第二章・出雲郷八雲岌武千代
領土の中で一番大きな屋敷へと足を踏み入れる。
屋敷の中に入ると、黒周家とは違って、古風が染み込んだ空間だった。
補修は一応されているのだろうが、歩く度に廊下が軋んで音を鳴らす。
妖怪や幽霊と言ったモノノケの類が住み込んでいそうな屋敷だ。
春夏秋冬式織と、春夏秋冬澱織が歩いていると、目の前から何者かが歩いて来る。
それは、この和風な雰囲気とは似付かわしくない女中だ。
「お久しぶりです、澱織さま」
その様に深々と頭を下げて、挨拶をする妙齢な女性。
その姿は、頭に白のメイドキャップ、黒のシャツに、白のエプロン、足首まで覆う黒いスカートを着込んでいる。
それは、メイド服だった。
何故、和風な雰囲気に、西洋の風が吹き込んできたのか、まるで分からない。
だが、まだそういったこだわり、違いに対してに一見の言葉を持ち合わせない稚拙な知識しかない子供の春夏秋冬式織は、それに対する違和感を覚える事は無かった。
「おう、相変わらずだな、肥えて尻がデカくなったんじゃねぇのか?」
そう言って、女中の尻を叩こうとした時、細い腕が、叩く寸前で春夏秋冬澱織の手を掴んだ。
「おいたはお辞め下さい、澱織さま、本日はどの様なご用件で?」
冷静な声色でそう聞く。
春夏秋冬澱織は手首を百八十度に曲げられて目尻に皺を寄せて痛ましい表情を浮かべている。
「ぎ、ぎぎッ、あ、ああ、ちょいとな。ジジイは居るか?」
ジジイ、と言われて、女中はふととぼける。
「はあ?いえ、その様なお方は居ませんが…」
「あー、それで頷いたら主人の悪口を認める様なものだからな、俺が悪かった、ご当主、
ジジイ、と言う言い方を置き換える。
その言葉を聞いて、女中は頷いた。
「はい、居ますよ。どうぞ、こちらです」
そう言って、女中はスカートを揺らし踵を返す。
ゆっくりと歩きながら、春夏秋冬澱織と春夏秋冬式織は後についていく様に歩く。
「…?」
その時、春夏秋冬式織は気が付いた事がある。
この女中が歩いている時は、廊下は眠る様に静かだが、春夏秋冬式織が歩くと、尻尾を踏まれた猫の様に、ぎぃぎぃと音が鳴り出している。
「(あるき方が違うのか?)」
どうしてこの様な違いが生まれるのだろうか、と春夏秋冬式織は考えながら、部屋の前まで案内されるのだった。
部屋の前まで案内されると、襖の前から女中が言う。
「武千代さま…春夏秋冬澱織さまが来ておりますが…」
「…」
物静か。
声と言うものは発せられていない。
しかし、確かに女中には聞こえた様子だ。
ゆっくりと頷き、襖に手を掛ける。
そして、襖を開くと同時。
「ジジイ、邪魔するぜ」
ズカズカと、当たり前の様に、春夏秋冬澱織が広間へと入り込んだ。
部屋の中は兎に角薄暗い。
その部屋の奥には、布団が敷かれている。
布団の左右には、裸の女性が座っている。
一人ではない、複数の女性だ。
髪の毛の色が、灰色や白色に近しい女性たち。
髪の色の変質は、呪いの類と考えられる。
しかし、特出すべきはその布団の中。
裸の男が布団の中に居る。
肌は灰色、余分な脂肪は無い。
加えて筋肉も無く、血の気も無い。
骨と皮だけに見える。
布団の面積から、零れる程に多い、赤色の髪。
口は右側が裂けて、砕けた砂の城の様に皮膚が崩れている。
奥歯が剥き出しとなるその人物の口から、黒い煙の様なものが吹き零れて、天高く上がっている。
黄金の瞳が、ゆっくりと春夏秋冬澱織の方に向けられた。
その姿を見て、春夏秋冬式織は、恐らく…初めて、恐怖と言うものを抱いた。
近くに立つ、春夏秋冬澱織の足に隠れて、視線をその男に向ける。
「ようジジイ、相変わらず死に掛けてるな」
恐怖の色に染められる春夏秋冬式織とは対照的に、春夏秋冬澱織は笑った。
その姿が、何度も目にしてきたものであるらしい。
声を掛けられて、その男は口を開く。
「…」
しかし、声と言うものは聞こえない。
「ははッ、こいつは俺の息子だ、ジジイにとっちゃ、ひいひい…なんだっけか?とにかく、ジジイの孫って所だ」
