第一章・幼少期

春夏秋冬式織、五歳の時。

白色に黒が混じる髪、無精髭が蓄えた男の背には、『つなし』の字が刻まれた羽織りを肩に背負う。


「おいガキ、これくらいも出来ないのかよォ」


酒を飲みながら、肉体に流れる力を外へと放出させる男。

肉体から透明な気体が、男の肉体を覆っていた。


春夏秋冬ひととせ澱織おりおり

春夏秋冬式織の父親に当たる人物だ。

父親が見せる基礎中の基礎に、春夏秋冬式織も真似する様に手を構える。


「肉体の内部にある神経を研ぎ澄ませろよ、人の命を燃やし、生まれた霊源を変換させて作り出されるのが『神力しんりょく』だ」


説明をしながら、瓢箪に詰め込んだ酒を煽り喉を鳴らす。


「…オリオリ、これでどうだ?」


自らの両手から蠟燭に灯る火の様に、小さな光が生まれた。

それが、春夏秋冬が生み出した『神力』であった。


「上等上等、さすが我が息子だ、一日で其処まで出来るなんてな」


がはは、と笑いながら春夏秋冬澱織は自らの息子の背中を強く叩いた。


「痛い…、息子って、血は繋がって無いだろ?」


春夏秋冬式織は、拾われた子供である。

それは、元から春夏秋冬澱織が伝えていた事だ。


「バッカやろう、血が繋がって無いからってなぁ、家族ってのは成立してんだ、大人になりゃ、そういった家族なんてごまんと居るぜェ。問題なのは認識だ、俺が親父で、オメェが息子、その認識がありゃ、それで十分だろうがよォ」


グビグビと酒を飲む春夏秋冬澱織。


「いやあしかし、まさか出来ちまうとはなぁ、才能あるかもな、式織」


春夏秋冬澱織は満足気に月賦をしながら言う。

基本的に、『神力』と言うものは長い年月を掛けて生成させ、コツを掴ませるものだ。

幼少期の頃から訓練を積んでいくとすると、最低でも三年は掛かる。

それを、春夏秋冬式織は、さきほど春夏秋冬澱織に言われて数十分でコツを掴んだ。

天性の才能があると、春夏秋冬澱織は、そう思っていた。


「ふぃぃ…さあってと、そろそろ行くか」


瓢箪に蓋をして、春夏秋冬澱織は春夏秋冬式織を抱える。


「何処に行くんだ?」


「そろそろ仕事だ。これからお前は、俺のダチん所に預ける、居た所で邪魔だしな」


息子を米俵の様に抱えると共に、軽く息を吸う。


「うっし、じゃあ、『神力』の使い方を教えてやる、基本的に『神力』ってのはエネルギーの塊だ。万物の源でもある。このエネルギーを自在に操る為に俺たちは『神力操作』を徹底してんだ」


「しんりょくそうさ?」


「そうだ、主に『生成』『循環』『放出』だ。体内で神力を『生成』する。これはさっきお前がやった事、その神力を『循環』させる事で、肉体の強化を行う。これだけでも十分強いが、『放出』が肝心になって来る」


春夏秋冬式織は放出とはなんであるか、父親に聞こうとした時。

どっどっど、と春夏秋冬澱織の肉体からエンジンの様な音が聞こえる。

それは莫大な神力が循環されていく音だった。


「単純な神力は、放出の速度を速める事で加速力が生まれる、その分、神力が体外に漏れちまって疲労が増えちまうけどな…だが、生身で新幹線以上に走れるなんざ、滅多に出来ない体験だ」


