転生したら最強の水魔導師だった件 ~ただし魔法はチ◯コから出る~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】

第1話

「――もうずいぶんと深くまで入ってきたわね。そろそろ遭遇してもおかしくはないのだけど……」


 そう独り言を呟くのは、Bランク魔法使いのルーナだ。彼女は今、単独で『魔の森』の奥へと足を踏み入れていた。本来なら彼女は『魔の森』になど来たくはなかったのだが、とある理由で金が入用になったのだ。


「それにしても……本当に何なのよここは? この森に入ってから魔物どころか動物すら見かけないじゃない! おかげで狩りもできないし、お金を稼ぐこともできない! はぁ~……ついてないわ」


 深いため息をつくルーナ。本来であれば、森には魔物や動物が多く生息しており、その魔石や肉は街で売却して金に変えることができる。しかし、今回は様子がおかしい。魔物はおろか小動物すら一匹も見掛けていない。


「でもまあ、それでも別にいいんだけどね……。だって私の目的はあくまで大物――ワイバーンなんだから!」


 そう言いながら、ルーナは笑みを浮かべる。魔物にも強さのランクというものがある。その中でも、ワイバーンは上級に位置する魔物だ。さすがに本物の竜種ほどではないが、亜竜として高い戦闘能力を持つ。そんなワイバーンの素材ともなればかなりの高額で買い取ってもらえるはずだ。ルーナは今回の依頼で得た報酬で豪遊しようと企んでいた。


「――あっ、やっとお出ましみたいね」


 そこでようやく魔物が現れる。現れたのは全身真っ黒な毛で覆われた四足の獣型の魔物だった。


「あれはブラックファングね……。確かDランク相当の魔物だったかしら?」


 ブラックファングとはその名の通り黒い毛皮に覆われた狼のような見た目をした魔物である。鋭い牙を持ち、素早い動きが特徴の魔物だ。しかし、Bランク魔法使いのルーナにとっては、何の問題もない相手だ。


「ふふん。ワイバーンの前の肩慣らしね。お小遣い程度にはなるかしら」


 ルーナは杖を構えると魔法を行使しようとする。だが――。


「ギャオオオォッ!」

「へ?」


 ブラックファングはルーナのことを無視すると、そのまま走り去ってしまった。ルーナはポカンとした表情を浮かべると、慌ててその後を追いかける。


「ちょっ!? ちょっと待ちなさいよ!!」


 だが、移動速度はブラックファングの方が断然早い。あっという間にその姿を見失ってしまう。


「うそぉ……。せっかく獲物を見つけたと思ったのに……」


 ルーナはガックリとうなだれてしまう。するとその時、彼女の耳に大きな物音が聞こえてきた。バキッ! バキバキッ!! 木々を押し倒すような激しい音だ。そして次の瞬間、木をなぎ倒しながら巨大な影が姿を現す。


「――ッ!?」


 それは先ほどのブラックファングよりも遥かに大きな体躯を持った巨体の魔物だった。しかも、その背中からは翼のようなものが見える。


「なるほど、さっきのブラックファングはあんたから逃げていたってわけね。そうでしょ? ワイバーン……!」

「ギュアァアッ!」


 ワイバーンと呼ばれたその魔物は、赤く鋭い眼光でルーナのことを睨みつける。それを見た彼女はニヤリと笑みを浮かべた。


「いい目じゃない……! どうやら私のことを食べたいみたいね?」


 ルーナは腰に差していた杖を引き抜くと構えを取る。


「――来なさい、ワイバーン。あなたの自慢の爪で引き裂いてみせなさい!」


 ルーナの言葉に応えるように、ワイバーンはその強靭な前足を振り上げた。


「ギュオォオッ!」


 ワイバーンは振り下ろした前足を地面に叩きつけた。その衝撃によって地面が陥没する。まるで地震が起こったかのような揺れが起こり、ルーナの身体が大きく跳ね上がる。


「くぅ……なんて威力なの!」


 なんとか空中で体勢を立て直し、着地するルーナ。しかし、その顔には冷や汗が流れていた。


(今の一撃だけでも分かるわ……。こいつは間違いなく強い!)


