第十一話

 

 番頭の庄九郎は、厳しい顔をして銀作に向き合った。

 還暦をとうに過ぎているはずだが、一見するとそのようには見えない。髪はほとんど白くなっているが、毛量は未だ豊かで、ゆったりとたぼを作って結われた髷が若々しく見える。顔には年相応の皺がきざまれているものの、目元は涼しげで鼻すじが通っており、若い頃はなかなかの美男だったのではないかと思われる面相である。


「……それでは銀作どのは、月乃お嬢さんを苦しめているあやかしを払ってくださるというのですね?」


 庄九郎は腕を組み、探るような目で銀作を見た。そこはかとなく不穏な空気に、隣に控える月乃は落ち着かない気持ちになってくる。

 銀作は凪いだおもてで庄九郎を見返している。


「払えるがどうかはわがらね。んだども、夜になれば相手の正体が今少しわがるべ。正体見で、でぎるごどがあればやってみるつもりだ」


 一瞬、庄九郎の口の端が、ひくりと動いた。

 月乃は目を疑った。銀作の訛りを嗤ったように見えたのである。

 庄九郎はしばらくじっと銀作の顔に見入っていたが、やがて、ふと目を伏せたかと思うと、「不知火の鉄砲撃ち……」と聞きなれない言葉をぼそりと呟いた。


「え?なぁに……?」


 月乃はおずおずと聞き返す。

 庄九郎は、ちらりと月乃と視線を合わせると、問いには答えず、苦笑のようなものを見せた。笑みを消し、銀作に向き直る。 


「噂は聞いています。マタギの羽白銀作はじろぎんさくどの。人呼んで『不知火の鉄砲撃ち』。あるいは『死神』。あなたが入った山では、ネズミ一匹生き残れない。すべての獣が獲りつくされてしまうほどの、素晴らしい鉄砲撃ちだとか……」


 この時、それまで凪のようだった銀作の表情が、あからさまに歪んだ。嘘かまことかは定かでないが、この呼称が銀作にとって不本意なものであることは明らかだった。

 庄九郎は続ける。


「ところで、ここへ戻るまでの道中、少し気になることを聞きました。ご公儀が新たな普請を計画中で、近々ここ一帯の住人が代地へ移されるのだとか。そのため少しずつ話を進めているが、移転を渋る地主や、そもそも地主が不在の土地もあり、町名主殿が手を焼いてると。我々も、この店を離れるわけにはゆきませぬゆえ、どうしたものかと頭を悩ませていた所ではありますが……」


 江戸は開闢かいびゃく当初から極めて計画的に造営されてきた都市で、整備のために私有地を強制的に収用することもあった。その代わりに与えられる土地が、「代地」である。

 庄九郎は身を乗り出した。まっすぐに銀作の目を覗き込む彼の目元には、うっすらと隈が浮いている。あざけるような歪んだ笑みを浮かべており、それは月乃の目にすら不快に映った。


「死神どのは、この世ならざるものを撃ち抜くという、不思議な力をお持ちだとか。……あなた、本当は町名主殿からこう依頼されて、ここへ来たんじゃありませんか?『呪われた薬屋・おぼろ堂の、月乃という不老不死の娘を始末してくれ』と……」


 月乃は思わず胸をおさえた。動悸がして、指先が真っ白になっている。

 銀作が背負っていた、細長い風呂敷包み……今は傍らに置かれているそれの中身は、恐らく猟師の得物、火縄銃だ。

 初めて店頭で銀作を見た時の、あの鋭い瞳を思い出す。

 あの眼が自分を見る。

 獲物を見る目で見られる。

 ひとたび銃口を向けられたら、決してその弾丸からは逃れられないだろうとわかる。


 銀作は何も言わない。

 応とも否とも答えず、まっすぐな瞳でじっと庄九郎を見返している。

 庄九郎はしばし銀作の返答を待っていたが、やがてため息をつくと首を横に振った。


「それで、いくらですか?」


 庄九郎の問いに、銀作は訝しげに眉を顰める。


「……いくら?」

「先方から、いくらで雇われておいでですか。こちらはその倍……いいえ、好きなだけお出ししましょう。さびれた薬屋の番頭にだって、それくらいの蓄えはあります」

「庄九郎さん!」


 思わず、咎めるような声をあげていた。庄九郎の物言いには、相手を金で動く卑しい人間だと決めつけるような侮りがあった。

 庄九郎は月乃の声が聞こえなかったかのように続けた。


「世間が何と言おうと、月乃お嬢さんは大切なお方です。手前てまえは亡き旦那様から、生涯かけてこの方をお守りするよう仰せつかっております。せめて最期のその時までは、静かな暮らしを送らせてさしあげたい。……日頃から生き物の生き死にを自由になさっているような方には、かような庶民のささやかな願いなど、わからないかもしれませんがね」


 銀作が立ち上がった。荒々しく荷物を担ぎ、どすどすと畳を踏み鳴らして部屋を出て行ってしまう。


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