第二章・呪われたヒロイン

『咲来』


全裸の少女が声に応じて動き出す。

黒髪の、細い筆で描いた様に線の細い女性だ。

体を起こすと共に、乳房を曝け出しながら歩き、春夏秋冬式織の方に向かう。


「咲来です…私が、貴方様の七曜冠印をお調べ致します」


と、咲来と呼ばれた黒髪の大和撫子が言うと、春夏秋冬式織の手を取る。


「お、オリオリ?」


この女性が一体何をするのか、怖くて隣に立つ春夏秋冬澱織に聞く。


「あー、心配すんな。別にとって喰うワケじゃねぇよ。こいつらは『巫覡かんなぎ』の巫女でな、このジジイは神力を吸って現在まで生き続ける老いぼれなんだよ、ああして、神力だけを持つ女が近くに居るのはそういう理由だ」


『人聞きの悪い事を言うな』


本当の事だろ、と春夏秋冬澱織は裸の女性に対して、自分が着込んでいる黒の羽織りを脱ぐと、それを女性に渡す。


「…ッ、何を、これは『十』の字が入った大切な衣服…私ごときが、これを持つ事すら恐れ多い、それを…っ」


「式織が裸の女が怖いってよ、まだアンタみてぇな別嬪でも興奮出来る様なトシじゃねぇ、これが原因で女性を怖がるなんざ可哀そうだからな、だから貸してやるよ、この俺の匂いが染み込んだ大切な羽織をな」


そう言いながら、春夏秋冬澱織は畳の上に座ると、腰に巻いていた紐を解き、ひょうたんを手に持つと共に酒を飲む。


「判別が終わるまで暇だな、なあジジイ、昔話に花でも咲かせるか?」


『貴様が起こした被害総額でも聞かせてやろうか?』


その様な会話に話を弾ませながら、春夏秋冬式織と、咲来は部屋の隅に座る。

そして、咲来が春夏秋冬式織に膝に乗る様に告げる。


「真正面を向く様に、座って下さい」


言われた通りに、春夏秋冬式織は座る。


「では、口を開いてください」


口を開けと言われたので、春夏秋冬式織はそれに従い、大きく口を開く。

咲来は、ゆっくりと息をした、顔を近づけて、ふと思い出す様に春夏秋冬式織に聞く。


「では…間接的と、直接的、どちらが宜しいですか?」


そう聞いて来る。


「?どういう、意味だ?」


「いえ…そのまま調べようと思ったのですが…幼少期の子の思い出を穢す様な真似をすると思いまして…」


春夏秋冬式織の事を案じて聞いているらしいが、詳しく言って貰わなければ分からない。

すると、畳に座ってリラックスをしていた春夏秋冬澱織が声を荒げた。


「直接的に吸って貰えば良いだろ、そっちの方が確実なんだろ?」


「…じゃあ、オリオリが言う通りに」


春夏秋冬澱織の言葉を信じ、春夏秋冬式織は言う。

承諾を得た事で、咲来は頷いた。


「では…失礼します」


そう言うと、再び咲来は顔を近づけて…そして、春夏秋冬式織にキスをした。


七曜冠印。

肉体に宿る力。

人間の遺伝子に刻まれている。

その力の破片は体内に残る。

微細な神力からも、七曜冠印を調べる事も出来る。

無論それが出来るのは限られた人間だが。

口づけをされ、舌先が春夏秋冬式織の唾液を拭う。


「…ん」


眉を顰める咲来。

口を離して、糸を引く。

喉を鳴らして唾液を飲み込み、微かに首を傾ける。

何を考えているのか、それは恐らく、不思議に思っているのだろう。


「…これは」


「なんだあ?日か?月か?それとも生物とかの冠印かぁ?」


春夏秋冬式織の冠印を聞き伺う春夏秋冬澱織。

咲来は口をもごもごとしながら考える。


「…分かりません」


結果。

咲来の口から出た言葉がそれだった。


「あ?分からないってどういう事だよ」


春夏秋冬澱織が顔を咲来の方に向ける。

懐疑的な質問に、恐らくと、推測で咲来は言った。


「…複数の味があります。元祖の七曜冠印の属性の味がすれば、それ以外の味も…」


「なんだよ、じゃあ両儀型りょうぎがたって奴か」


両儀型。

春夏秋冬式織には聞きなれない言葉だ。

どういう意味合いなのか、春夏秋冬澱織に聞こうとする。

だが、春夏秋冬澱織は視線を逸らす。

どうやら意味合いは知っているが、説明する為の口を持ち合わせていなかったらしい。

代わりに、咲来が答えてくれる。


「『巫覡かんなぎ』の属性継承は異種の属性を持つ人間同士であれば複合した属性か、片割れの持つ属性を継承します、しかし、稀に両方の『巫覡かんなぎ』から属性を与えられる両儀型と呼ばれる系統があります、一人で二種、あるいは四種の属性を持つ者です…しかし」