 ルーナはこれまで多くの魔物と戦ってきた。ワイバーンを狩ったことも、一度や二度ではない。そんな彼女にとっても、この個体はずいぶんと強いように感じられた。


「長期戦は避けた方がいいわね。くらいなさいっ! 【ファイヤーランス】!」


 ルーナは即座に魔法を行使する。炎の弾丸がワイバーンに向かって放たれ、直撃した。しかし――。


「ギャウッ!」


 ワイバーンは僅かに怯んだだけで大してダメージを受けている様子はない。


「ちっ! この程度じゃ効かないってわけね。じゃあこれはどうかしら? ――【フレイム・バスターアロー】!!」


 ルーナの周囲に三つの火の矢が出現する。それらは高速回転しながら、ワイバーンへと襲い掛かった。


「グルルル……!」

「う、嘘……。なぜノーダメージなの!?」


 ルーナの攻撃に対し、ワイバーンは特に回避行動を取ることもなかった。しかし、それでも無傷である。ワイバーンは煩わしそうに顔をしかめると、今度はルーナの方へ向かって突進してきた。


「くっ! こいつは私には倒せない……。ここは逃げるしか――」


 ルーナは咄嵯に逃走を図る。しかし――。


「――えっ?」


 突然、ルーナの視界に真っ赤な光が広がった。一拍遅れて、それが竜種のブレスだと理解する。


「う、うそ……。ワイバーンはブレスを吐かないはず――」


 愕然とした表情を浮かべるルーナ。ワイバーンはあくまで亜竜だ。本物の竜種とは異なり、ワイバーンはブレスを吐かないはずであった。事実、それは正しい。ルーナにとって想定外だったのは、今目の前にいる相手がワイバーンではなかったということだ。


「――あっ」


 気の抜けた声を上げるルーナに、ブレスが迫る。超高熱のブレス。それは人間など一瞬にして蒸発させてしまうだろう。しかし、ルーナにはその光景が妙にゆっくりと見えた。走馬灯。死に直面した際に脳が見せる、スローモーションの世界。その世界でルーナは思い出す。自分が冒険者になったきっかけ。幼い頃に憧れた魔法使いの姿。


(こいつはワイバーンじゃなくて……フレイムドラゴンだったのね……)


 ルーナはようやく気付くが、時既に遅し。彼女は超高熱のブレスに飲み込まれ――


「【ウォーター・バリア】」


 ――る前に、水の障壁に守られる。


「……あれ?」


 ルーナが間の抜けた声を出す。すると、彼女の身体を誰かが抱きかかえた。


「まったく、危ないところだったな」

「……へ?」


 聞き覚えのない男性の声。ルーナの前には、謎の青年が立っていた。


「大丈夫か? 怪我とかはないか?」

「え、えっと……」


 ルーナは混乱していた。突然現れた男。彼が一体何者で、なぜ自分のことを助けてくれたのか、なぜ下半身に何も穿いていないのか、分からないことだらけだ。ただ一つ分かるのは、この男がワイバーンのブレスを防いでくれたということだけ。


「ギャオオオォッ!」

「あ、危ない! フレイムドラゴンが……」


 ルーナが慌てて叫ぶ。だが、青年はそれを片手で制すと、そのままワイバーンに体を向け、両手を自身の腰に当てた。そして、腰を突き出し、叫ぶ。


「蜂の巣になれっ! 【百発水鉄砲】!!!」


 次の瞬間、彼の腰あたりから凄まじい量の水が勢いよく放たれた。それはまさしくマシンガンのような連射速度であり、属性は異なるとはいえ一発の威力も先ほどの【ファイヤーランス】とは比べ物にならないほど高い。


