第二章・七曜冠印
春夏秋冬式織、六歳の年。
季節は冬。
大気から結露した雪が降り注ぐ。
黒周屋敷の庭で、春夏秋冬式織は荒く呼吸を整える。
彼には一切の防寒着など付けていない。
むしろ、上半身は裸だった。
口元から漏れる吐息が、白く濁っていた。
荒れた風、天候は悪し、雪に混ざる雹が礫として肌を打つ。
「すぅ…」
しかし、春夏秋冬式織は漫然としていた。
神力操作。
体外から溢れる万物の源。
自らの生命を生成して生まれた霞の包みが、外界から襲う冷気を遮った。
「うわ」
黒周屋敷の奥から声が聞こえて来た。
縁側から此方を見ている黒周礼紗。
窓を開けて顔を出すと、春夏秋冬式織の方を見た。
「お前まだやってたのか?」
ガラス戸を開けて、冷気に目を細める。
春夏秋冬式織はゆっくりと、黒周礼紗の方に顔を向けた。
「オリオリに言われたから」
彼の父親、春夏秋冬澱織の課題。
神力操作である。
長時間の神力を操作する為に、こうした劣悪な自然環境を利用する事は多い。
自らの肉体に負荷を齎す雨や風、そういった自然による脅威から、長時間身を護る為に神力を放出させる。
全身を神力で覆った所で、鍛錬は開始される。
主に、風を肌になぞらせてはならない。
雨に濡れてはならない。
雪の冷たさを知ってはならない。
常に不変である事。
それが、春夏秋冬澱織が教えた鍛錬方法だった。
「朝飯くってから…けっこう時間経ってるぞ、昼過ぎだし、飯食ってないだろ?」
「…もうそんなに時間が経ってたのか」
春夏秋冬式織は神力を解く。
即座、肉体を襲う多大な冷気に、春夏秋冬式織は肌を擦った。
「さむい」
「当たり前だろッ!早く戻れって!」
春夏秋冬式織を心配しながらそう叫び、春夏秋冬式織は黒周屋敷へと戻る。
黒周礼紗は上着を脱ぐと、半裸の春夏秋冬式織の肩にかける。
少女特有の甘い匂いが服から匂って来た、好きな匂いだと春夏秋冬式織はそう思いながら黒周礼紗と共に居間へと向かう。
「戻った」
そう言って居間に入ると、せんべいを齧りながら寝転がる春夏秋冬澱織の姿があった。
つい先日、職場である『天禍胎』から戻って来たらしく、こうして我が息子の成長を確認しに来たらしい。
実に一年ぶりの登場だった。
「お?戻ったか、式織」
がはは、と笑いながらテレビを視聴している。
その近くには、黒周京極と黒周礼紗の母親が座っていた。
「あぁ、オリオリ」
「大体六時間くらいか?とにかく、長く神力を操作する事が出来たな、良い事だ、じゃあ、…どっこいしょ」
体を起こして、春夏秋冬澱織は拳を向ける。
「そろそろ、次の段階に進む時ってワケだな」
春夏秋冬澱織の言葉に、春夏秋冬式織は珍しく興奮した。
嬉しそうに、春夏秋冬式織は言う。
「オリオリ、次は何を教えてくれるんだ?」
息子の喜びの挙動に、春夏秋冬澱織も嬉しく笑った。
「がはは、まあ待て、おい京極、少しお前の訓練場借りるぞ」
「えッ!?」
黒周京極は驚いた。
勝手に訓練場を借りる事に対して、…ではない。
「お、お前のものは俺のものと言うジャイアニズムの澱織さんが…わざわざ聞いて来る、なんてッ天変地異の前触れッ!?」
まさか、春夏秋冬澱織が一言断りを入れるなど、有り得ないと思っていた。
当然ながらその言葉と反応は春夏秋冬澱織の拳が飛んでくるものである。
訓練場へとやってくる。
屋敷の外れ、少し大きめな建物の中。
道場と言うよりかは、コンクリートで固められた駐車場と言った様な空間だ。
「さて、神力をある程度操作する事が出来る様になったが、お前にはまだ知らない事がある」
其処に立つ二人。
瓢箪を煽り、春夏秋冬澱織は顔を真っ赤にしながら酒精の息を吐く。
「神力には属性ってもんがあるんだよ、従って、神力属性は七種類。ところで、お前は曜日は知ってるか?」
春夏秋冬澱織の言葉に、息子は首を傾げるが、一応は答えた。
「?はたらく日と…休みの日」
「正解だッ!だが大雑把過ぎるな、まったく、京極は何を教えてたんだ」
教育がなってないと、後で拳骨をくらわそうと考えている春夏秋冬澱織。
話は逸れたが、再び会話を始める事にする。
