馬上の語らい -【救世主】編-
「――そういえば、キミの名前は教えてもらったけど、それ以外のことについてはまだなにも教えてもらってなかったよね。たとえば
御者席でゴトゴト揺れを感じながら手綱を軽く握っているわたしの隣で、同じように御者席に腰掛けていたエストがいつものように人なつこい笑顔でそう話しかけてきた。
「そういえば、そうですね。わかりました、答えられることならなんでも聞いて下さい。とりあえず、わたしは今年で十八になりますね。ちなみに、エストさんはおいくつですか?」
もうひとりとは違ってとても気さくなので、こちらとしても素直に答えたくなる。その流れでこちらからも質問すると、
「僕は、たぶん、十六だね。だから僕の方が年下ってことになるから、そっちも敬語なんて使わずもっと気楽に話してくれると嬉しい、かな」
可愛いえくぼを見せながらそう返してきた。
てっきり年上だと思っていたから驚いたけれど、年下とわかった瞬間に可愛らしく思えてくるのが、我ながら不思議だ。それはそれとして、なにか気になる発言があったような。
「じゃあ、エストくん、でいいかな? それで、教えてほしいんだけど。たぶん、ってどういう意味?」
「ああ、僕は赤ちゃんの頃にベ、【
「え? そう、だったんです――だったんだ」
さらなる衝撃の発言に、わたしは思わず絶句してしまう。だって、そんなの咄嗟に信じられない、驚くことしかできない。エストが、オルテンシアに、育てられたなんて。
(まってまってまって。え、エストくんが十六ってことは、育て始めたのも十六年前ってことでしょ。だったら、その時のオルテンシアさんの年齢って――十六だとしても、今三十二歳? 嘘、だよね。え? え? え?)
顔が見えないからなんとも言えないところだけど、声だけならそんなことありえるわけがないとしか思えない。だけど、それならエストが嘘をついていることになってしまう。混乱の渦に呑み込まれ翻弄されてしまうわたしだったけど、
「――っ。ごめん、なさい。もしかして、イヤなこと聞いちゃったかな?」
なんとか冷静さを取り戻すと、大急ぎで彼の反応を窺ってみた。誰だって簡単に触れられたくない過去があることくらい、わたしはよく知っているのだから。
けれど――
「あはは、別に僕は気にしてないから、そっちも気にしなくていいよ。わざわざ触れ回るものではないけど、だからって隠すようなものでもないからね、僕の過去なんて。だから訊きたいことがあったら、なんでも訊いていいよ。答えられることならみんな答えてあげるから」
「あー……はい、うん。だったら訊きたいんだけど。オルテンシアさんとお互いに【マスター】って呼び合ってるのって、あれはどういうことなのかなって」
わたしとは正反対に開けっぴろげなエストの反応に、ついでだからと気になっていたことを訊いてみる。すると、彼はああ、とさらさらの金髪を揺らしながら口を開いた。
「僕が【
愛する家族のことを語る時の、あのなんとも言えない曖昧な表情を浮かべ語る年下の少年に、こっちもなんだかほっこりとした気分になりながら耳を傾け続ける。
「向こうが【
「ふ、ふーん、そうなんだ。だったら、これからもエストくんは名前で呼んであげればいいのかな?」
「うん、それでお願いできるかな。あ、でも、オルテンシアの前ではくん呼びはあまりしない方がいいかもだね。特に、人前では。ほら、【
「うわ、確かに。あの人なら絶対言うよね。言うに決まってるよね。わかった、くん呼びは二人きりの時だけにするよう、くれぐれも気をつけるね」
瞬時に脳裏に浮かんできた文句をつけてくるオルテンシアの姿に、わたしは思わず吹き出しかけたのをどうにかギリギリで堪えつつ、エストの提案を素直に受け入れた。お付きの魔女様とうまくやっていけるかの見通しは真っ暗だけど、どうやらその御主人様とはうまくやっていけるかもと(ない)胸を撫でおろしながら。
――それからも、昼食を済ませて監視役がオルテンシアに替わるまで、エストとの語らいは続けられた。
彼の話によれば、二人が【
その他にも旅の間や子供時代のオルテンシアとのやりとりを教えてくれる代わりに、彼の要望に応じてわたしの村での日々をわりと詳細に語ってみたり(わたしはつまらないのにと思ったのだけど、聞いてるエストの方はなぜだかとても楽しそうだった)、と。
その思いがけず楽しく過ごせた時間に、二人との旅が始まってから緊張と不安だらけだったわたしの心も、どうやら少しだけほぐれてくれたようだった――
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