煙
きよなが
煙
本作は、ネット通話・ネットライブ配信を利用した無料の読み合わせ劇に使用する台本を想定して書いております。(事前連絡不要。アーカイブ公開は一週間以内までとし、それ以上は要連絡とします。印刷される場合は印刷日も必ず印字し、印刷日から1週間以内に破棄して下さい。)
それ以外の用途でのご利用は固く禁じます。無断転載もご遠慮ください。
Japanese version only
当台本を利用し偶然発生した利益に関しては此方から何か問う事はありません。ただし、発生した不利益に対しても当方は一切責任を負いません。
読み手様の自由を妨げないよう、細かいト書きや感嘆符(!)はあえて使用しておりませんが、序盤のみ、Aのモノローグ(舞台説明を兼ねたナレーションのような物)があります。( )の部分です。
全役、一人称・言い回し等は言いやすく変更してご利用頂いて大丈夫です。
太郎:♂ 喫煙者。仕事はできるが、少し不器用な面も
華 :♀ 優秀だが見栄っ張りで負けず嫌いの傾向がある
1LDKの一室。台所の換気扇の下で、太郎は煙草を吸いながら流れていく煙の行方を眺めていた。
太郎:・・・
突然鳴る玄関のチャイム
太郎:・・・宅配便なんて頼んでたっけか
インターフォンに出る太郎
太郎:はい
華:宅配便です
太郎:・・・置き配お願いします。名前は山田太郎です。では
華:私よ
太郎:・・・開いてる。入ったら、鍵を閉めてくれ
華:わかった
通話が切れる
換気扇の下に戻り、新しいタバコに火をつける太郎
華:ちょっと。わかってたでしょ。酷くない?
太郎:声でわかるよ。冗談に冗談で返しただけだろ
華:もう。私も吸う。服は?
太郎:いつもの棚
華:ん。
部屋の奥に向かう華
太郎は、煙を吐きながら、再びその行方を目で追った
太郎:・・・2か月ぶりか
ほどなくして着替えた華がタバコを咥えてやってきた
華:ん。火ちょうだい
太郎:ん。
ライターを渡そうとする太郎
華:ううん。久々にアンタのからちょうだい
太郎:あ、ああ
シガーキスでタバコに火をつける華
華:すぅ・・・はぁー・・・あー、おいしい
太郎:懐かしいな、この付け方
華:ね。オイルが勿体ないからって昔はいつもやってたけど
太郎:なかなか手に入らなかったからな
華:アンタ、どこから手に入れてたの?
太郎:河川敷で拾ってた
華:ええ、そうだったの?汚い
太郎:酷いな。こっちは結構苦労してたんだぞ。見つけても湿気てて大体つかなかったし
華:そうなの
華、ゆっくりと長く煙を吐く
華:あー、おちつくー
太郎:それはよかったな
華:・・・よくはないわよ
太郎:そうか?
華:そうよ。結局、やめられてないんだから
太郎:そうか。あと一ミリがなかなかやめられないな
華:お互いね。私はこの2ヶ月全く吸ってなかったんだけどな
太郎:まったく?
華:うん、まったく。私家では吸わないもの。臭いがつくから
太郎:だからって俺の家で吸うのはなかなかに酷いな
華:いいでしょ、アンタはいつも換気扇の下で吸うもの。私が隣で吸ったところで同じよ
太郎:俺も、先週までは我慢してたんだけどな
華:あ、そう。禁煙してたんだ?
太郎:ああ、一応な
華:うまくいかないわね、お互い
太郎:そうだな。俺はもう、半ば諦めたよ
華:どうして?
太郎:こうして、自分の時間が持てるのは案外悪くないからな
華:確かにね
二人は、自分の吐いた煙の行方を眺めながら、しばらく無言の時間を共有する
華:やっぱり、楽だわ。この時間が
太郎:そうだな
華:最近はそんなに頑張ってるって感じはなかったんだけど
太郎:仕事に慣れただけだろ。生きてるだけで気を張ってるから
華:言えてる
太郎:昔はひどかったもんなぁ。タールも本数も
華:ああね。十ミリを一日ひと箱吸ってた
太郎:あの頃はひと箱三百円だったとはいえ、よく金が続いたな
華:ああ。あの頃はご飯に行くだけでお金がもらえてたからね
太郎:今は?