「七曜冠印は七つ『月』『火』『水』『木』『金』『土』『日』だ、曜日からとも、星の名前からとったとも聞くが、諸説ありだな、これは」
他の国でも、五大元素や陰陽五行と言ったものがある。
この地ではこの七つの属性が主なのだろう。
「この七属性を以て『
そう説明を終えた所で、空となった手を前に向ける。
小指から順番に指を折り、薬指を曲げ、中指を歪ませ、人差し指を閉ざし、親指を以て畳む。
拳から溢れる、神力を、春夏秋冬式織の前に向ける。
「神力には単調発露と加工発露の二種類がある。単調発露は前に教えた『循環』と『放出』の二つ」
半透明な神力の波が、段々と色濃くなっていく。
眩く、赤黒く、変化していく神力、それは邪悪とすら思える色合いだ。
「そんで、加工発露は肉体に宿る七曜冠印の『刻印』に神力を流した状態で放出させる」
それは、息子に対する手本であった。
コンクリートの壁に向けて、力を発揮する。
「今見せてやる、俺の七曜冠印はな…」
赤黒い波は、次第に形を変えていき…それは、細長い生物の様に見えた。
拳を振るう。胴体の長い生物が勢いよく飛び出し、コンクリートに向けて頭部を突っ込んだ。
激しい音が響くと共に、コンクリートに穴が開き、周囲に瓦礫が飛び散る。
土煙が晴れ、その穴を確認すると共に、酒を飲み、春夏秋冬式織に振り向いて、言った。
「…『龍』だ」
先程説明した中には一切入ってない謎の属性を口にするのだった。
『月』『火』『水』『木』『金』『土』『日』。
それが先程説明した『七曜冠印』の七属性である筈だ。
だが、先程の説明、春夏秋冬澱織の属性は、その何れとも違っている。
「オリオリ、説明と違うぞ」
当然ながらそう話を突っ込む春夏秋冬式織。
ひょうたんの口に自らの唇を近づけて酒を流し込む父親は五指を広げて待てと言う。
「まあ待て、これにはワケがあるんだよ」
ふぅ、と一息ついて、再び話を始める。
「七曜冠印ってのは遺伝的なもんだ、それは他から混ざると別のモンに変わるんだよ」
この世に同じ人間は居ない。
それは、七曜冠印も同じようなものであるらしい。
「例えば火の属性を持つ野郎と、水の属性を持つ女が居たとするだろ?それらの間にガキが生まれたら、火の属性を持つガキか、水の属性を持つガキか、その両方が混ざったガキが生まれんだよ」
例えば。
火と水が混ざり合えば、湯や油、と言った属性を発現させる者が居たり。
木と水が混ざり合えば、花や紙と言った属性を発現させる者も居る。
「色々と混ざり合った結果、俺の属性が『龍』になったってワケだ、どうだ、分かりやすいだろ?」
何百年も歴史を持つ術師の系譜、始まりと比べれば、違う属性へと変化するのも無理は無かった。
その様な説明をざっくりと話すので、当然ながら子供である春夏秋冬式織には分かり辛い。
「いいや」
「そうか、まあそういうワケだ、詳しくは…そうだな、アイツの所で教えてもらうか…とにかく、次は七曜冠印を使った加工発露を学べ」
アバウトな課題だった。
「分かった、それで、俺の七曜冠印って、なんだ?」
春夏秋冬式織は、自分の属性は一体なんであるのかを聞く。
そう問われた春夏秋冬澱織は、頬を引いて笑みを浮かべる。
「おう、今度、お前に預ける所で教えてくれるぞ」
自分で教えようとはしなかった。
もしかすれば、調べる事はそれ専用の道具を使わなければならないのかも知れない、が、それ以上に、春夏秋冬式織には引っかかる言葉と言うものがあった。
「…ん?あずけるって」
「黒周家には大分世話になったからな、今度は俺の親戚に預ける事にした」
その言葉は、近い内に、黒周家から離れると言う事だ。
身の回りの世話をしてくれた黒周家の人間との別れ。
そして、同い年の黒周礼紗との別れも意味している。
「そうなのか、少し…寂しいな」
「別に、高天原市から出るワケじゃねぇんだ。走れば会える距離だっての」
走れば会える。
今度、世話になる場所は、十数キロ離れている、子供一人で走って会える距離とは言い難い。
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