第8話サマーキャンプ開始
それから数分後。ロビーには二人集まってきた。
一人は儚げな童顔の少女。手には何故かルービックキューブを持っていて、くるくる回している。
もうひとりはなんか既視感がある痩せ型のメガネ男子。パーキングエリアで会った変人に瓜二つなのだが、双子かドッペルゲンガーであることを久しぶりに神に祈った。これ以上関わりたくなかったから。
「はい、じゃあ紹介するね。
こっちの黒髪ロングのかわい子ちゃんは佐山玲香ちゃん。で、そっちのメガネ君が湯川涼くんだよっ!」姉貴がそう紹介する。
紹介後すぐにオタク君が声をかけてきた。「どうも湯川だ。さっきは助かった。君のおかげでまた一つ命を救うことが出来た」パーキングエリアでのことだろう。やはり同一人物だったか。
「命って大げさな。美少女フィギュアに全財産つぎ込んでただけだろ」
「まあ、何はともあれ」逃げたな。
「これからよろしく頼む」歯磨き粉みたいなスマイルで微笑まれた。海苔でもついてないかと探してやったが、異様に綺麗だった。
「あの、よろしくおねがいします」手をもじもじさせながらもうひとりの子。玲香ちゃんが話しかけてきた。恥ずかしがり屋なのかなと手をよく見ると高速でルービックキューブを回転させていただけだった。
なにか不思議な子だ。
「えっと僕は紀平民です。よろしく」
「民か、タミタミって呼んでいいか?」「いいわけ無いだろ」
カタカナ表記のダサさが半端ない。そしてそれ以上に男同士でそんなあだ名なのも気持ち悪いだろう。
「なら畳でどうだ?」
「お前最初からそれで呼ぼうとしてたろ?」心理学でそういうのあるの知ってるぞ。「選択肢を2つ用意してあえて1つはあからさまなハズレにしておく。するともう片方を自然と受け入れる手口だろ?」
「くっ、バレたか。流石だ。俺の負けだな。よし、なら紀平と呼ぶことにしよう」お、ちょっと気分いい。それもあって僕は一旦仕切り直した。
「よろしく。ふたりとも何て呼べばいいかな?なんかあだ名とかある?」
そう訊くと、我先にと湯川が言った。「オタク君がいいな。前はそう言ってただろ?」言ってたかな?心のなかでは思ってたけど。どうだったものやら。
いやしかし、「それ自分が言われて嬉しいのか?」
「当たり前だ。褒められて嬉しくないやつなんていないだろう」
「褒めてると言うか湯川の場合、外見からけなされてる可能性もあるけどな」
太ってこそないが、チェック柄のシャツ、絶妙な柄のリュックサック、背中には触覚みたいに二本の美少女ポスターと来れば昭和のレトロなオタク像そのものだった。
「わ、わたしは、なんでも、いいよ」隣で玲香ちゃんがぴょんぴょん跳ねて主張していた。なにこれ超かわいい。僕はどんな可愛いあだ名にしようかと熟考してみる。
「じゃあお前イモムシ太郎な」隣からありえないあだ名が提案された。もちろん湯川だ。
「ひぇっ!い、イモムシ⁉」流石にびっくりしたのか声が裏返ってしまう。
「な、なんでもいいんじゃなかったのか?」こいつも声が裏返ってしまう。いや何でだ!
「そっか。確かに私、根暗だもんね。周りからよく行動が遅いって言われたし、布団に入っている時間も平均より長い気がするし。そうかも……。」
「だろう?俺はあだ名を決めるのが特技だからな!ハハハ!」いや、センスねぇよ?
本音を隠しつつ軌道修正を試みる。「でも流石にイモムシはさ、いじめみたいになっちゃうから良くないよ」
「そっかぁ。確かに、イモムシという生命体に対して失礼だよね。ごめんなさい」
暗い、暗すぎる。そして、謙虚どころか自分からどこまでも地位を下げていく。何だこの子。
「じゃあ、弱虫はどうだ?」もちろん湯川。こいつは限度を知らないらしい。もう悪口じゃないか。
「ふぇっ!よ、弱虫⁉」ほらまたびっくりしてる。
「なぁ湯川、悪口は良くないだろ……」流石に度が過ぎているから割って入る。
「わ、私弱虫だから、それだと人間にニンゲンって読んでるのと一緒になって解んなくなっちゃうよ!」
そういう問題なの!?
「確かに、俺もうっかりしていた。すまんな。」「もう。湯川くんしっかりしてよ。ふふふ」なんて雰囲気になっていた。なんだこの常識が全く通用しない感じ。もはや怖いっ!
それからおよそ30分に渡って玲香ちゃんは独特の謙虚すぎるパワーを駆使して湯川の不名誉すぎるあだ名を避け続けた。僕は脳が焼けきれそうになって、姉貴に自分の部屋の鍵をもらって先に帰った。どんな変人でも構わないから、せめて同じ世界観に生きていたかった。
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