華:無理よ。三十路を超えた女にそういう需要はないし、今は自分で働けるもの
太郎:そうか。大変だな、女は。ニーズが細かくて
華:そうよ。生きてるだけで疲れるわ、全く
太郎:比べて男は大雑把なモンだよ
華:そう?
太郎:そう
華:それって、アンタが鈍感なだけじゃない?
太郎:そうなのか?
華:そうよ。男だって、今は世渡り上手じゃなきゃ
太郎:ああ。言われてみれば、確かにウチも、仕事は遅いけど、上司の顔色を見るのだけはうまい先輩が多いような
華:そうよ。今時、バリキャリなんて流行らないよ
太郎:そういう華は昔からバリキャリじゃないか
華:そうね。だからこれは自虐よ
一息。
太郎:華の家は厳しかったもんな
華:そうね。今では感謝してるわよ。そのお陰で今の会社に入れたんだし。勉強にも抵抗がなくなったから
太郎:まぁ、そのせいで一日に十ミリひと箱だったんだろうけどな
華:そうね。病み付きだったわ
太郎:懐かしいな。あの頃、貸してた俺の服に灰を落として焦がした事があったろ
華:あったあった。胸の上に落としちゃって、穴を空けた私を見て、アンタ、「セクシーになったね。」って言ったのよ。気持ちが悪かったわ
太郎:それはスマンな
華:ホントよ
太郎:今になってまた怒られるとは思わなんだ。その後新しい部屋着買ってやったんだから許してくれよ
華:・・・そうね。怒ってないわよ。嬉しかったもの
太郎:そんなに気に入ってたのか、あの服?ただのTシャツとショーパンだったろ
華:そうじゃないわよ。いや、気に入ってなかったわけじゃないけど
太郎:どういうこと?
華:なんていうか、ここにいて良いよ、って言われてる気がして
太郎:なんだそれ。それがなくてもいたろ、華
華:はぁ。アンタ、本当に鈍感よね。そんなんじゃ出世しないわよ
太郎:しなくていいよ。働けていればそれで
華:そんなんじゃモテないわよ
太郎:だからお前が入り浸れるんだろ
華:確かに。モテないでいてくれてありがとう
太郎:酷いな
華:半分冗談よ
太郎:半分ってなんだよ
華:・・・ありがとう、に関しては本当だから
太郎:・・・そうか
太郎、次の一本に火をつける
華:ねぇ、アナタの一本ちょうだい
太郎:俺のはメンソール入ってないぞ
華:いいのよ。ちょうだい
太郎:ああ、ほら
華、煙草に火をつける
華:・・・不味いわ
太郎:そりゃメンソール入りに慣れていればな
華:アナタは、美味しいの?
太郎:ああ。少し味気ないけどな
華:・・・そう
二人は、しばらく、ゆっくりと流れていく煙の行方を眺める
華:・・・今日で、最後にするわ
太郎:良い決意だな。何度目だ?
華:もうわからないわ
太郎:そうか
華:少なくとも五回は言ってるわね
太郎:そうだな。上京前、就活前に一年目。三年目に、六年目か
華:よく覚えてるわね
太郎:まあな。転機が来た時はほぼ確実に言うから
華:そうね。ごめんなさいね、わかりやすくて
太郎:本当にな
一息。
太郎:結婚か?
華:うん。ティファニーの指輪貰っちゃった
太郎:このご時世にすごいじゃないか
華:まぁね。その辺は私、外さないもの
太郎:流石だな
華:(少し笑って)でしょう?
太郎:ああ
華:アンタはどうなのよ
太郎:俺は、相変わらずだよ。なんていうんだっけ?バリキャリ?
華:それ、女にしか使わない言葉よ
太郎:じゃあ男は何て言うんだ?
華:そういえば、ないわね。エリート、とか?
太郎:・・・なるほど。未だに男は、働いて当たり前、か
華:・・・窮屈ね
太郎:まぁな
一息。
華:婚約指輪って、万が一の時の財産的な価値もあるんだって
太郎:へぇ。じゃあ高い方が良いんだな
華:そうね。でも、私は自分で稼いでるから、そういうのはいまいちしっくりこないのよね
太郎:まぁ、今の時代はな
華:女は専業主婦なんて、もう古いわよね
太郎:相手は、仕事辞めろって?
