影姫/【救世主】/【滅びの魔女】①
丁重に扉が閉められ、一人少なくなった室内に沈黙が少しの間横たわる。それから、扉の前にはもう誰もいなくなっただろうくらいの間をおいて――
「さて、【
「たいっっっへんっ、もうしわけ、ありませんでしたぁぁぁ~~~っっっ!!!」
なにかを言いかけた魔女様の機先を制し、わたしは大声で謝罪を叫びながら床に五体投地して這いつくばるように平伏する。……影姫時代のこと、城仕えの道化師が見せた芸のひとつであるドゲザと呼ばれる行為を模倣するように。なんでも東方の島国の風習だそうで、言い訳のしようもない失態をしたときなどに相手に完全降伏して許しを請うためのものらしい。もちろん、その時はまさか自分がすることになるなんて、これっぽちも思っていなかったけれど。
「店に向かうのは危険だって、ちゃんとエストくんから忠告されたのにそれを守らず勝手に抜け出すなんて、本当に申し訳ありません。エストくんにも雨の中を走り回らせてしまったし、ユディスさんに助けてもらわなかったら危ないところだったのも含めて、あまりに軽率だったとわたしも本気で反省してます。ですから、その、
一気に、まくしたてるように謝罪の言葉を並べると、わたしはさらに身体を――これ以上は無理なところまで――低くして、二人に頭を下げ続ける。
十を数えられるくらい、そのままにしてただろうか。さすがに姿勢を維持するのが苦しくなって顔を上げると、呆れたようにこちらを見つめるシアの翠の瞳と視線がぶつかりあった。
「……まったく。色々と言いたいことはあったのですが、そんな間抜けな姿を見せつけられては言う気も失せるというものですね。まぁ、いいでしょう。元々は私の油断、失態が招いたことでもありますし。様々な事象を相殺して、不問といたします。ですから、さっさとその間抜けな格好をどうにかしなさい」
「あ、はい、ありがとうございます」
「ああ、感謝の言葉は私にではなく、【
文句は言いながらも寛大な処置を与えてくれたシアに感謝を伝えると、そんな風に返されてしまう。わたしは言われるままにエストにもちゃんとお礼を言ってから、身体を起こして元通り椅子に座り直した。すると、しかつめらしい顔のままだった彼女に涼しい顔のエストが口を出してくる。
「【
「――――。
「ああ、はい、どういたしまして、です」
御主人様に言われたせいで事務的に嫌々言ってるのがあからさまなお礼は、果たして本当に感謝の表れと言えるのだろうか。そしてそれに対して喜ぶべきか怒るべきか、それとも驚くべきか。よくわからないままのわたしは、最終的に棒読みで応えることしかできないのだった。
さて、そんなよくわからない茶番劇はともかく。わたしの身勝手な
「あー、その、ですね。お二人に聞きたいのですが。わたしの正体に――本当は王女だといつから気づいていたんですか?」
そう思ったわたしは、自分から核心に踏み込んでみた。エストもシアも、わたしが王女と認めた時のあの冷静すぎる態度は、どう考えても既知の事実だったからとしか思えないのだから。
「ああ、キミが実はリアン=リンツではなくて、本当はアデリア王女様だったこと? それなら、うん、はじめから知ってたかな」
(ああ――やっぱり、そうだったんだ……)
事もなげに衝撃(?)の事実を明らかにしてくる【
「そもそも、貴女がスティリアの元王女でなければ、私たちの旅に連れて行くことはありえませんでしたから。それも当然の話ですが」
「……ということは、やっぱり目的地がセラムスということもわたしを巻き込んだ理由になっているんですね。それで、確か、世界の箍が外れかけているのを直すのが目的でしたっけ。セラムスにその箍とやらがあるとして、わたしにいったいなにをさせようというんですか?」
「そうだね、僕らが用があるのは城の奥に隠された秘密の通路のさらに奥なんだけど、そこに余計な侵入者が入れないようにするために封印の扉が置かれているんだよね。で、それを開放できるのは王族だけという話なわけだから。キミに働いて欲しいのは、だいたいその辺りになるんじゃないかな?」
(……えーと、その封印の扉とやらがよくある物語に出てくるようなものだとしたら。つまり必要なのは、これってことなのかな?)
身分の証を立てるために持ち出して、そのままずっと手元に置いたきりだったペンダントを荷袋の中に戻しかけ――結局そのまま首に掛けながら、わたしはそんなことをつらつら思った。その予想が当たってるとしたら、要するに重要なのはわたしそのものよりもこのペンダントということになるけれど。まぁ、それも妥当なのかもしれない。少なくとも、真っ赤な偽物王女のわたしよりも本物の王家の証の方が価値があるのだから。
「結果的にキミを騙して連れ出す形になったのは、本当に申し訳ないと思ってるよ。ただ、これも世界を救うためには必要だったんだと、そう割り切ってもらえたら僕らとしては助かる、かな?」
「あ、それは大丈夫、だと安心してください。わたしだって正体をお二人に隠していたわけだし。それに薄々お見通しなんじゃないかなっていうのは、旅に誘われたときからなんとなくわかってましたから」
すまなさそうに謝罪してくるエストにありのままの心を素直に告げると、その涼やかな顔が途端に困ったようにくしゃくしゃになった。一方、そんな彼の傍らでベッドの住人となっている状態の銀髪の魔女は、変わらず取り澄ましたままの顔でこちらを見つめている。なのだけど、微妙にその焦点が合ってないように見えるのは気のせい、なのだろうか。よくわからない。
(ああ……そういえばもうひとつ、ちゃんと
シア――この呼び方も変えた方がいいのかな、もしかして――のエルフ顔を見て、まだ手つかずだった重要事項を思い出したわたしは、そこで改めて口を開いた。
「そういえば、結局オルテンシアってやっぱり偽名だったんですね。だったら、これからはシアじゃなくて、えーと? ……ベファーナ? って呼んだ方がいいんでしょうか?」
「……本来、そう呼ばれるのは色々と差し障りがあるので、あえて別の名前を名乗っていたわけですから。その名前を人前で堂々と出されるのは拒否したいところですが。……いいでしょう、貴女の好きなように呼んでください。ユディスでしたか、あの男にも知られてしまったことですし。ここまで来てしまえば、後はセラムスに着くまでの話ですから――どうにでもやり過ごせるでしょう」
わたしの素直な疑問にシア――いいや、ベファーナは憮然とした態度のままそう答える。それから、その宝石のような翠の目を一度閉じると、
「それよりも、私が【
猛吹雪を連想させるような冷たい口調で問い詰めてきた。その口調そのものよりも、『見事』と言う表現に心を凍てつかせながら、わたしは意識して口元に――ぎこちなくても――笑みを浮かべてみせる。
「それはもちろん――怖いって思ってますよ。当然じゃないですか」
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