第四話
千衛門は尼僧を引き留める気力もなく、しばしその場に座り込んでいた。
「若返りの水、か……」
仕方がない。どんなに荒唐無稽な話でも、それ以外に月乃を救う術がないのなら、なんとしてでも探し出すしかないだろう。
「しかし、どうやって……」
できることなら、今すぐにでも旅支度を整えて飛び出していきたい思いである。しかし、おのれは一商家の主。月乃だけでなく、奉公人みなの生活を預かっている以上、仕事を放り出して店を離れるわけにもいかない。
その奉公人達も、近頃はどうも落ち着かない。無理からぬ話ではあるが、先日の陰陽師の件があって以来すっかり怯えてしまい、
「どうしたものか……」
心労のあまり、しくしくと痛む胃をさすりながら首を捻っていた時、不意に廊下から、「旦那様」と控えめに声をかけてくるものがあった。千衛門はあわてて涙の痕をぬぐった。
「な、なんだ。お入り」
入室を許すと、しばし逡巡するような間を置いたあと、すっと静かに襖が開いた。お仕着せを着た、奴頭の少年が端座している。ここまで千衛門の供をしてきた、庄九郎という小僧であった。
「旦那様。『若返りの水』の話ですが……」
「聞いていたのか?」
「申し訳ございません。ですがその話、
「なに!?」
「母が出雲の出だったそうで、幼い頃、よくその話を聞かせてもらいました」
「そ、そうか。それじゃあ、お前……!」
目の前に、ぱぁっと光明が差したような気がした。
庄九郎は月乃と同じ十四。若いが真面目で誠実な少年で、仕事ぶりにも信用が置ける。何より―――彼が月乃に想いを寄せているらしいことに、千衛門は気づいていた。決して恋心を利用するわけではないが、彼をおいて他に、この役を託せる者はいない。そう千衛門は思った。
庄九郎は真剣な顔で頷いた。
「これまではただの夢物語と思うておりましたが、この世に妖というものがあるというならば、若返りの水なるものもきっと存在するのでしょう。月乃お嬢さんのためとあらば、草の根わけても探し出し、必ず持ち帰ってごらんにいれます」
「庄九郎……ああ、すまない」
まだ細い少年の肩に手を置き、千衛門は再び込み上げてきた涙をぐっと押し殺す。尊敬する主人が弱り切って頭を垂れる様に、庄九郎は慌てた様子でかぶりを振った。
「お顔を上げてください。口減らしに売られた私を、旦那様は一奉公人として大切に育ててくださいました。ご恩を返すのは当然のことです」
「ありがとう。ありがとうなぁ……」
奉公人を牛馬のごとく
この頃の騒ぎで、手塩にかけて育ててきた奉公人たちが、一人、また一人と離れていくことを仕方ないとは思いつつ、胸の内が冷えていくことを止められなかったが、そのような者達ばかりではなかった。
千衛門は庄九郎の手を握り、何度も何度も礼を言った。
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