第32話・対面





「待っていたぞ、銀槍竜」


「え、えぇー⋯」



今、俺の目の前には1人の男が座っている。

ベルトンのギルドマスターを自称しているが、本当かは分からない。⋯だが、今朝木の頂上から見た街の中心にあった建物に案内されている現状、信憑性は高い。


警戒は薄く、衛兵には招き入れられ、でかい布で隠されながら、来たこの部屋。


どうにもこうにも意味不明だが、取り敢えず、状況の整理を始めよう──⋯





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「さぁて、ここまで来たはいいが⋯⋯この後どうするか」



今日の昼頃、俺はベルトンに到着した。

初めは茂みに身を隠しながら、街に入る為の門付近を偵察していたんだが、当たって砕けろ精神で正面から行ってみる事にした。


まぁ衛兵の人達は目を見開いてたな。

グレイドラゴンなんて、オークやゴブリンの様に知的なイメージは無いだろうし、ましてや台車を引きながら向かって来てるんだから驚きだろう。


ただ俺も驚いた事があった。

衛兵の人達、武器を構えもしなかったんだよ。それだけでも、俺の脳内はハテナで埋まってたんだが、次に衛兵が言った言葉で仰天したね。



「「お待ちしてました!」」


「えっ」「クェ」〖ん?〗



聞き違いかと思った。

街を魔物から護っている者が、魔物を歓迎している⋯?


いやいやいやいや⋯⋯

そんな馬鹿な事があるかーい。



「「どうぞ、こちらへ」」



ありました。

この場にありました、そんな馬鹿な事が。


流石に困惑したし、俺は衛兵達に話を聞いた。

細かい説明ばっかりでよく分かんなかったが、ベルトンの偉い人に『銀槍竜来たらウチに入れてもオッケー』と言われていたらしい。


その後は、全身を布で包まれて担がれた。

まぁ隠されているんだろうなーとは思っていたが、降ろされた場所が、そのベルドンの偉い人の自室とは想像もしていなかったよ。



「待っていたぞ、銀槍竜」


「え、えぇー⋯」



そして、話は現在に至る訳だが⋯⋯

すげぇ髭だな。ドワーフって人種らしいが、成程。想像通りの見た目だ。


前傾姿勢が基本姿勢の俺の視点から見ても、目の位置が同じくらいの高さしかない。まぁドワーフの平均身長がどの程度か分からないし、背の高さについてツッコむのは止めておこう。



「君がこの街に来るというのは、ある男から聞いていた。今日は、私から折り入って話がある」



えっ、説明無し?

もっとこう⋯⋯さぁ?欲しいじゃん、状況の説明。ある男って誰だし、折り入って話しってなんだし。


⋯⋯待てよ?

この人が言うある男って、俺の事情を知っているって事だよな?つまり、俺が事情を話した相手⋯⋯



(バルドールか⋯⋯)



うん、あの人しかいないな。

俺の事情を知っていたバルドールが、騒ぎにならない様にこの人に話を付けてくれていた、的な?


⋯え、優しい。



「⋯⋯あの、話ってなんスかね?」


「うむ、詳しい説明は追って伝えるとして⋯⋯君には、我ら人類が近々控えている、大きな戦に参加して欲しいのだ」



⋯なんじゃそりゃ。

絶対に面倒なヤツじゃん。⋯⋯あーでも、折角パワーアップしたんだしなー⋯強く断る理由も特にないか。



「勿論だが、君に見合ったそれなりの報酬を用意させてもらう。⋯⋯何か望みはあるか?」


「米」


「⋯⋯なに?」


「米、白飯、ライス」



いやぁこれ一択だわ。

そんな質問されたら、米の国ジャパンから来た俺の返答は1つしかないぜ。


コレ拒否られたら、このオッサンの頼み聞くの止めとこ。



「う、うむ。承知した。⋯⋯ただ、米の生産できる国は限られている。かなり遠方から取り寄せるから、多少の日にちは掛かるぞ⋯?」


「⋯⋯フッ」



交☆渉☆成☆立

このオッサンは良い人間だ。間違いない。


俺は彼の手を取って強く握った。

当人は、俺の行動に対するリアクションに困っている様だが、気にしない、気にしない。



「話はよく分かった。俺はそこそこ強いと思うし、好きに使ってくれ☆」


「そ、そうか⋯⋯?」



その後は、2人で細かい打ち合わせやらをしたが、俺の脳内は既に米の事でいっぱい。話し合いが終わる頃には、美味いおかずとほかほかの白米の妄想でヨダレがダラダラだった。


