第7話 陛下の覚悟と私の想い出

 卒業式から二週間、やっと陛下からご連絡がいただけました。婚約破棄の後から教育はお休みになっていたので久しぶりの登城です。


 お父様たちが付き添いを望まれましたがちゃんとお話をしたかったのでお断りしました。護衛騎士のスカーだけ連れて参りました。


 王家のプライベートエリアに案内されてガーデンテラスに陛下は佇んでおられました。

 私はスカーや案内してくれた侍従たちに待機をお願いして陛下の元に。


「王国の偉大な導き手、シルヴァン陛下にご挨拶申し上げます。お召しによりグラード公爵家が娘アルステリアが参りました」

「良い、楽にしてくれ」

 陛下は目の下に隈を作っておられます。そんなに無茶な話だったでしょうか?

 眠れないほどの悩みを抱えてしまわれたのでしたら申し訳ない事です。


 ですが今は王子妃も王妃も私以上にふさわしい令嬢はいないし、無条件で王となれる存在もいないのです。

 もちろんそれなりの教育を受けている令嬢は数名いらっしゃいます。でも現時点で貴族会が文句をつけたり横槍を入れられるほどの対抗馬はいませんの。

 

「アルステリア、そなたは私にとっては娘のようなものだ。実際そうなる予定だった。そなたの年上が好きと言うのは憧れとかそういうものではないのか?」

 陛下はいつも感情を抑えた控えめな笑顔で接してくださいます。謁見や公務の場でも常に柔らかな微笑を湛えて苛立ちも悲しみも面に出される事はありません。

 王子の廃籍や私のプロポーズの時に大きな感情をお見せになられたのが私の見たことがある中で初めてのお心の見えた表情です。


 貴族として為政者として感情を表に出さないのは当たり前のことですが、プライベートエリアでもほとんど表情が変わられないのです。それでも今は困惑がはっきりわかるのです。


「陛下、一時の感情や思いつきで一国の王にプロポーズなどしたら不敬で処されますわ。私は、13才の時に殿下の意地悪でお茶会で放置された際に陛下に手を取ってもらってバラ園をお散歩した時から陛下のことが好きですわ」

 王太子のことを殿下と呼ぶのは嫌だけど陛下とお話するときは流石に不敬ですから我慢なのです。


「そんな事とお思いになるでしょうが、あの日バラ園での陛下は私を不安にさせないよう笑顔を向けてくださり、そしてまだ子どもの私をレディとしてエスコートしてくださったのです。私にとっては素敵な時間だったのです」

 息子の不出来と婚約を強いた責任からかも知れませんがすでに年上好きを自覚していた私が恋をするには十分でした。


 とは言え王太子の婚約者でしたから、それからの私は陛下のためにもと教育をまじめに受けてきたのですわ。

「殿下との婚約が破棄されなければ秘めた想いとして生涯の宝とするはずでした。陛下が王妃さまを思い続けるのだとしても、今は少しでも希望があるならそれに縋りたいのです」

 陛下はじっと私の瞳を見つめてくださっています。


「女性にここまで言わせてしまう私は愚かな男だ。私は今まで自分の希望を出したことが無い。王妃は第二王子の妃として権力欲が無いことと実家もそれほど力の無いことから選ばれた。私たちは政略結婚ではあるが穏やかに思いやっていければと思っていた。父と兄が亡くなりしばらくして母も亡くなった。それからはとにかく必死で王と言う役目をなんとか務めることで精一杯だった。王妃もまた必死に頑張ってくれていた。しなくていい苦労をかけた事に忸怩たる思いでいる。愛だとかそんなものを感じる時間など無かっただろうに王家と民に尽くしてくれた。彼女は急に与えられた重責に文句も言わず国母であろうとしてくれた」


 陛下の眼から静かに涙が流れる。

 王妃さまは私から見ても立派な王妃で陛下の妻で王太子の母でいらした。だからこそ自分勝手なあの王子が大嫌いだったのです。


「再婚をしなかったのは王妃への思いだとかそんな綺麗事では無い。ただあの後悔をまた繰り返すようなことが嫌だったからだ」

 ああ、陛下は婚約破棄の日私がプロポーズしてからずっと自分の中の葛藤と向き合ってらしたのですね。

「私は王としては向いていない。王妃を失ってからただここに、いずれ王太子とそなたに任せる日までただ居ればいいと思っていた」

 陛下は長い溜息を吐かれました。


「無責任だったな。今そなたの手を取ってもそなたの未来は今までと変わらず王妃となる道だ」

「隣に居る人は違いますわ」


 陛下は即位されてから流され生きてきたとか思われているようですが民にとって良い為政者です。未来の歴史書には賢王として名が残ることでしょう。王妃さまと共に。

 そこに私も併記されるのですから良い王妃になれるように頑張ります。


 幼い頃、王妃さまは私に仰いました。

「国のため民のため陛下のため王太子のために」と。

 一項目欠けてしまいましたがリタイヤされた分は責任持てません。

 









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る