「新幹線ってなん」


だ。

と最後まで言い切る事無く。


「それを今、味合わせてやる」


循環された神力を放出させる。

背中から噴出する様に、放出された神力が推進力となって、背景が無数の線と化した。

超過した速度、喋る事さえ出来ない程の走りに、春夏秋冬式織は唖然としつつあった。


「(うっわ…すげェ)」


子供ながら、父親の偉大さに目を丸くする事しか出来なかったらしい。

全速力で疾走して数十分。

速度が減速していき、足が止まる。

長時間、走りっ放しであったのに、春夏秋冬は息を荒げる所か汗一つ流して無かった。


米俵と化した春夏秋冬式織が、父親の手から離れる。

そして立ち上がり、見えた先にあるのは豪邸だった。

洋風ではなく、和風。

古来より続く武家の家系が、そのまま現代まで生き永らえたかの様な、大屋敷だ。


「オリオリ、ここが、か?」


春夏秋冬式織が父親に聞くと、腕に絡ませた紐を手繰り、瓢箪の腹を掴むと栓を引き抜き、酒を飲む。


「ああ、ちょいと邪魔するぜ」


酒を飲んだ所でゆっくりと歩き出す。

曲がり角を進み、歩くと、門が見えた。

その門の両隣には、筋肉質な、黒服とサングラスを掛けた坊主頭の男性が二人立っている。

着物姿である春夏秋冬澱織を確認すると、胡散臭い人間がやって来たと気を張り冷たくあしらう。


「誰だお前は、こちらに近づくな」


警戒しながら言うが、春夏秋冬澱織は呑気に近づく。


「なんだお前ら、俺の事を知らねぇのかよ?悪ぃけどお前らじゃ話にならねぇ、退いてくれ」


とそう言って重厚な門に手を伸ばす。


「なにを勝手に…うわッ」


門に触れた手を退かそうとした直後。

閂をされた門扉が、手を動かす事も無く破壊され、門が開いた。

春夏秋冬澱織の神力によって、放出の圧によって外側から内側の閂を破壊したらしい。


「おい、京極ゥ!いんだろ、出て来い!!」


口を大きく開いて近所迷惑など意識しない巨大な咆哮を以て友人を呼ぶ。

その所業は果たして、本当に友人と呼べるのかどうか疑わしい。

どちらかと言えば、嫌がらせに該当する様な行為だった。

声に反応して、屋敷の奥から、男性がやって来た。

黒髪に、鼻の下にちょび髭を生やした、弱弱しい表情をする男だ。

春夏秋冬澱織の姿を確認した所で、一体誰が来たのか一発で分かった様な様子だ。


「澱織さん、そんな乱暴に入って来られては困ります…」


下手になりながら春夏秋冬澱織の名前を口にする男性。

この男が、春夏秋冬澱織の友人である黒周くろす京極きょうごくと呼ばれる者だった。


「こいつら俺の顔知らなかったぞ、俺と京極がオトモダチだって事教えとけよな」


反抗気味に黒周京極が唾を飛ばす勢いで言う。


「貴方の顔は出されたら不味いでしょうが、一応は『月窮げっきゅう』なんですから」


その言葉を聞いて、周囲の護衛たちは驚きの声を上げる。


「えぇ!?このお方が、『月窮』ッ!?」「京極様よりも上の御立場、ですと?!」


驚きの声。

それに対して、春夏秋冬式織は首を傾げていた。

何も知らない彼にとっては『月窮』がどういう意味なのか、まるで分かっていない。


「オリオリ、げっきゅうってなんだ?」


「澱織さん、この子は…?」


二人同時に聞かれたが、春夏秋冬澱織は息子の方に目を合わせた。


「『月窮』ってのは、まあ職業の階級だな」


『月窮』とは、春夏秋冬澱織が在籍する組織に纏わる階級であるらしい。


「俺は強いから偉いんだ、一番上の位置、コイツは偉いが俺より弱い、だから俺より下の階級ってワケ」


「ふーん、そうなのか」


親指を立てて自分を指差す。

そしてその隣に居た黒周京極の方を肩で叩いた。


「それよりも…澱織さん、この子はなんなんですか?…まさか、攫ってきたんじゃ」


不謹慎な事を言う黒周京極に向けて拳で頭を殴る。


「バカッ!俺がそんな真似をするか!!コイツは拾ったんだ!!俺の息子なんだ、コイツは!!」


頭を押さえて、黒周京極は驚き続けている。


「ひろ、むすッ…あ、あの、あまりにもあれ過ぎて、話が…」


眩暈でもしているのか、今度は額を抑えていた。

そんな時だった、玄関から、帽子を被る一人の子供が出て来た。


「父さん、どうかしたのか?」


「あ、ら、礼紗らいさ


「誰だ?このガキ」


訝し気な表情をして子供の方を見る春夏秋冬澱織。

慌てながら、黒周京極は自己紹介をする。


「しょ、紹介します、私の子の、黒周礼紗です」


「ほー、オラ式織、お前も挨拶しとけ」


「あぁ、俺の名前、春夏秋冬式織…っと」


突如。

黒周礼紗が、春夏秋冬式織に向けて、ボールを投げた。

それは、野球ボールだった。手を広げてそれを受け取る春夏秋冬式織。


「お前、野球とか好きか?」


「野球?」


「なんだよ、知らねぇのかよ、まあいっか、教えてやるよ、遊ぼうぜ」


そう言って、黒周礼紗が野球バットを持って歩き出す。

その後ろを見ながら、春夏秋冬澱織の方を見ると。


「おお、いいじゃねぇか、遊んで来いよ式織」


と、景気良く子供を送り出す反面。

その隣に居た黒周京極は慌てる様に黒周礼紗に声を掛ける。


「ちょ、待って、待ちなさい、礼紗」


だが、呼び止める事は無駄だった。

近くに居た春夏秋冬澱織が、黒周京極の肩に腕を回す。


「お前はこっちだ、少し、俺と話そうぜ?」


「ひっ、いいい!」


にんまりと笑みを浮かべる春夏秋冬澱織。

その反面、黒周京極は恐ろしい表情を浮かべていた。

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