⋯なんせ、米を食べれなかったのは半年以上。

今まで作った料理を食べる最中に、どれだけ米に対する禁断症状が訪れた事か。



「⋯⋯聞いていたか?」


「おう、この街にいる冒険者達と一緒に現地行って暴れればいいんだろ?」


「うむ、そうではある。⋯そうではあるが⋯⋯」



あの幼女も転生初日に似た様な事を言っていたし、何気計画通り。

⋯⋯そうだ、あの幼女は言っていた。ここベンルトに着いたらヴィルジールという人物に会う事。そして、彼の次の行先に同行させてもらう事⋯⋯


もしや、幼女はここまでを見越して⋯?



(⋯考えすぎ、だな)


「まぁ、別にいいだろう。⋯⋯先に言っておくが、出発は明日の6時だ。遅刻してくれるなよ?」


「⋯⋯おう☆」




NOW LOADING⋯




「なぁ⋯⋯」


「えぇ」


「⋯⋯はい?」



所変わってヴィルジール別荘の食卓。

サンクイラ除く2名は、この街に覆う違和感に気が付いていた。2人は、その違和感が街に近付いていた時点で察知していたが、すんなりと街に入ったの感知すると、その違和感が危険因子ではないと結論づけた。


⋯⋯ただ、その違和感⋯⋯感知していた魔力の形状が、どうも歪だった。正確には、魔力に物質的な形状は無い。⋯だが、魔力感知に長けている冒険者からすれば、数多くの円形が書かれた紙に、三角形が大きく描かれているが如く歪に感じ取れる。



「これはまるで⋯⋯」


「あぁ。こいつぁ、魔物の魔力にそっくりだ。⋯⋯それも、かなり強力なヤツの」


「あの⋯⋯なんの事です?」



2人の状況に追い付いていないサンクイラを差し置いて、真剣な表情でヴィルジールとシルビアは話を続けた。先日、ガバンが言っていた『極秘に増援がくる』的な話と、現在感じている魔力の件が同一の事柄なのかと。


仮にそうだとして⋯⋯この増援、何者なのか。

獣人ですら、もっと人間に近い魔力を有している。⋯だが、自分達が感じているコレは、完全に魔物の魔力。



── チリン♪チリン♪



「あっ、私出てきますね」



2人が完全に真剣モードに入り、気まずい空気漂う食卓からサンクイラを救ったのは、この家のチャイムだった。早足で食卓を離脱したサンクイラの背を、シルビアは不思議そうな目で見る。



「⋯今日、来客の予定なんてあったかしら?」


「いや⋯⋯。まあ、どうせギルドからの通達かなんかだろ」



『そんなことより』と話を再会しようとしたヴィルジールだったが、とんでもない事に気が付き、話を中断した。最初は気の所為だとも思ったが、どう考えてもでしかない。


確信に至りかけていたヴィルジールは、シルビアが自分と同じ考えか確かめる為に、さりげなく聞いてみる事にした。



「な、なぁ?シルビア?」


「⋯⋯なによ」


「例の、増援の件なんだが⋯⋯」


「⋯⋯分かってるわよ」



ヴィルジールはこう続けようとした。

『ソイツ、今どこにいるんだろうな』、と。ヴィルジールが気付いたとんでもない事とは、先程まで感知していた巨大な魔力が、別荘の目の前まで移動しているという事実だった。


そして、恐らくチャイムを鳴らしたのも同一人物。

となると、今1番気に掛けなければいけないのは⋯⋯



「「サンクイラ⋯っ!」」



2人はゼクスの名に恥じぬ爆速で、玄関へと向かった。

サンクイラの身に万が一が起きる事を危惧した、というのが1番の理由だが、加えて興味もあった。


この歪な魔力の原因は、一体何者なのか?

そして、本当にガバンが言っていた増援なのか?もしそうだとしたら、ここまでの魔力の者と一度はやってみたい。


⋯そう、



((どんなに強いか、確かめたい!!))



