影姫/【救世主】/【滅びの魔女】②
ぴくりと、銀色の眉が吊り上がったのを視界の隅に捉えたまま、さらに言葉を続けていく。
「だって、考えてもみてくださいよ。
子供や老人が迂闊に生で食べたら刺激で死にかねないくらいの、激辛の代名詞にさえなっている
「だから、シア――ベファーナが【
わたしがそう言い切った瞬間、耐えきれなくなったのか吹きだしてしまう【
「それを本気で言っているとしたら、貴女は【
「いえ、信じてはいますよ。きっと――いえ、間違いなく滅ぼしてしまったんだろうな、と」
少なくとも、これまでの彼女の並外れた魔法の力を見ていたら、それも充分に可能だと思わせられる(実際、どんなやり方で滅ぼしてしまったのかはまるで見当もつかないけれど)。ただ、だからと言って彼女を怖いと――傍にいたくないと考えるくらいに恐ろしいと感じるかと言えば、必ずしもそうはならないだけのこと。……たとえば、わたしのように。
「だとしたら、どうして他の者たちのように私を本気で怖がろうとしないのか、まったく理解できませんね。王女の正体が明らかになったからと、無理な強がりをしているとしか思えません」
「いえいえ、強がってなんかいませんよ」
そう、確かに偽りだらけのわたしだけど、この気持ちはけして偽りなんかじゃない。なぜなら――
「だって、これまでの振る舞いを見ていたら、自分の欲を満たすために同じ種族を滅ぼしたりするような悪い人――エルフにはとても見えませんから。だから、ベファーナが本当にエルフを滅ぼしたんだとしても、それはやむにやまれぬ事情があったからそうなってしまったんだと。わたしはそう思ってるんですけど、違いますか?」
「……本当に、貴女は愚かですね。あまりに愚かすぎて、言い返す気力もなくなりました。ですから、貴女がそう思いたいならそう思っているのでいいでしょう。真実は私だけが知っていればいいものですから、関係ない者は好きなように受け取りなさい」
相変わらず目を閉じたまま、放り投げるように言い捨てるベファーナ。けれど、その口元が少しだけ緩んでるように見えるのは、やっぱりわたしの目がおかしいのか。思わずごしごしと目を擦ったところで、一応確かめておいた方がいいことがあったのを思い出した。なので、ついでに訊いておく。
「あ、一応念のためですけど。とある小国を一日で滅ぼしたとか、魔法の儀式のために村人全員を生贄にしたとか、そんなありえない噂を聞いてしまったんですけど。そんなこと、絶対してませんよね?」
「……【
(最後のは、どう考えてもわたしへの嫌味……だよね?)
余計な一言がくっついていたけれど、聞きたかった答えは聞けたので満足できたとは言える。ただ、なんだろうか、この妙な気分は。
「あー、それ、なんですけど。わたしの呼び方って今後は王女やらその辺りで通すつもりですか、もしかして? いえ、別にそれで問題はないんです。ないんですけど、その、お二人にそう呼ばれるのを考えると、なぜだかこう背筋がぞわぞわってしてくるんですよね」
「どうやら貴女は他人に対してだけでなく、自分に対してもこだわりが強すぎるようですね。呼び方くらい相手が呼びたいように呼ばせればいいでしょう。どう呼ばれようが、それで己の本質が変わるわけでもないでしょうに」
「うーん、僕はどっちの気持ちもわかるかな。確かに自分がちゃんとある人なら他人からどう呼ばれようと本質は変わることはなく、そのままでいられるだろうけど。自分を持てていない人だと、どう呼ばれるか次第で本質も変わってきそうだからね。だから僕らに王女様とか呼ばれたくないなら、これまでの呼び方で呼んでもいいんじゃないかな」
ただし、と話に割って入ってきたエストが茶目っ気たっぷりに付け加えると、
「色々とややこしいことになりそうだから、ユディスだったっけ。彼の前ではちゃんと王女様扱いすることになるけど、それで構わないよね
わたしに向けて
「ああでも、僕としては正直二人が羨ましいかな。僕なんて一つしか名前を持ってないのに、二人とも名前を複数持ってるんだから。相手や場合に応じて使い分けできるって考えたら、なんだか潜入活動中の密偵みたいで格好よくて、ちょっと憧れちゃうよね?」
「――【
エストのとぼけた発言を見かねて、ベファーナが困り果てたように苦言を漏らす。彼女が言うように、【
「うんうん、わかります。複数の名前を見事に使い分けることで、敵を翻弄して難度の高い任務を鮮やかに果たしていく密偵、ほんと格好いいですよね。わたしだってちょっとは憧れちゃいますから。――どうです、エストくんも新しい名前考えてみますか?」
「いい考えだね、
「そうですね。わたしとしては――……」
わいわいとはしゃぎながらエストの別名を考え始めるわたしたちに、ベッドの上のベファーナが頭を指で押さえながら困り果てたように「……これ以上は、どうか部屋の外でお願いします」と呟く。それを受けて、ふたり分の笑い声が部屋中に響き渡った。
――この旅のどこかでわたしの正体を明かすことになるのは、はじめから覚悟していたこと。なのに旅の日々を重ねていくに連れて、その日が来ることを恐れる気持ちが強くなっていってしまったのは、この三人でいることがいつの間にかあたりまえに――心地よくなってしまっていたから、なのかもしれなくて。
だからとうとうその日が訪れることになり、三人の在り方が変わってしまうことも
もちろん、わたしがそう思ってしまったことなんて、他の二人(特にベファーナ)には絶対に内緒ではあるけれど――
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