第二章・人肉を食す

口を開き、春夏秋冬式織の方へ向かうかと思えば。

彼女の背中から、紫色の鱗と煙を纏う生物が出現する。


「(なんだ)」


「お、お逃げ下さい、式織、様ッ!!」


大きく声を荒げるメイド。

その声に対して春夏秋冬式織の脳内に逃走すると言う選択肢が過った。

だが、即座に春夏秋冬式織は逃げると言う選択とは正反対に、前へと一歩踏み出す選択を選んだ。

彼女の中から出てくるそれは、巨大な蛇だ。

頭部、鋭い牙を剥き出し、金色の目が春夏秋冬式織を狙う。

蛇腹はとにかく長く、掃除機のコードが如く、伸びていく。


春夏秋冬式織を狙い、大蛇の首が春夏秋冬式織に向けて大きく口を開く。

鋭い二本の牙が春夏秋冬式織を噛み付こうとしていた。


大きく開いた口。

それに対して春夏秋冬式織は前進する。

恐れなどない。


「(前に、出て、避ける)」


肉体を覆う多大な神力。

身体能力を強化した状態で、膝を折って蛇の嚙みつきを回避する。

それは言うなれば、上半身を逸らす、イナバウアーの様な感じだった。

そして春夏秋冬式織は、回避をした直後、体を横に回転させて、地面を強く蹴る。


向かう先は出雲郷凛天。

春夏秋冬式織は、最早暴走状態となっていた彼女へと接近する。


「(とりあえず、眠らせる)」


「駄目、です…式織様、近づいては…」


メイドは叫ぶ。

何故、それ程までに焦っているのか。


「大蛇は、一体だけではありませんッ!」


寸前。

春夏秋冬式織が、出雲郷凛天に触れる時。

更に、彼女の背中から、七つの蛇の首が現れる。


「あ」


春夏秋冬式織を狙う蛇の頭。

それが七つ、四方八方から包み込む様に口を開く。

流石の春夏秋冬式織は、声を漏らす。


「死んだ」


この状況下で逃れる事は出来ない。

そう思った、だから、春夏秋冬式織は、迷う事無く、前へと突っ込む。


そして、彼女の口元に、自らの腕を突っ込んだ。

掌から、ではない、前腕を、彼女の口に咥えさせた。


「蛇には食わせない…食うなら、お前が喰え」


春夏秋冬式織はある程度の事を知っている。

彼女が呪いに犯されている事、人肉を喰らわなければ元に戻らないと言う事を。


蛇が、春夏秋冬式織を喰らえば、ただでは済まない。

そのまま、食い殺されるだろう。


ならば、呪いの元凶にこの体を、この身を食らわせるくらいなら。

最初から、出雲郷凛天にこの肉を捧げた方が、良いと思った。


それは、春夏秋冬式織は、化物には負けたくないと言う願いだったのかもしれない。

根底に湧き上がった願いが、必然的にその行動をとったのだ。


腕を食われた春夏秋冬式織。

血が出雲郷凛天の口の中に入り、彼女の喉が何度も鳴った。


そうして、ある程度の血を呑み終えた時。


「ふ…ぐッ」


彼女の体から出ていた八つの蛇の首が消えてくる。

それと同時に、出雲郷凛天の様子も大人しくなっていく。

口が離れる。

血と唾液に汚れた糸を引きながら、荒々しく呼吸をしつつ地面に横たわる。

春夏秋冬式織の腕は、出雲郷凛天の歯が強く食い込み、痕が出来ていた。


「いてぇ…」


腕の傷を見ながら、春夏秋冬式織は倒れる。

近くに伏せていたメイドが立ち上がると、春夏秋冬式織と、出雲郷凛天の元へ向かう。

更に、騒ぎを聞きつけたメイドたちが、春夏秋冬式織と、出雲郷凛天の姿を確認すると、片割れは出雲郷凛天の方に向かい、もう片方は春夏秋冬式織の手を掴んだ。


「早く、怪我の治療を」

「回復を行える『巫覡かんなぎ』を此方に」


その様にメイドたちが慌ただしく口にしていた。

春夏秋冬式織は、腕の傷よりも、近くに倒れている出雲郷凛天の方が気になりつつあった。

腕の治療を終えた春夏秋冬式織は、家に戻り、休息をとっている。


同じ子供とは言え、命がけの戦いをしたのだ。

疲弊感は拭えないだろう。


布団の上で横になっていた春夏秋冬式織、一定の時間になると、家に入って来るメイドがあった。

それは、咲来だった。

春夏秋冬式織の身の回りの世話を任された為に、こうして春夏秋冬式織が住む家にやって来ては、料理をする事が当たり前になりつつなっていた。


しかし、今回は春夏秋冬式織の部屋に先に入って来る。

何時もならば、春夏秋冬式織が部屋の中に居れば、扉の前で挨拶をした後に料理を作るが、今回は違った。


「失礼します、式織様。お怪我はどうですか?」


そう言われて、春夏秋冬式織は自分の腕を確認する。

既に、治療系の能力を持つ『巫覡かんなぎ』の能力によって腕の傷は癒えている。

これならば、明日にでも鍛錬の続きは出来るだろう。


「だいじょぶ」


春夏秋冬式織は本心で言った。

その言葉を聞いて、咲来は良かったと頷く。


「一つ、お話がございます。宜しいですか?式織様」


話。

そう言われて、春夏秋冬式織は再度、大丈夫だと頷いた。


「出雲郷凛天様からのご用事です。先程の怪我に対して、詫びを入れたいから、と、御夕食の参加を、とおっしゃっておりました。参加の可否は式織様にありますが、いかが致しますか?」


