第2話 初めてのキス

 これは音無さんの気持ち、本音ってことだよな。俺のこと好きだったのか……。いや、でもこれは“催眠術”だ。

 もしかしたら、そういう風に言ってしまうものなのかもしれない。まだ疑った方がいいかな。


 そうだ、もう少しだけ実験をしてみよう。


「……」


 ぼうっとする音無さんに対し、俺は再び五円玉を揺らす。ゆらゆらと緩慢スローに。



「音無さん、付き合っている人はいない?」

「……いない」

「これまでに付き合ったことも?」


「ない」



 そうなのか。それにしても、いろんな情報をあっさり聞き出せてしまうな。悪い気がしてきた。けど、ワクワクもしてきた。


 今の音無さんは、確実に催眠術にかかっているようだ。

 だけど、また確信できない。


 次の命令を聞いてくれるのら、この力は本物のはず。


 よし、試してみるか。



「分かった。音無さん、俺とキスしてくれ」



 どうだ、さすがにこの命令は拒否反応だって出るんじゃないか。いくら催眠術といえど、キスとなれば話は別なはず。


 期待せずに待っていると、音無さんは立ち上がって俺の方へ寄ってきた。



 え……。



 ええ……!?



 まさか……!!



 嘘でしょ!!



 動揺している間にも、音無さんは両手を伸ばして――俺の頬に手を添えた。そのまま唇が重なって――それ以降の記憶はない。


 ただ柔らかいモノが触れているような……そんな淡い感触があるような、ないような。



 俺は人生で初めてのキスをされてしまった。




 ……あぁ、この催眠術は本物だった。


 間違いない。



 * * *



 恐ろしくなった俺は、学校を飛び出した。

 あれ以降、音無さんがどうなったのか分からない。明日、学校に顔を出すのが怖いな。

 なんてことをしてしまったんだ、俺は。

 訴えられないといいけど……。



 ――翌日。



 俺は妙な罪悪感に苛まれながらも、学校へ登校。

 教室へ入ると、いつもの席に音無さんの姿があった。……あれ、こっちを見てる。怒っていそうだな。


 殺される前に謝るか。



「井ノ出くん……話があるの」

「な、なんだい。話って」

「昨日のことなんだけど」


「……(ビクッ!!)」


 催眠術のことかな。まずい、俺の人生終わった。


 頭を抱えていると、音無さんは意外なことを言った。



「あの後の記憶がないんだけど、なにかあった?」

「え?」


「いやさ、なにも思い出せないの。確か、井ノ出くんと話していて……それから何かあったっけ」



 覚えていない!?

 つまり催眠状態にあったせいで記憶がぶっ飛んでいるのか。じゃあ、俺とキスしたことも忘れている?


 ……良かったぁ。これで嫌われる心配はなさそうだ。



「さ、さあ? 音無さん、寝惚けていたんじゃない?」

「そうなのかなぁ。なんか井ノ出くんとキスしたような気がしないでもないんだよね」


「……(ドキッ!!)」


「夢の中でだけどね」



 そういう捉え方になるわけか。

 とりあえず、俺が催眠術を掛けたことはバレていないらしい。良かった、良かった。

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