?/リア(アデリア=ヴィルフォルド)/リアン=リンツ/わたし

 ――そう、思い返してみるまでもなく、わたしの人生は失敗の連続だった。

 普通の村の普通の両親の元に生まれた、まではよかった。けれど、王家の人たちくらいしか持っていないはずの赤い髪を持って生まれたのが、もしかしたらそもそもの間違いだったのかもしれない。

 両親も村の人たちも幸運の印だと大事にしてくれたけれど、結果はなにひとつ伴ってくれなかった。ひょっとしたら幸運どころか、むしろ不運さえ運んできたのかもしれない、と。わたしがそう思うようになってしまったのも、当然のことだと思う。

 だって村中が奇病に冒されて両親を始め村の人たちがみんな死んでしまったのに、わたしひとりだけ生き残ってしまったんだから。……なにひとつ、あの人たちには返せないままに。

 そもそも、本当ならわたしも一緒に死ぬはずだった。病気にはかからなくても、納屋に閉じ込められたまま飢え死にして。それが助かってしまったのは、国からの助けの手が間に合ってしまったから……運、悪く。

 そして――悪運はそこで終わらなかった。

 わたしの髪と顔を見て助けた兵士が驚き、すぐに王宮に早馬が走ることになり、わたしは身体の回復を待って王宮まで連れて行かれることになった。最初はわけがわからなかったけれど、王宮に向かう馬車の中で付き添いの兵士に、王女様とそっくりだからおそらく影姫として王宮でお世話してくれるよと、そんなことを優しく言われて事態を理解することができた。

 つまり、わたしと同じ顔、同じ髪の色、同じ年の女の子がいて、その子はわたしとは違って王女様として幸せいっぱいに過ごしているのだと。それを知ったわたしが感じたのは、「ふざけるな――」という怒りだった。自分はすべてを失ったのに、同じ顔、同じ存在としか思えない彼女がすべてを手にしているなら、この差はなんなのだろうと。どうしてこんなに違ってしまったのだろうかと。

 その現実がどうしようもなく許せなくなり、どうせならその王女様もわたしと同じように不幸にしてやりたいと思ったわたしは、顔合わせということで王女の部屋に呼ばれたときにこっそりナイフ(台所からこっそりちょろまかした)を忍ばせていた。わたしと同じはずなのにわたしと違って幸せな彼女を殺して、そうしてわたしも死んでしまおうと。そんな決意さついを胸に抱いて。


 ――ああ、本当に。わたしはなんて愚かで、無様で、そして身勝手だったのだろうか。


 そうして会うことになった王女様は、わたしの浅はかな想像とはまったくかけ離れていた。魔女の呪いにより重い病を患い、ベッドに伏せることの方が多い身体は見るに堪えないほど痩せていて、まるで納屋に閉じ込められていたときのわたしそっくりだと思ってしまった。

 ただの農民の娘のわたしと違って王女様のわたしはなんて幸福なんだろう、死んじゃえ。そう思い込むことで守ろうとしたわたしの心の檻は、そこで一度粉々にされることになる。

 結局、彼女アデルを殺せなくなったわたしは、代わりに彼女の影として傍にあることを選んだのだった。

 新しい名前と立場を手に入れて始めた新しい生活は、とても幸福なものだった。ほとんどは彼女のベッドの傍で一緒にお話しするくらいだけだったけど、アデルとはすごく気が合ってまるで本物の双子のように通じ合ってる気がして、一緒にいるのがとても楽しかった。

 アデルの両親もとても優しくて、わたしを大事に扱ってくれた。それこそ、まるで本物の娘のように。大切な王女の影姫だから、と言うこともあったのだろうけど。お付きの侍女や兵士や王宮にいる貴族たちも、わたしの正体を知らない人たちだけじゃなく正体を知ってる人たちもいつも優しく温かくて、王宮での毎日はとてもキラキラと輝いていた。

 いつまでもずっとこのまま、ともに在り続けられることをねがってしまうくらいに。

 ――だけど、現実はいつだって冷たいものだった。

 わたしたちが十二になって少し経った頃、勢力を急速に拡大中だったエルドール帝国がついにスティリア王国にも牙を剥いてきた。王国も頑張って抵抗していたけれど耐えきれず、とうとうわたしたちのいる王城にまで迫ってきた。

 みんなみんな死んでいく、せかいに呆気なく殺されていく。わたしが好きな人も、わたしを愛してくれた人も、みんなみんな。

 だから、せめてアデルだけでも助けたくて、教えてくれた隠し通路に逃げ込んで移送器ゲートを使ってもらおうと思っていたのに。どうしてわたしだけ生き残ってしまったんだろうか?

 再びの喪失に絶望したわたしが、それでも死ぬことを選ばなかったのは、わたしを生かそうとしたアデルの遺志を無駄にはしたくなかったから、ただそれだけのことだった。

 そんなわたしにとって、エストとベファーナの来訪と依頼は正直恐ろしかった。またわたしの無能ぶりが晒されてしまうだけなのだと。義母セルマに諭されなければ、わたしが二人についていくことは絶対になかったに違いない。それでも二人について旅を続けるうちに、三度目の正直を信じたいと思えるようにはなったつもりだったけれど。


 ああ、結局わたしはただの役立たずのままだったのだと、ただの疫病神でしかなかったのだとそう思いしらされるだけだったらしい――

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