじゃねぇ」


春夏秋冬式織は一蹴した。

呪いではない、と春夏秋冬式織は言った。


「…ッ、じゃあ、何を、何に対して、私が調子に乗っていると?」


「お前、自分で嘘吐いてるんだろうが、痛い事を、隠して、自分が悪い奴だって、そんなフリをしてるんだろ?」


春夏秋冬式織の言う事に、出雲郷凛天は声を失う。

彼の言った事が当たっていたからだ。


自分が苦しむ。

其処は最大限譲歩出来る事。

だが…自分の呪いで、自分ではない他人が傷つく。

この事だけが、彼女をより一層苦しませる要因となっていた。

どうすれば、傷つけなくて済むのか。

そう考えた時、彼女は小さな体で結論を出した。


「(私が人を嫌いは嫌うほど…私のそばに寄り添うものがいなくなる)」


人肉を喰らってしまうと言う呪い。

油断をすれば呪いがカタチを成して人を襲ってしまう。

生きた爆弾、触れれば爆破し、人に危害を与えてしまう。

だから、自分を偽れば良い。

呪いに犯された自分は人に非ず、分かり合えない存在であると。


「(そうすれば誰も傷つかない)」


自分に近づく人間は居ない。

だから、彼女は、自分は自分以外の全てを羨み、憎悪を抱いていると自分でそう思わせた。


「(私が世界の全てを大嫌いだと思えばそれだけで、私以外の全てが幸せになれるから)」


その選択は少女には辛いものだろう。

人と接触する機会を失い、自分と言う中に殻に閉じこもる。

永遠の孤独、体中に巡る痛みを吐く事すら我慢して、孤立しながら死ぬ選択をしたのだから。


「(だから私は嫌う憎悪する、人を憎み、苛立ち、否定する。そうすれば、人は私を憎み、苛立ち、否定するから)」


だから、彼女は嫌われ役をしたのだ。

それなのに、たかが、外界からやって来た少年に、看破されてしまった。


春夏秋冬式織は、部屋の中で座る。


「お前は嘘ばっかりだから、俺はお前みたいな奴が嫌いだ」


確実に、心の底からの言葉を放ち、春夏秋冬式織は、懐の中から何かを取り出した。

それを、彼女の前に突き出して、春夏秋冬式織は彼女に渡す。


「だから此処から始めるぞ、お前の嘘の無い場所で、お前の言葉を俺は聞く」


そう言って、春夏秋冬式織は袋を剥いた。

出雲郷凛天は、恐る恐る、受け取ったものの袋を剥がす。

出てくるのは、真っ白な色をした、おにぎりだった。


「おに、ぎり…なんで、こんな…」


何故、と問う彼女に、春夏秋冬式織は口を開き、食う前に言う。


「作ってもらった、飯、食ってないだろ?」


がぶり、と。

おにぎりを一口で三分の一を食べる。

頬に米粒が付くが、そんな事構わず、口を動かして米を咀嚼。

飲み込むと同時に、頬に着いた米粒を取って口に運んだ。


「俺は、お前に飯を食おうって呼ばれたからな」


それは、メイドから聞いたお願いだ。

主に咲来からは、出雲郷凛天との食事を共にしてほしいと言う願い。

それを聞いて、春夏秋冬式織は頷いた。

その事実は、彼女自身が拒否をした事で無かった事になったが。

だが、春夏秋冬式織は、その事実をなかった事にするつもりは無かった。

嘘と言う事実を、無かった事にする為に。

春夏秋冬式織は改めて、食事を彼女と共にしたのだ。

春夏秋冬式織の言葉を聞いて、出雲郷凛天はポツリと言った。


「…嘘つき、は、貴方じゃないですか。私はそんな事言ってない、言ってないんですよ…」


そう言いながら、彼女は、春夏秋冬式織の隣に座る。

そして、メイドが作ったであろう食事を、彼女は食べ始めた。

冷めたおにぎり、表面は塩の味、中には、鰹節に醤油を塗したおかかが入っていた。

一口で、香ばしい魚の味がして、より一層、空腹であった彼女の腹が擽って来る。

大きく口を開けて頬張る。

旨味が口の中に広がって、あまりの美味さに、ぽつりと、涙を零していた。


「美味いか?」


先に食べ終えた春夏秋冬式織は、彼女に、料理が美味いかどうかを聞いた。

彼の言葉に、彼女は口の中にある咀嚼したものを飲み込むと同時に頷く。


「…えぇ、美味しいですよ、私みたいな呪われた子でも、懸命に作ってくれた方の料理が、不味いワケがない」


彼女が他人に向ける憎悪など嘘に過ぎない。

本心では、こんな自分の為に身を犠牲にする人たちに申し訳ないと思っていた。

だから、こうして自分の為に用意された食事が、美味くない筈がなかった。


「そうか」


彼女の言葉に、春夏秋冬式織は頷いた。

それが彼女の本心だから、だと思ったからだ。

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