王女(偽)の再出発

 そうして、わたしの正体が半分だけ旅の仲間に明らかになった翌日。蒼の刻を知らせる鐘の音が鳴り響くより少し前に、わたしたち三人が乗った馬車は西門に辿り着こうとしていた。

 ルエンほどではないもののアダンも重要な中継都市のひとつということもあり、こんな中途半端な時間でも周囲を行き交う人の数はそれなりのものになっている。その人波を掻き分けていくと両開きの大きな鉄の門――当然、開門されている今は全開になっている――が見えてきたところで、

「……どうやら、心置きなく置いていくことはできなくなったようですね」

 馬車を繰るわたしの隣に腰掛けていたベファーナがそう呟いた。

 わたしと同じくその正体が明らかになっても黒ローブにヴェールで顔を隠したままなのは、もしかして実はただ装いとして気に入っているのだろうかと思ったりもするけれど。実際のところは、同じようにフードを被って髪を見えないようにしているわたしと事情は変わらず、周囲の人たちにまで正体がバレないようにと配慮しているだけのことでしかない。

 その配慮が功を奏してくれているのか、すれ違う町人や旅人たちから見咎められることもないまま馬車は西門に近づいていき、やがて複数の武装した男たちや裸の馬が集まっている前に着いたところで、ゆっくりと車輪を止める。

「ごきげんようございます、王女殿下。我ら一同、お待ち申し上げておりました」

 すると、男たちの中から灰色の髪と瞳の青年が一歩前に進み出てきて、馬車に向けて深く一礼しながら挨拶してきた。もちろんユディスであることは近づく前にわかっていたことだから、特に驚くことでもない。さて、そうなると後ろの残り四名が彼の言っていた同行者、なのだろう。

 元騎士や兵士たちだけでなく、中には一般の民も仲間に含まれるという話だったけれど。鎧や剣などの装備品の不揃いぶりを見れば、なるほどそうした苦しい台所事情がよく窺える印象だった。

「お待たせしました、皆さん。セラムスまで、どうかよろしくお願いします。……ただ、このように人が多い場所で王女と呼ぶことは、できれば避けてもらえますか?」

「は、申し訳ありません。以後気をつけます……それでは、ひとまずアデリア様で構いませんでしょうか?」

 堂々と王女と呼びかけてきたユディスに、さすがに声を潜めて嗜めると彼は即座に畏まって謝罪してから、そう尋ねかけてくる。一瞬それでいいのかと二種類の抵抗を感じてしまうわたしだったけれど、それ以外の呼び方をすぐに思いつくわけでもなかったのでそのまま頷くことにした。

 それを見て、灰色の青年の顔にほっとしたような表情が浮かぶ。ただし、すぐにその表情が険しいものに変わったのは、わたしが御者席に座って御者を務めている姿を見たからだろうか。視線をわたしから隣に座るベファーナに移すと、ユディスが眉をひそめながら刺々しい言葉こえを投げかけてくる。

「魔女殿。これはいったい、どういうことでしょうか?」

「……どういうこと、とは? それこそ、どういうことでしょうか?」

 おそらくわかっているくせに疑問を疑問で返してしまう馬上の魔女に、これまで基本的に低姿勢を貫いてきた亡国の騎士も堪忍袋の緒が切れたようだった。

「ですから――っ、なぜアデリア様が、御者をやっているのですか!? 確かに従者として、とは聞きましたがっ。仮にもおう……ょ、の身にこの期に及んで御者をさせるとは、さすがに失礼だとは思わなかったのですか?」

「何故か、と問われるならそれが彼女の役目だから、と答えるしかありませんが。私は【救世主メサイア】に仕える者として、従者がその役割を十全に果たせるよう指導する義務があるということです。そもそも騎士である貴男とは違い、魔女である私に王女への敬意を過剰に求められても迷惑かと」

「――――、――っ」

「ああもう、二人ともやめてくださいっ! ここはまだ街中なんだから、いらない騒ぎを起こして人目を引いてしまうのはダメダメです!」

 バチバチ火花を散らしかけた二人の間に割って入り、わたしはらしくもない大声を張り上げて諍いを止めにかかる。それから剣に手を伸ばしかけていたユディスに向き直り、頭を下げた。

「ごめんなさい、ユディスさん。わたしが御者を続けているのは、わたしから言い出したことなんです。元々従者としてお二人についていくことを決めたのはわたしだから、できればその役割を全うしたいと思ったので。あなたのお気持ちはありがたく思いますが、ここは引いてもらってくれませんか?」

「――っ!? ど、どうか頭はお上げください王女殿下! ……わかりました、アデリア様がそう仰るなら私もこれ以上事を荒立てるつもりはありません」

 わたしの介入ことばが功を奏してくれたのか、どうにかユディスも矛を収めてくれる。ただそれでもなにかあるのか、再び銀髪の魔女に視線を向けると――意識してだろうか――丁寧な口調で語りかける。

「ですが、アデリア様にそのまま御者をさせるのは私も騎士として引き下がるわけには参りません。そこで魔女どの、提案ですが。ここは私が代わりに御者を引き受けるのはいかがでしょうか」

 彼のその提案にわたしは呆気にとられ言葉を失い、ベファーナが口元をかすかに緩めたのが視界の隅に移り、そして背後の荷台の中から拍手する音が聞こえてきたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る