「ギャオオオォオ!! ギャオォォ……」

「…………は?」


 ルーナの口から思わず間抜けな声が漏れる。フレイムドラゴンは、謎の青年の水魔法によりあっさりと倒されてしまったのだ。


「ふぅ、とりあえずこれで片付いたかな」


 青年は額の汗を拭うと、こちらを振り向いた。


「お嬢さん、ケガはないかい?」

「え? は、はい……。ありがとうございます」


 ルーナは呆気に取られながらも返事をする。


「そうか、ならよかった」


 満足げな笑みを浮かべる青年。対称的に、ルーナは狼狽していた。フレイムドラゴンを倒した青年の実力に驚いている? もちろんそれもあるだろう。だが、今の彼女の心をかき乱す原因は他にあった。


「……あ、あの……」

「なんだい?」

「どうして、その……」


 ルーナが顔を真っ赤に染めて俯く。


「下半身に何も履いていないんですか……?」

「ん? ……あぁ」


 青年は納得したように呟き、爽やかな笑顔を見せた。


「俺の水魔法はチ◯コから出るのさ。パンツやズボンを穿いていたら邪魔だろ?」

「……」


 ルーナは何も言わずに杖を構えた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 話せばわかる! というか、俺は危ないところを助けてやったんだぜ!?」

「……」


 ルーナは渋々といった感じで杖を下ろした。


「わ、分かってくれればいいんだよ。――ん? 君、顔に火傷を負っているんじゃないか? どれ、見せてくれ」

「えっ? いえ、別にこれくらい――」


 ルーナの言葉を待たずに青年が手を伸ばす。


「やはりそうだ。さっきのブレスの余波が届いてしまったようだな。俺の障壁が不十分だったようだ。申し訳ない」


 青年が謝罪する。下半身丸出しで紳士的に振る舞う彼の姿は、どこか滑稽だった。


「あなたのせいではありませんよ。助けていただけただけでも十分すぎるほどですので……」

「いいや、俺が納得できない。ぜひ治療させてくれ。俺の魔法でな」

「え? 水魔法だけじゃなくて、回復魔法まで使えるのですか?」

「ああ。正確に言えば、水魔法の一種に回復効果のある魔法があるわけだがな」

「す、すごい……」


 ルーナが憧れの眼差しを向ける。だが、それも長くは続かなかった。青年は手でチ◯コの向きを変える。まるでその照準をルーナに合わせているかのようであった。


「あ、あの……?」


 ルーナが戸惑いの声を上げる。青年はそれに答えなかった。代わりとばかりに、彼は魔法を発動させる。


「【アクア・ヒール】」

「え? きゃあああぁっ!!!」


 ルーナが悲鳴を上げる。魔法が不発に終わった? 違う。青年の水魔法は正しく発動している。彼のチ◯コから放たれた回復効果を持つ水は、正確にルーナの顔へと命中していたのだ。


「な、何を……!」


 小便を掛けられたルーナが抗議の声を上げようとするが、すぐに違和感に気付いた。


「……あれ? 痛みが引いた……?」

「そうだろう。これが俺の水魔法の力だ」


 得意げに語る青年。彼は爽やかな笑みを浮かべながら言った。


「俺のチ○コから出た水をぶっかければ、どんな傷でも一瞬にして治せるというわけさ」

「……」

「どうだい? これで火傷も綺麗に消えたはずだ。良かったね」

「……」

「お嬢さん?」


 どこか不穏な空気を醸し出すルーナに、青年は首を傾げる。


「……命を助けていただいたこと、火傷を治療していただいたことには深く感謝しています。ですが……」

「ですが?」

「一発ぐらいは許されますよね。……この変態がぁっ!!」


 ルーナが渾身のパンチを放つ。


「ぐふぉっ!?」


 青年の身体がくの字に折れ曲がった。こうして、青年と少女は出会ってしまった。後にルーナはこの日の出来事をこう振り返ることになる。『私の人生の中で最も衝撃的な一日』であったと。

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