第6話
5000円の図書カードをニコニコしながら眺めていると、視界の端でバンザイしている危険人物が写った。ヤバいやつが近くにいるから逃げようかと思ったら先のオタクくんであった。
どうやら僕の3000円で美少女を救済できたらしい。普通に運がいい。
「ありがとう。君のおかげだ」両手を握って感謝される。でもさっきの涙拭いた手だよね?あまり触ってほしくないんだけどなぁ……。
2体目の美少女が出てきても困るので「それは良かったですね。じゃあ僕は用があるから」と足早に去ることにした。見てくれは賢そうなやつだったんだけど、中身が見事に残念賞だ。まあ世の中いろんな人間がいるよな。そんなことを思いながら、椎羅さんの元へ向かった。
「なぁ、私……食べてくれないか?」
なんか言葉だけ拾ったら紛らわしいな。
机の上には、残り僅かなカツ丼、よれよれになった紙コップ。カウンター席でぐでーっとしてる椎羅さんから察するに、あとちょっとのカツ丼が食えないのだろう。
「なぁ、私のカツ丼を食べてくれないか?」これが正解である。
「いやですよ。残しちゃえばいいじゃないですか?」
「それは駄目だ。大切な人との約束だからな。」
確かに小さい頃にはお母さんに言われたことがあるような気がしないでもない。
でも僕はかなりの少食で小学校の頃は昼休みから5時間目の開始までずっと食べ終わらないくて呆れられていた記憶がある。あれ嫌だったなぁ。
学校でもそんなだったから家でも親はお残しを許容せざる負えなかったのだ。
「なら分かった。私も出血大サービスだ。あ~んしてやろう。」
「え?」椎羅さんの箸が僕の目の前に突き出される。こんな時どうすればいいのか僕は知らなかった。当たり前だ。
「はい、あ〜ん」
だから動揺してアワアワしているうちに僕の口内にカツ丼が突っ込まれた。
「どうだ?うまいか?」味なんて気にしてる余裕ない。自分がこんなに取り乱してるのに驚いたのと周りの視線が痛くて、感情なんて分からなかった。
抗議してやろうと前を見るとニヤリと椎羅さんの嗜虐的な笑みが浮かんでいて、それで言葉を失った。
要するに可愛すぎたのだ。
羞恥心と謎の高揚感を誤魔化すために、残りのカツ丼を気が狂ったかのように体内にかき込んだせいで、それから体が普段の二割増しくらいでだるくなった。僕はこの人を恨むにも恨めず、遣り場のない感情だけが残った。
それからしばらく車で揺られていると、ようやく目的地についた。ついてしまったというべきか。
「あの、何泊するんでしたっけ?」絶望感したくないから最後まで聞かなかった質問を投げる。
「あれ、知らなかったのか?4泊5日だけど」長いっ!僕の予想だと2泊3日だったんだけど。
「そういや、しおりももらってないのか?」しおり?修学旅行じゃないんだからそんなもん無いでしょ?と返答するよりも早く「ほれ、私の分やるよ」と分厚いハードカバーを渡された。ゴツゴツした龍の肌みたいな質感の本で1ページめくると『修学旅行のしおり♡』と書いてあった。著者は聞くまでもなく姉貴。
わざわざ本にしたの?分厚すぎる。最後のページまでパラパラしたら260ページまであった。
「由梨さん張り切ってるからな。私も最初は驚いたよ。でもすごいんだぜ、困ったときの対応が全部書いてあるからお前も感謝したほうがいいぞ」
試しに目次を開いてみたら、『夜中の恋バナの始め方』とか『友達と好きな人が被ったとき用のポーカーフェイス講座』とか『お風呂で男子とバッタリ出逢っちゃたときの護身術』(そんな展開あるか!)とか阿呆みたいな解説が大真面目に明朝体で記してあるのだ。僕は呆れてものが言えなかった。
姉貴は過ぎたるは及ばざるが如しって言葉を知らないのだろうか。
「でもこれはダメだよな」珍しく椎羅さんが真面目な顔で眺めながらそう呟いた。
「ですよね。無駄に重いし、しおりなのに無駄な情報ばかり乗ってますよね」
僕はこの人が共感してくれて正直かなり嬉しくなった。
「全くその通りだ。もっと大切なことを書くべきなんだ」
いつになく熱心にページを捲る椎羅さんはすこしかっこよかった。
この人がいつか姉貴をまともな人間に変えてくれたらなと思うばかりだ。
「宿泊所のことなんてどうでもいいのに……」
「え?どういう意味ですか?」ぼそっと呟いた一言に脳が理解を拒む。
「だってここには、由梨さんの情報が一切乗ってないんだ!もう4周もして暗唱もできるようになったのに」1秒でも信じた僕がバカだったよ!
「せめてバストのサイズくらい……」とぼやく変態を置き去りにして建物の中へと向かった。
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