第9話
僕は姉貴から自分の部屋の鍵とホテル内の案内図をもらった。
男子は2階、女子は3階。男子の部屋に女子が来るのはいいが、逆はだめなのだそうだ。この建物は中央と両サイドに階段があり、3階建てになっている。
椎羅さんは1階の中央階段の右側の101号室。左側が姉さんの102号室となった。2階は僕と湯川がそれぞれ201、203となっている。
202じゃないの?と聞いたらどうやら使用中らしい。
それで部屋に来たわけだが、驚いたことがある。
僕の部屋だった。いや、正確に言えば僕の部屋の家具がベッド以外運び込まれており、(この部屋に備えてあったベッドはある)家に帰ってきた感覚になった。
違っているのは部屋に風呂とトイレが付いている部分くらいで本当に家だった。でも今日一日で心身ともに疲労した僕にはちょうどよかったのでそのままソファでくつろいでいたら、眠りに落ちた。
***
「コンコン」と部屋がノックされて、開けてみたら知らない女子が立っていた。さっき会った玲香ちゃんとは違う子で、茶髪のポニーテールが目についた。
「あなたが民くん?」
「そうですけど。」
「なら来なさい。御飯の時間よ。」
見知らぬ女子についていきながら、知らない子から呼ばれた感覚が新鮮だなぁと思った。中央の階段を降りつつ、僕が初々しい妄想をしていると声がかかる。
「私は秋名ともきって言うの。あなたもキャンプの参加者なんだってね。よろしく」
なんか普通って感じだ。
これまでのメンバーの中で一番まともそうな気がした。ちょっと安心する。
「僕は……」と自己紹介をしようとしたら先手を打たれた。
「知ってるわ、紀平民でしょう?」
「そうだけど」
「面白い名前よね、平民って呼んでいいかしら?」
僕はちょっとブルーな気分になる。小さい頃からよくいじられてきたあだ名だ。平民って凡人と言われているようでなんかあまり嬉しくないのだ。
「あんまり好きじゃないかな」
階段の途中で彼女が振り返る。ポニーテールが宙を舞って、鋭い視線が僕をとらえた。怖くはないけどなんとなく強い意志を感じる。そんな感じだ。
「いいじゃない歴史があって、フランス革命じゃ第三身分は主役よ?」わずかに口角を上げてそう言う。
急に歴史の話を持ち出されて、僕は反応に困る。
「だってそうじゃない。私は嫌いじゃないわよ。たしかにあの時代は悲劇の時代だし、人がたくさん死んだわ。でもだからこそナポレオンが出てこれたわけだし、あの時代が会ったからこそ民主主義なんてのがあるわけじゃない?」
急に饒舌。この人はあれか。歴史マニアなのか。
僕は圧倒されて面白くもない質問をしてしまう。
「歴史、好きなんですか?」
「好き嫌いじゃないわね。必要だと思ったのよ。
だって私達だって歴史の延長線上にいるのよ?無関係ではいられないじゃない。」
確かに、それはそうだけど。でも初対面に急にフランス革命なんて持ち出されても困るだけだろ。僕はふと思い浮かんだ疑問をぶつける。
「でも他の教科もそうですよね。例えば数学とか」
秋名は思いっきり顔をしかめて、苦虫を噛むように「そうね。」と返す。
やっぱり歴史が好きなんじゃん。
「あーでもそうよね。急に話されても困るわよね。私も最近学んだのよ。」
遅い。この人も僕と同じくらいの年齢なはずだ。
初対面からこんな会話じゃあ友達作りは苦労しそうだ。
「あの、友達とかって多いですか?」
急に無言。嫌な予感がした。
「まあ、そうね。友達作りはそんなに得意じゃないのよ」彼女は苦笑してそう言った。
食堂は1階右の大広間にあり、今は一緒に移動していただけなのだが、そのわずか数分で地雷を引き当ててしまったらしい。どんな才能だよ。
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