第8話
その昔〝四季〟という刀工がいた。
平安の頃〝
四季家は当時では珍しい、刀工・研師・彫刻師・白銀師・鞘師・塗師・柄巻師・金工という、日本刀を製作するために必要な技術を総て心得ていた。
中でも四季の作る刀は「一般の日本刀とは少し異なる」という噂が、いつの日か日本国全土に広まっていた。その由来は、制作時の季節であったり、依頼主の雰囲気を感じ取ることでその刀身の刃文様を決めることにあった。
例えば――
春は桜を舞わせ、夏は雨露を刀身に伝わせる。
秋には紅葉に蜻蛉が紛れ遊飛し、冬には雪花が降り続ける。
しかし、四季の本職は刀工にあらず。
確かに四季の作る刀に刃には不思議な刃文様が刻まれていることで有名であったが、それ以上に、当時の当主である宗斎にはもう一つ、不思議な噂が存在した。
それは、貴族や豪族、平民など身分差を問わずいわく付きであると噂された妖刀を、まるで未練を断ち切るかの如く手折る【
それが〝四季〟という一族の原点の逸話。
高校時代、彼岸屋の蔵で読んだ書物に書かれていた〝四季家〟の成り立ちをなんとなく思い出しながら、晴は目の前に
「……鳴のとこも相当だが、これは四季も相当だな」
彼岸屋と同等の私有地を誇るであろう四季の屋敷。中・高校時代を共に過ごした友人(と思っているのは晴だけかもしれないが)の家への初めての訪問に緊張する。
いくら彼岸屋に似ていようと感じる空気は違うもので、厳かな雰囲気が漂うこの門をくぐるには、晴にしても少しばかり勇気が必要だった。
「――うわ、本当に来たんだ。めいめいのひっつき虫」
不意に怪訝そうな声を背にかけられたので、晴は俯けていた顔を上げれば、門口の奥に、その声の主は立っていた。
「相変わらず、鳴以外には厳しいのな」
「私にはめいめいしかいらない」
「はいはい。……ともあれ、久し振りだな志織」
「その名前はめいめいにしか許してない。私は四季宵一郎
そう言って一瞬にして不機嫌になった四季に、晴ははいはいと手を上げた。
四季宵一郎宗實――本名、四季志織は四季家の今代当主であり、四季家始まって以来初の女性の刀工である。家柄、男性名を襲名することが決められており、生涯その名で活動する。本名である志織という名前は限られた者にしか呼ぶことを許していないため、もし軽々しく本名を呼ぼうものなら、今の晴のように一蹴されることだろう。
短く揃えられたボブカットが印象的な黒髪がサラサラと風に流れている。身長は鳴と同じくらいで、小柄ではあるが女性としては少し高い。刀工という職業柄、作業着で現れるかと晴は予想していたが、当の本人は上下セットの薄汚れたジャージに身を包んでいた。学生時代から変わらず女っ気が無い四季に、晴は謎の安心感を覚えた。
「……そんなとこに突っ立ってないで早く入ってきなよ、ひっつき虫」
「ん? ああ、ありがとう。でも入れたくないだろ他人なんて。気なんて遣わないでいいぞ、俺ここで待ってるから」
「そうもいかない。依頼品の説明もあるし、あんたは一応〝四季〟の客だから」
「お、おう」
「……勘違いしないで。めいめいからはちゃんと代金を貰っているし、めいめいのお願いだからあんたを客人として迎えるんだ。だから早く入って。むしろ入らないと他の客人に迷惑」
「分かったよ」
晴は自身で言った通り、この門前で依頼品である刀を受け取るつもりだった。人嫌いである四季の気をこれ以上触れた場合、彼岸屋としての利益が無いと思ったからだ。鳴が出向いていたなら話は別だったかもしれないが、生憎とその役目は晴へと引き継がれたため大人しく待つことを選択したのだが(鳴が四季にどう交渉したのかは定かではないが)四季は渋っているものの客人である晴に四季家の敷居を跨がせた。きっと普段は、使いの者にすべて任せて間接的にしか会わないであろう客人との交渉を行う彼女にとって、これは大きな前進と言えるだろう。
(帰ったら鳴に報告してやろう。きっと、喜ぶだろうな)
誰よりも四季のことを心配していた鳴に、この前進を早く伝えたいと思った晴だった。
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