しかし、と、やはり咲来は口の中を確かめて首を左右に振る。


「複雑な味…まるで、ありとあらゆる属性を一括りにさせたようなもの…百、いや、千…?それ以上の属性…澱織様、式織様は…あらゆる属性を持ち得ます」


それはとんでもない話だ。

この業界では、万能と呼ばれる属性はあるが、しかし、千以上の属性を所持する者は存在しない。

つまり、この世に生誕して、彼が初めてなのだ。

これは驚くべき事態であり、由々しき事でもある。


不遜、不動を貫いた出雲郷八雲岌武千代ですら驚き、目を開いていた。


「ふーん、すげえじゃん」


ただ一人、春夏秋冬澱織は其処まで驚いては居なかった。

酒を飲みながら寝転び直す。


「で、どういった鍛錬内容にするんだ?」


「そう…ですね…あの、少し、保留と言うかたちで」


流石に、あらゆる属性を持つ春夏秋冬式織を鍛えるとなれば、また違った方法を取らなければならない。

なので、今回の訓練の内容はまた後日決める、と言う事になった。


先に咲来が、春夏秋冬式織の家に案内する為に衣服を着替えていく。

その間に、春夏秋冬式織と春夏秋冬澱織が待機していた時のことだ。


『お前らに一つ、言う事がある』


大気と融解した神力から、出雲郷八雲岌武千代の声が聞こえてくる。


「なんだよ、ジジイ?」


春夏秋冬澱織は、そう出雲郷家当主に聞いた。


『そちらの条件を呑む以上、こちらも条件を出す』


「あ?きったねぇジジイ!最初に条件を飲ませやがったな!!」


後出しで出てくる条件。

春夏秋冬澱織は騙されたと嘆く。

そんな春夏秋冬澱織など無視をして、一方的に条件を与えた。


出雲郷あだかえ凛天リーティの友となってくれ』


その条件を聞いた後。

着替えた咲来がやってくる。

家を案内するべく外へと出ていく。

そうして、春夏秋冬式織は遠方を見た。

其処で、ある少女を確認した。


白く、白く。

何処までも、ただ純粋に、何色にも染まらず。

人と呼べるか怪しく、妖精と言うなれば確かに妖しい。

小さく、子供でありながら、その美貌は大人にも負けない。


妖艶さ、と言うものを感じる。白き美少女。

白い袴を着込み、彼女は呆然と庭に作られた池を見つめる。


浮世離れした美。

その紫色の瞳が此方へと向いた。

体を起こし、少女がゆっくりと歩く。


真正面を向いた事で分かる、その少女の目は人とは違う。

蛇と同じ、刀の切っ先の如く鋭い目をしている。


「…あぁ、貴方は、なんとも…貴方は」


春夏秋冬式織の顔を見つめる。

そして、少女は苦悶の表情を浮かべる。

まるで、少年と言う存在自体に嫌悪感を漏らす様に。


「私は貴方が嫌いです、憎たらしい…」


文字通り、少女は恨んでいる。

春夏秋冬式織を、自分の敵と認識して牙を剥く。

その殺意にも似通った表情。

春夏秋冬式織は喉を鳴らす。


「なんで急に、そんな事を言うんだ?」


春夏秋冬式織の言葉に、少女は背を向ける。

これ以上話す事など何もないと、そう背中で告げているようだった。


「なあ」


春夏秋冬式織が彼女を追いかけようとする。

だが、それよりも早く、春夏秋冬澱織の手が、春夏秋冬式織の肩を掴む。


「落ち着けよ、式織」


そう言って、春夏秋冬式織が離れない様に掴んだ。


「だって…澱織」


意味も分からず嫌われる、こんな理不尽が有り得るのだろうか。

春夏秋冬式織の考えは尤もだ。

まだ出会って、数秒程、初対面と言うが、これでは邂逅とも呼べない。

一方的に話を断ち切られたのだ、これが始まりの出会いで良い筈が無い。


出雲郷あだかえ凛天リーティ、ジジイが言ってた孫娘だ。荒んだ性格をしてるのも仕方がねぇよ」


仕方が無い、と春夏秋冬澱織は言う。

それは一体どういう事なのか、春夏秋冬式織は春夏秋冬澱織を見る。


「アイツはな、呪われてんだよ、この地に根強く残る呪いによってな。それが出雲郷家の宿命でもあるのかも知れないが…」


「しゅくめい?」


春夏秋冬式織は首を傾げて、春夏秋冬澱織に聞く。


「八岐大蛇、神代の豪傑・素戔嗚が祓いし水を司る邪なる龍神…神の地から零落し、神格を失った神は、別の名を連ねる、それこそが、ある意味、俺たちが戦うべき敵でもある」


「?なんなんだよ、それ」


春夏秋冬式織の言葉に、父親は答える。

それが、十月機関が結成された理由でもあるのだ。


「『末路不和神霊まつろわぬかみ』、それが、俺たち十月機関じゅうがつきかん巫覡かんなぎが喧嘩をする相手だ」


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