廊下を抜けたヴィルジールとシルビア。

その先に見える玄関から差し込む光には、2つの影が揺らいでいるのであった──⋯




〜数分前〜




「で、あるか⋯⋯」


「厳しそうか?」



ガバンと名乗ったドワーフの老人は、僅かに顔を顰めた。

俺が言った台詞が、彼にとって悩み所なのだろう。発端は、先程の米の話だ。


遠い国から、ここベルトンまで米を取り寄せるとなると、最速でも1週間は掛かるらしい。今回の戦が完結した時点で発注するのが条件という事で話は纏めてある。


問題は、その間における俺の身の振り方だ。

戦いが終わった後、米の到着を待つ間にどう過ごすかについて、俺は何気なく『この街で待つ』と言ってしまった。


よく良く考えれば、魔物である俺が人の街で1週間過ごすなんてギルドマスターという立場からすれば、難しい問題だと分かった筈だが⋯⋯面目ないな。



「考えがある。多少、窮屈な生活となるだろうが⋯⋯」


「いやいや、米さえ食えればイイ。そっちの都合に合わせる」



俺の言葉にガバンは頷き、ポケットから黒い何かを取り出した。恐らく魔導通信だと思われるソレを片手に、何やら操作をしかけたが、ふと何かを思い出した様に中断する。


その行動に俺が疑問を浮かべていると、こちらを向いたガバンは軽く笑って口を開いた。



「知り合いの冒険者が、この街に別荘を持っているのだ。しばらくは、そこで世話になるといい」


「⋯⋯⋯⋯」



絶っっ対に、今の動きって『連絡入れとこうかなー?⋯いや、アイツなら別にいいか』の動きじゃん。ギルドマスター怖えー⋯。俺が上司とかにソレやられたら嫌いになるわ、うん。


⋯⋯まぁ他にアテないし、お世話にはなろうと思うんだが。



「分かった、宜しく頼む」


「うむ。くれぐれも、住民達を怖がらせぬ様にな」



俺が差し出した手を、ガバンも握って返した。

握手、という文化がコッチの世界にもあってよかったな。やっぱり、こーゆーのはイイ。



「よし、そうと決まれば案内しよう。念の為、そこの外套を着てくるといい──⋯」



〜現在〜



「はーい!」



案内された別荘から出てきたのは、桜色の髪の女の子だった。

多分⋯⋯15歳くらいか?うん、幼い感じだ。何気に、この世界に来てから初の女性。⋯⋯あ、幼女はナシ。



「サンクイラ君、彼はいるかね?」


「あっ⋯⋯えーっと⋯⋯」



おや、なんかイヤそうな顔。

ガバンの言う『彼』が苦手な感じか、もしくは『彼』はガバンと会いたくない感じか⋯⋯なんか理由があるっぽいが、乗り気では無さそうな顔だな、ありゃ。



「⋯取り込み中かね?君でも構わんが⋯⋯」


「えっと、実は─⋯」



ふむふむ、今日の昼頃から様子がおかしくて?真剣な様子だから私もツッコミにくいと⋯⋯成程。まぁ所詮冒険者だな。変わり者ばっかりなイメージだし、同じ感じなんだろ(偏見)



「そうか⋯⋯いや、よいのだ。それでは君にこの子を任せよう。彼には適当に伝えておいてくれ」


「⋯⋯この子⋯?」



あっどもども。

銀槍竜ってモノです。



「え、」


「サンクイラーっ!」


「えぇ、」



あ、奥から女の人の声がする。

サンクイラちゃん、情報の多さで頭追い付いてないぞコレ。魔物が玄関にいるって事ですらツッコミどころ満載なのに。



「あっ─⋯」


「おっ⋯と」



完全に頭がショートし、バランスを崩した(?)サンクイラちゃんを、受け止める。⋯⋯ふむ、軽いな。あっ、いい香りするヤバい。



「⋯⋯どこを触っているのかね」


「⋯不可抗力だ」



たまたま、ほんの偶然で胸の端に指先が触れたくらいで、そんな目で見なくたっていいだろ。アンタは女の子にドキドキしたりしないんか。



「ぎ、銀槍竜!?嘘でしょ?!」



先程の声の主が、奥から顔を出した。

出てきたのは男女の2人組で、うち1人の男が此方に向かって大股で歩いてきている。


女の人の方は目を見開いているが、男の人は比較的落ち着いている様子だ。⋯⋯少なくとも、興奮気味に微笑しているのは不気味だが。



「銀槍竜、紹介しよう。ヴィルジール・バディスト、冒険者だ」





両雄の視線が、初めて交差した瞬間。

この日が、遠い未来において大いなる意味を持つ事を、2人はまだ知らないのであった──⋯

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