春夏秋冬式織は、出雲郷凛天の顔を思い浮かべる。

彼女が、自分を呼んでいると、春夏秋冬式織はどうするか迷った。


「先刻の事を気にしているのであれば、それは仕方がありません、しかし。あれは一時の事です、なので、本日はもう、あの様な襲って来るような事はありませんが…」


と、その様に補足していた。

大丈夫だと、咲来が言うのであれば。


「分かった、参加するよ」


春夏秋冬式織は、そう言って出雲郷凛天が居る食事の席へと参加する事を公言した。



「何故、この方が居るのですか?」


食事の席。

部屋に通された春夏秋冬式織。

後から入って来た彼女と邂逅したと同時、その様な憎まれ口を叩かれた。

近くに居たメイドが、その場でしゃがみ、頭を下げた。

床に頭を擦り付けて、土下座をしている。


「申し訳ありません、お嬢様、この様な真似を…」


一体、何が起こっているのか、春夏秋冬式織はまったく分からなかった。


「人を避けるお嬢様を案じたご当主様が、同年代の子であれば、と思い、こうして無理をして食事の席を設けてしまいました。どうか、ご当主様の意図を汲んで下されば…」


「…私は、気分が悪いのです、食事など、必要としていません」


白き髪を揺らし、赤い目で一瞥をする。

その場から、彼女は飛び出した。

残された春夏秋冬式織、それと、卓の上に置かれた多くの食事。

近くに居た咲来が、春夏秋冬式織に向けて頭を下げた。


「…申し訳ありません、式織様、騙す様な真似を」


そう言われた春夏秋冬式織は、食事の方をジッと見つめていた。

ぐぅ、と腹を空かせて、蟲が鳴いたので、咲来の顔に視線を移す。


「ごはん、食べちゃダメなのか?」


そう聞くと、咲来は近くに居た出雲郷凛天のメイドと目を合わせる。

メイドが頷いたので、それを汲んだ咲来も頷いた。


「構いません、との事です。食事の量が多いですが、食べきれますか?」


「だいじょぶ」


頷いて、春夏秋冬式織は両手を合わせて合唱をする。

そして、春夏秋冬式織は、卓に並べられた料理に手を付ける。


「…先程、申した通りですが、申し訳ありませんでした、式織様」


カチャカチャと、ステーキ肉をナイフで切ってフォークで肉の切れ端を突き刺し、口に運ぶ。

もごもごと、口を動かしながら、パンを掴んでは口の中に詰め込み、スープで流し込む、


「んぐ…ん?」


一体、何の話をしているのかと、春夏秋冬式織は思った。


「出雲郷凛天様。少しでも、彼女の闇を祓おうと思い、式織様にその役目を負わせてしまった事です、おかげで、式織様も、気分を害されてしまったのでは、無いのでは?」


「ん。ずず…ぷはっ、いや、別に」


彼女の事よりも、より取り見取りな食事の数に心を奪われた春夏秋冬式織は、飯を喰らい続けていた。


「呪いを発生してから、凛天様は心を病められた。自分が苦しみを覚える事に対して常に疑問を抱き、苦しみから逃れる為に我々に苦言を漏らす。…彼女の心を思えば、暴言や暴力など、我々にとっては些細な物です。それくらいで、凛天様の心が晴れるのならば、それで良いのですが…しかし」


メイドたちは、彼女、出雲郷凛天の未来を心配していた。


「いつまでも、そのままではいけません。このまま、凛天様が自制出来なければ、永遠に孤独のままです。孤独はいけません、人の心に隙間が生まれる。そうなれば、呪いはその心の隙間を埋めるでしょう。より一層、凛天様の体を蝕めてします。せめて、心に寄り添える気の良い仲が居れば…」


そんな人間が居れば、きっと、彼女の苦痛も和らげるだろうと。

その役目は、自分たちでは出来ないと、そう思っているらしい。


「私たちは大人です。彼女と同じ目線ではいられない、だから、ご当主様は、式織様にお願いしたのです」


出雲郷八雲岌武千代が、春夏秋冬式織に条件を出したのは、それが理由であったらしい。


「ですので…友になって欲しいとは、望みません、ただ、凛天様を気にかけては下さいませんか?」


もぐもぐと、口を動かしながら料理に舌鼓を打つ春夏秋冬式織。

彼が一体、何を考えているのか、咲来の言葉に、春夏秋冬式織は答えなかった。



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