血は繋がってはいない。
だが。
黄金の瞳が、ゆっくりと、春夏秋冬式織の方を見る。
春夏秋冬澱織は、この男の事を、ジジイと言うが、怪我や体調を鑑みなければ、その容姿は青年の様だ。
年と重ね皺が増えた様な顔はしていない。
「…」
じっと、見つめている男。
何を言おうとしているのか、春夏秋冬式織は黙ってみている。
数秒、十数秒、数十秒。時間が経過し。
「おい、式織、答えろよ」
と、急かす様に春夏秋冬澱織は言うので、春夏秋冬式織は首を傾げた。
「な、なにを言うんだ?」
春夏秋冬式織の言葉に、父親は首を傾げた。
そして、あぁ、と頷き、手を叩く。
「あー、そうか、そりゃそうか。悪かった、お前には教えて無かったな」
そう言って、春夏秋冬澱織は誤魔化す様に笑う。
そして、春夏秋冬式織に向けて言った。
「神力操作だ。今ん所は、神力を放出してみろ」
と、言われたので、春夏秋冬式織は言われた通りに神力を放出する。
すると、春夏秋冬式織は驚いた。
先程まで、気が付かなかった。
神力を発生させる為に肉体の門を開くと共に、微量な神力が流れ込んで来たのだ。
「…ッ!」
身の毛のよだつ感覚である。
それは言うなれば、舌先で頬を舐められているかの様な感覚だ。
「微力な神力を操作する事で、神力を媒介に声を届ける。あのジジイ、声帯が無いからな、こうする事でしか声が聞こえないんだよ」
春夏秋冬澱織はそう説明した。
その出雲郷当主の神力が、春夏秋冬式織に聞こえてくる。
『お前が澱織の子か?…血は繋がって無いな』
渇いた声。
生気の無い声。
およそ人間とは言い難い声色に一層恐怖が背筋を通る。
「おいおいジジイ、血縁差別かぁ?そういうのは巷じゃ流行らねぇぜ」
春夏秋冬澱織は手を上げる。
人差し指を伸ばし、それを出雲郷当主に向ける。
からからと笑いながら突っ込み風情を行う。
『儂は貴様と縁が切りたかった』
春夏秋冬澱織の言葉に、出雲郷当主は冷めた口調で本心を吐く。
「またまたァ!がははッ」
この冷めた空気を壊す声を響かせて、春夏秋冬澱織は、春夏秋冬式織の背中を叩いて諭す。
「さてと、おら、式織、ちゃんと挨拶しろ」
その言葉を吐き、後ろに隠れる春夏秋冬式織を前に出そうとする。
しかし、恐ろしい相手を前に、春夏秋冬澱織と同じテンションで前に出る事は出来なかった。
「でも…」
恐怖に怯えた目で、春夏秋冬澱織を見る。
そんな彼の視線に、春夏秋冬澱織は胸を張って、彼の不安を掻き消す一言を口にした。
「大丈夫だ、俺が居る」
それで十分な勇気が入る。
何よりも、その男が居ると言う安心感。
それだけで、春夏秋冬式織の恐怖は薄れた。
「…ひととせ、しきおり、です」
前に出て挨拶を行う。
その言葉を一言一句耳に入れた出雲郷当主は頷いた。
『…そうか、儂は言わずとも知っておるだろうが。
出雲郷八雲岌武千代は、自己紹介をそう返す。
春夏秋冬式織は、首を傾げて、春夏秋冬澱織に聞く。
「かみしろ?」
「とにかく、すげぇ長いって事だ、それよりもジジイ。挨拶は終わっただろ、要件だけ伝えて置くぜ」
と、早々に話を始める。
「今日から俺の息子がこの家に世話になるが良いな?」
『そうか、…では家を用意する、他に要件は?』
更に何かないか、と出雲郷八雲岌武千代は聞いた。
「こいつを強くさせるからよ、適当に稽古とか付けさせてくれ」
『分かった、…ほかには?』
あまりにも条件を簡単に飲んでいる。
これはもしかすれば、と春夏秋冬澱織は、人差し指と中指を繋げて丸を作ると。
「あと遊ぶ金」
『却下だ。貴様に対して援助はしない』
あっさりと切り捨てられた。
「えー…じゃあアレ、コイツの七曜冠印を調べてくれよ」
最後に、出雲郷八雲岌武千代に、春夏秋冬式織の七曜冠印を調べる様に頼み込む。
『承知した、調べておいてやる』
と、出雲郷八雲岌武千代は二つ返事で了承するのだった。
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