第3話
おかしい。予想以上に変だ。というか予想の斜め上すぎる。
魚だ。魚の被り物をした人間がソファでくつろいでいた。
なんだっかあれ。昔図鑑で見たやつだ。確か名前は……。
シーラカンスだ。
幻の古代魚がなぜうちに、じゃないな。古代魚の被り物をした人間がなぜうちにいるのか。
姉貴からの手紙を鵜呑みにすればこの人についていけばいいらしいが、怪しい人についていっちゃまずいだろ。触らぬ神に祟りなしって言うし。
「あーちょっと。そこのお前。部屋に戻るなよ。」
シーラカンス越しでも見えるタイプなのか。無駄に高性能だな。
「普通古代魚居たら嬉しくてよってくるだろ。」来ないよ。あと場所がおかしいんだよ。なんで人の家にいるんだ。もうその時点で不審者なんだよ。
「いや、あれか。ジェネレーションギャップか!それはマズったな。」
問題点はそれじゃねぇよ。
「えーとどちら様ですか?とりあえずマスク外してもらえますか?」
「ん?これか。いやーでもさ。そういう司令なんだよなこれ。脱いでいいのかな?」
いや、僕に聞かれても……。「じゃあまいっか!暑いし、視野もせまいんだよなこれ。」
バサッと帽子と同じ要領でシーラカンスを脱いだその人は思わず二度見してしまうほどの美人だった。
その瞬間、艷やかな黒髪のポニーテールが弧を描くように舞い、玄関のライトに照らされて美しく光っていて、目を奪われた。
何だこの高揚感。
今までに味わったことないこの感情はなんだ。
もしかして、これは、これはシーラカンスという印象の最低値から予想外に美人が出てくることによるギャップ効果なのか?
「ん?私の顔になんか付いてるか?」
「……。」
返答しようと思ったが、全く声が出なかった。
自分の事ながら情けないが、僕は緊張にめっぽう弱い。
姉貴は頭がおかしいので特に問題はないが、美人の見知らぬ女性との会話、緊張しないはずが無かった。
「まあいいや。じゃあ、ひとっ走り行こうか?」
「えっ?」
はいこれ、君の荷物ね。とリュックサックを渡されても脳がフリーズして全く動かなかった。
***
小さい頃にお母さんに言われたことがある。
「怪しい人にはついていっちゃ駄目よ。」と当時の僕は「行くわけ無いじゃん?なんで変だと分かってるのについていくの?そんなやつはバカだよ。」そんなふうに生意気に答えていた記憶がある。
そして、そのバカがここにいた。
見事に助手席に座って誘拐されてます。これ、どうすればいいかな母さん?
乗っているのは白い軽自動車。
「いやぁー最近免許取ったばかりだから安全運転で行くわ。」とか言いながらスピード出しまくってるドライバーにツッコミを入れるべきだろうか。とりあえず怖すぎてメーターを見ることは出来なかった。
「あ、あの。これ今どこに向かってるんですか?」
僕の緊張は少しずつほぐれて、会話ができるようになっていた。
聞くとにやりと口元が歪む。嫌な予感がゾッと背筋を撫でた。
「サマーキャンプだ。」
「サマーキャンプ?学校とかでたまにチラシをもらうアレですか?」
「あぁそうだ。良かったな。知らんやつと合宿できるぞ。」
「うげっ……。よりにもよって合宿とは」
「なんだ?お姉さんから聞いてなかったのか?」
「えぇ、何一つ。」
「じゃあ私のことも知らなかったのか?」
なんか手紙に変な人がいるって書いてあったんです。とは流石に言えない。
「ソウデス。」
「よくそんなやつにホイホイついてこれたな。」魚類さん苦笑い。
「姉貴に振り回されるのは昔からですから。破茶滅茶な展開には慣れているんですよ。」
僕がそう言い終えると、魚類さんの瞳がきらめき出した。
小さな子供がおもちゃをねだるような目だ。
これは知的好奇心ってやつだろうか。嫌な予感だけが募る。
嫌な予感ってのは大抵当たるものだ。例えば……
「具体的にはどんなのだ?教えてくれ!」
と車の運転を放棄して僕にすがるように質問してきたり。
「え、いや車ッ!運転してください。前。前見てくださいって。」
軽自動車は蛇のような絶対にありえない軌道をしてなんとか無事に済んだ。
田舎で反対車線に車が来なかったのが唯一の救いだった。
それと僕は完全に失念していた。この人が美人で緊張していたから。
そういえば、この人も姉貴の知り合いだった……。
「おっとすまん。少し気になってしまってな。」
「すまんはそこまで万能ワードじゃないです。」
「それで?どんなエピソードなんだ?その姉さんとの話は?」
この人僕の話を聞こえてないんじゃないの?何なのこの執着。怖いよ。
「大した話じゃないですよ。小さい頃にツチノコ探しに駆り出されたり、幽霊が出るって屋敷に火をつけて問題になったり……。」
「あのさ、めっちゃ気になる。車止めていい?」
「いいわけ無いでしょう。」
「5分だけだから。」
「寝起きじゃないんですから。とりあえず目的地まで運んでください。仕事してください。全部終わったら話しますよ。」
正直面倒だから話したくないのだが……。
「絶対だぞ?絶対だからな?」
こんなに必死に何かを求めている人も珍しい。
なんだか小さい頃の自分と重なって、なんとなく懐かしい気もした。
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