ある作家の独り言

ろくろわ

締切間近

少し肌寒い1月の朝。

自宅から程近い喫茶店にかれこれ4時間は腰を下ろしている。煙草の箱はすでに空になり、何度か取り出しては、中身がない事を再認識し私は溜め息をついた。


上がりに上がり続けた煙草の値段は、今や1箱2000円を越えるものとなった。

まったく、この煙草の中のどれだけが税金として納められているのだろうか。


分煙から禁煙へと進んできた煙草は、目まぐるしい科学の進歩により、今やタールもニコチンも無いクリーンなものとなった。

一時期に比べると愛煙家達はかつての勢いを取り戻し、喫煙できる場所も増えてきたのだが、やはり2000円はちょっと高い。

おいそれと買うには、躊躇してしまうのは私だけでは無いはずだ。


「お客様、珈琲。お煙草のおかわりは如何ですか?」


私は話しかけられた店員に視線を送ると、少し間を空け「お願いします。あっ、煙草はロングの方でお願いします」と答えた。

…先程の躊躇はどこに行ったのやら。


珈琲より先に届いた煙草に火をつけながら、本来の目的である執筆に再び取りかかる。

まぁ、再びと言っても何一つ進んではいないのだが。


今は俗に言う、締切間近と言うやつなのだが、締切期日の把握。期日までに提出は自分で全て行わなければならず、間に合わないのも自己責任なのだ。

そう、間に合わなければその時点で連載は終了。

新しい作家に変わるだけなのだ。


溢れゆく情報社会の中、執筆作業は恐ろしく簡単になりそして才能ある新しい作家はどんどん増えていく。

媒体は進化し映像で情報を仕入れれる現代。今や文字を追うこと自体が珍しくなる中で、連載を続けていくのは大変なことなのだ。


私は運良く、代表作の「異世界に行く前にしておきたい10の事」が脚光浴びたお陰で連載する事が出来た。

しかし、数ある話の中で私の名前まで知るものは少ない。皆、異世いせ10は知っていても、誰が書いているのかまでは興味がないのだ。


だからこそ、この次の話を書き上げなければならないのだが、どうしても次の話が出てこない。

ふわふわと思考の海に漂う雲のように、纏まらない何かはあるのだが上手く形になら無い。


…過去に流行った異世界転生シリーズは、今はお国の異世界観光庁が、異世界と呼ばれていたこの世界とは違う次元への行き方を確立し、海外よりも近い距離で行けるようになった為、もはや実体験本や観光案内本と化してきている。

私の異世いせ10だって、リアルな準備本なのだ。

神様のバトル話や人間とのいざこざも、異世界発見と共におおよその神の位置や姿も明かされつつある。

一度近付きすぎて、天地をひっくり返されたから解明はされていないのだけど。


さて、どうしたものかと再び思考を巡らせる。


時代は進んでも、読みたい人がいて、書きたい人がいて。映像で情報を得れる中で文字から情景をとる。

今皆は何を求めているのだろうか?


そうだ。

よし、直接聞きに行こう。


考えても埒が明かないと、私は外に聞きに行く事にした。皆が求めている興味のある風景を書けばきっと読んでくれる。

私の思考の海は穏やかとなり雲は形をなしてきた。

ゴールが見えたら後は早い。清々しい笑顔のまま、先程の店員を見つけた私は声をかけた。


「すみません。お会計をお願いします」


後ろポケットから私は財布を取り出す。


「お会計は、珈琲4杯とお煙草1箱で42000円になります」


…しまった。

店員さんに勧められるまま、何も考えずに珈琲のおかわりをしてしまっていた。

今や物価高は進み珈琲は超がつくほどの高級品。

だからこそ締切と言う勝負の日に選んだのだった。


「……すみません。手持ちがなくて。今から異世界で稼いできますので、それまでツケておいてくれますか」


財布を開いたまま私は店員の顔を見た。


締切間近。


次回作のタイトル案が浮かんだ。


次回

「一文無し、スキル無しの道具は煙草10本だけ!?借金返済の為の異世界生活」



あぁ、店員さんの笑顔は眩しかった。









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