華:んー、ハッキリとは言われてないわね。でも、言われそうな気はしてる。考え方がそんな感じ
太郎:そうか。その方が楽になるんじゃないか?
華:どうなんだろうね。私、人様に私の分まで稼いできてもらうなんて考えられないんだけど
太郎:そういう所は、変わらないな
華:そうね。恐らく死ぬまで変わらないわよ
太郎:耐えられるのか?死ぬまで
華:・・・わからないわ
太郎:・・・
華:・・・長いわね、人生って
太郎:あと五十年ぐらいあるもんなぁ
華:・・・そうね
太郎:十代の頃は三十歳で死のうと思ってた
華:あら、もう過ぎてるじゃない
太郎:ああ
華:成仏できそう?
太郎:・・・まだできそうにないな
華:どうして?やり残したことでもあるの?
太郎:・・・いや、悔しいんだ。何か負けた気がして
華:・・・(少し笑って)そうね。わかるわ
太郎:・・・(長く煙を吐く)いったい誰と戦っているんだろうな
華:・・・
太郎:少し前までは、わかりやすかったのにな
華:相手が?
太郎:ああ
華:私は、今でもわかってるわよ
太郎:そうなのか。誰なんだ?
華:そんなの、女全員よ。私は、誰よりも幸せな人生を歩んでみせるわ
太郎:・・・それは、なんとも皮肉な話だな
華:・・・ええ
二人は、しばらく、ゆっくりと流れていく煙の行方を眺める。そのうち、次の一本に手を伸ばす
太郎:もう、いいのか?俺のタバコは
華:ええ、やっぱり私のが一番ね
太郎:・・・そうか
お互いに自分のタバコに火をつけて、吸い始め、流れていく煙の行方を眺める
太郎:・・・転勤が決まったんだ
華:あら。どこに?
太郎:フランス
華:・・・海外なの。栄転?
太郎:まぁな。出世コースからは外れてないと思う
華:よかったじゃない
太郎:ああ
華:いつから?
太郎:引継ぎもあるから、来月になりそう
華:この家は?
太郎:帰ってこれるのかもわからないから、退去するよ
華:・・・そう
お互いに言葉がなくなり、無言で一本を吸い終わる
華:・・・本当にこれで最後ね
太郎:・・・来月までは大丈夫だぞ
華:それなら、明日から毎日来ようかしら
太郎:俺は構わないよ
華:・・・(少し笑う)
太郎:パーティでもやるか?
華:何の?
太郎:送別会?
華:・・・やめてよ。学生じゃないんだから
タバコに手を伸ばすのも億劫になり、換気扇の音だけが響く。段々と息が荒くなる華
華:・・・急だなぁ
太郎:・・・ああ
華:・・・
太郎:いいぞ
華:・・・なにが?
太郎:泣いても
華:・・・嫌よ
太郎:どうして?
華:・・・負けた気がするもの
太郎:・・・そうか
華:・・・アンタって、本当に女心がわかってないわね。そういう所は直した方が良いわよ
太郎:・・・ああ。ご忠告どうも
華:・・・
しばらくは無言が続き、段々と落ち着く華
華:・・・帰るわ
太郎:泊まっていかないのか?
華:ええ
太郎:・・・そうか。なら、気を付けて帰れよ
華:ええ。着替えてくるわ
部屋の奥に消える華。その間に太郎は華の連絡先を消そうとし、躊躇する。来た時よりも膨れた鞄を持った華が戻ってくる
華:お待たせ
太郎:ああ
華:それじゃ、ありがとう
太郎:こちらこそ
華:・・・じゃあね
ドアノブに手をかける華
華:・・・ねぇ、太郎
太郎:・・・どうした?華
華:いつか、この選択を間違いだったと思う日が来ると思う?
間
太郎:そんなこと、俺にわかるわけないだろ
華:・・・そうだよね。変な事聞いて、ごめん
逃げるように退室する華。ドアはゆっくりと閉じる
太郎:・・・俺にわかるわけ、ないだろ・・・
不規則な音を立てて遠ざかっていくヒール。利き手に携帯を握りしめたまま、その場に立ちつくす太郎。照明は徐々に暗転し、この物語は終わる
煙 きよなが @kiyonagaga
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます