第7話

 目の前には苔と蔦に覆われた廃墟みたいな建物があって、遠目から見るとほとんど緑一色だった。

 そこは廃病院ならぬ廃ホテルらしく、田舎の奥地すぎるあまり客が入らなかったために数年前に無くなってそのまま放置されていたのだそうだ。そこで目をつけたのが僕の姉貴。姉貴は頭がおかしいから有り余った金を使って改装して住めるようにしたらしい。 椎羅さんはそう説明してくれた。

 そういう大事な情報こそ手紙やら電話やらで伝えてほしいのだが、姉貴は僕の要求などことごとく突っぱねてしまうような人なので期待するだけ無駄だろう。


 ホテルの隣には何故かでかい運動場があって、鉄棒やジャングルジムまで置いてある。 一言で言えば小学校のグラウンドみたいになっていた。

 そのせいで僕は嫌いだった持久走を思い出してまた憂鬱になった。


 大きな門をくぐると楕円形のグラウンドにカラスが集っていた。なんか不吉じゃないですか。僕は帰りたい気分を無理やり捻じ曲げて歩いた。

 ホテルの周りを囲むように小さな庭園がある。優雅に紅茶でも飲めそうな小洒落た机と椅子が揃っていた。が、外装は特に放置しているらしく、おしゃれな雰囲気は一切なかった。それどころか伸び放題の雑草で庭園は荒れ放題だった。


 僕は庭園を抜けて入口の重厚な扉を開く。そして、ドアの向こうを見て目を見開いた。 中には豪華なレッドカーペットが敷いてあり、外装からは予想がつかないほどに綺麗だった。

ロビーには立派なソファが置いてあり、レトロな時計台が印象的だった。


「あ、民くん!どうかな?お姉ちゃんの別荘は?」

姉貴はふんわりしたサイドテールを上下させながら僕のもとに寄ってくる。

「別荘ってサイズじゃないだろ。都内の小学校を平然と凌駕するほどの土地面積があったぞ」

 いくら田舎の土地が安いからと言って、こんな思い切ったことができるものなのか。この人が自分の姉とは思えなくなってきた。実は血縁繋がってないんじゃないの?

「シイラちゃんはどう?」

「素敵です。由梨さんと二人で過ごせたらもっと最高です。」と満面の笑みで返答。今更だが、姉貴の名前は紀平由梨という。

そろそろ勘付いたけどこの人、同性愛の気があるような気がする。胸はないのに……。

 ギロリと鋭い視線が飛んできたので急いで反らした。こわいこわいこわいこわい。


「それで、他の人達もいるんだっけ、参加者がなんとかっていってたよね?」姉貴が電話でぼそっと言っていたことを思い出した。というか僕に知らされた唯一の情報だった。

「うん。みんなもうそれぞれの部屋にいるよ。でもそっか。みんな集めなきゃダメか。二度手間だったね。私としたことが、もう恥ずかしいなぁ」

 テテペロっみたいな仕草で自分の行動を恥じる。

 それは恥の上塗りなのではないですか?

 姉貴は大きな配管パイプの蓋を開けて「みんな〜しゅうごう‼」と叫んだ。どうやらそれで連絡ができるらしい。


 しかし数分経ったあとも人っ子一人集まらない。

「あれれ、みんな死んじゃったかな?でも脈拍とかは大丈夫だよね?」

 さも確認してますみたいな言い方をするので、まさかと思って姉貴の腰掛けているソファに近づいて、手元を覗き見ると恐ろしいことに参加者全員の身体状況が電子端末に写っていた。


 見たな?みたいなホラー演出を意識したかのように姉貴が振り向く。

「もうデリカシーのない人は嫌われるよ。」と軽口を叩いてくる。

 デリカシーどころか僕らのプライバシーも無いんじゃないの?と思わず正論で言い返したくなる。それほどに姉貴には常識がない。 

「それってさ、僕のもあるの?」触れてはいけないのかかなり際どいラインな気がしたけど、好奇心で思わず聞いてしまった。


 姉貴は数秒間考える仕草を(わざとらしく)取ってから笑顔で「もっちろん!心肺停止してたらおねーちゃんが助けてあげないとだからねっ!」

 どうやら嘘をつく気すらないようだ。

 ということで心肺停止しても大丈夫らしいです。ここ笑うとこだぞ。多分。

 姉貴の人間観に生きている人なら笑えるジョークなのか。


「みんな遅いねー。早くこないと民くんが可愛そうじゃない。いい加減にしないと参加費乗にしちゃうぞ!」

 倍じゃなくて乗。金の亡者は言うことが違う。しかし姉貴よ。まだ知らない何ならこれから仲良くならないといけない家族の方々から金銭を貪り尽くすのは人情的にどうなのだろうか。


 冗談だよー。とか無邪気に笑ってるその笑顔は固定されたみたいに張り付いている。姉貴の笑顔は昔から温度がない。いや、冷たすぎるんだ。 小さい頃からそうだったが、ちゃんと本心に触れたことはあったのだろうか。 軽く回想してみるが、思い当たらない。 いつもぎこちない笑みと冷たい視線で世界を見ていた記憶がある。


「あ、そういえば。どこにあつまればいいのか言ってなかったね。私としたことが。

 おねーちゃん失格かな?死んでからニューお姉ちゃんしたほうがいいかな?」


「ニューお姉ちゃんってなんだよ。頭に何でもニューつければ新しいって発想がもう古いよ」

 Newスーパーマリオブラザーズだってもう十数年前だよ?

その直後、椎羅さんが「死ぬなんてとんでもない。むしろ由梨さんは増えるべきだ。私の部屋にいっぱい敷き詰めて楽園を作ろう!」なんて言い出した。

あんたの頭が楽園だ。もうしばらく帰ってこないでいいよ。

 椎羅さんは姉貴とセットだと脳がバグるらしく、僕の中での評価は低迷している。

 早く人間に戻ってくれないだろうか。


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