壱師の花紅~四季の宴~

KaoLi

夏編【祈雨を謌う者】

第1話

 小さな竜がいた。


 本当に、腕に抱えられるほどの大きさをした竜が、まっすぐ前を向いていた。

 竜の見る世界は旱魃かんばつの絶えない世界だった。カンカン照りに太陽が照らすこのセピア色にせた世界は、人々から生きる力を知らず知らずのうちに奪っていく。ような暑さに目が眩んだ。


 ふと気持ち程度のそよ風が、竜の頬をそっと撫でた。まるで「前を向け」と言われ、背中を押されたような感覚にハッとする。


 竜は、ここへ来た理由を思い出した。


 竜はすぅ……と小さく息を吸うと、ゆっくりと吐息をうたにして音を奏でていく。不思議な謌の音階しらべは、竜の上空に大きな雨雲を作り出していく。雨雲はいつしか世界一帯を覆うまでに広大していき、そして雫を落とし始めた。


 ぽつり、ぽつり。


 ばつばつばつ。


 ざあああ……と、


 雨音は徐々にその感情を豊かにさせ謌を奏でていく。

 人々は歓喜し、森に恵みが戻り、獣たちに希望の光が満ちていく。セピア色に褪せていた世界に色が戻っていくような感覚に嬉しく思う。

 反面、求められて嬉しいはずの竜の心には、どこかぽっかりとした空洞が目立っていた。


 ——嗚呼ああ、そうか……。


 この世界ばしょには、君がいないのだ。

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