第5話

 奈良県へ到着したのは夕方の十八時を過ぎた頃だった。

 昼前に『新宿』の彼岸屋を出発し、鳴の体調と相談しながら、高速道路で移動をする。途中様々なサービスエリアに寄りながら道中を楽しんだ。

 大体六~七時間を掛けての長旅であったが、晴は晴で疲れながらも鳴が楽しんでいる姿を見て、自分もそれなりに楽しむことができたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 今夜宿泊する予定の彼岸屋の姉妹旅館である『花梨かりん屋』に到着し、女将に挨拶をし、チェックインを済ませると、晴たちは今晩の夕食をどこで食べようか散歩しがてら町へ散策に出掛けることにした。珍しく鳴が酒を飲みたいと言ったので、晴は携帯を使って地酒を扱う美味しい店を何件か調べてみる。

 今回訪れた、ここ奈良県宇陀市では『睡龍』という地酒が有名らしい。名前の由来がどうであれ、【龍】と名の付くあたり、どうしても竜神との関連を疑ってしまうのは職業病かもしれないと晴は少しだけ反省した。

 こう見えて鳴は酒豪だ。最近は多忙のため飲むことを控えていたが、本当はとても酒が好きな男なのである。


「あ、ここが良さげだが、どうだ?」

「うん。そこにしましょう」


 ここからそう遠くない場所に地酒の美味しい居酒屋があると検索でヒットした。晴たちはその居酒屋へと向かうことにした。


 ◆◇◆◇◆


 居酒屋『うだりゅう』は雰囲気の良い落ち着いた内装の店だった。夕食時ということもあって店内は盛況しており活気に溢れていた。

 鳴は例の『睡龍』を、晴はビールをそれぞれ注文した。晴は鳴と比べてそこまでアルコールに強くはない。他につまみを何品か注文する。少しして品物が揃ったので乾杯する。


「では、今日はお疲れ様でした。運転ありがとう、晴」

「気にするな。俺が勝手にやったことだ。お前もお疲れ、鳴」


 乾杯、とグラスを軽くぶつける。カチャン、と鳴った音が楽し気に弾けた。晴は一口飲むと、つまみの定番でもある枝豆を一つ二つと平らげていく。鳴はちびちびと『睡龍』を飲み進めていく。彼の飲み方は少し心配になる。飲んでいる間は胃に何も入れないのだ。

 晴はいつも「少しはつまみとか水とかはさめよ」と再三言ってきてはいるのだが「これがいいんです」と聞いた試しがない。いつしか晴は注意を促しても無駄なのだと悟りながらも、内心心配しつつ彼の酒の席に付き合うのだった。


 ◆◇◆◇◆


 飲み会が終わったのは二十二時だった。

 あの後鳴は『睡龍』以外の地酒を二つも頼み、綺麗さっぱりと完飲した。その飲みっぷりには晴も毎度のことながら感服するばかりだ。対する晴はビール二杯で出来上がった。


「……大丈夫ですか? 晴」

「だーいじょぶだっ! おれがっ、酔ってるとおもってんのか……⁉」

「うわっ。めちゃくちゃ酔ってるじゃないですか! もお……僕と以外、お酒飲み行っちゃ駄目ですよ? 絡み酒なんだから……」

「だぁれが絡みぐせがうぜェってえ?」

「晴がだよ! っ、あ、ちょ、ちゃんと立ってください!」


 晴が完全に出来上がったため、鳴が支える形で花梨屋への帰路を歩いていた。普段とは逆の立場に、鳴は戸惑いつつも少しだけ嬉しく思っていた。いつもは助けてもらってばかりだが、今だけは頼られているような気がして嬉しくなったのだ。


「うー、めーいー!」

「わっ、重っ……!」


 鳴は晴に勢いよく抱き着かれ体のバランスを崩しそうになったが、なんとか踏みとどまることに成功し共に倒れる未来は回避した。連日の激務によって疲労が蓄積していたのだろう、晴は普段は酔わない量でも酔っぱらってしまったらしい。


「……? え、晴? 寝た?」


 急に黙ったかと思えば、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてきた。瞬間、ズシンと先程とは比べ物にならない重みが鳴にし掛かった。


 ——い、意識の無い人って、こんなに重いの……⁉


 鳴は改めて晴に感謝した。寝落ちした時、彼はいつも何も言わずに自室へと抱きかかえて運んでくれるのだ。いくら鳴が細身で痩躯だとはいえ成人男性の体重はあるはずで、そこに意識などないのだから一・五倍は負荷が掛かっていたはずだ。


「うぅ、いつもありがとうだけど、重いよぉ~!」


 花梨屋まであと少し。余った体力を費やす気持ちで鳴は一歩ずつ着実に前進するのだった。

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