第30話・元凶。
「これで終わりよ」
「ぐ⋯ッ⋯⋯」
『彼』は地に伏せながら、『彼女』を見上げていた。
その瞳に映るのは、憎悪と憤怒。溶岩の様に煮え滾る怒りは、彼の瞳を醜く濁らせていた。
「終わりか⋯⋯これで⋯⋯」
「そう、終わり」
彼女は、腕を組みながら彼を見下ろしていた。
その真紅の瞳に映るのは、絶対的な自信と力。極光の様に靡く白い髪は、彼女の美しさをより引き立たせている。
「最後に1つだけ、聞かせろ⋯⋯」
彼は弱々しく立ち上がり、彼女に近付いた。
最早、全ての力を失った彼に対し、彼女も臆すること無く歩み寄る。
第三者から見れば、抱き合うのかと思ってしまう様な勢いで両者はぶつかった。正確には、バランスを崩した彼が、彼女の胸に倒れ込んだ、というのが正解だが。
「それで、何が聞きたいの?」
彼女は、自分の身体から滑り落ちそうになった彼を受け止めた。そして最後に慈悲として、彼の質問に答える意志を見せる。
彼は、ゆっくりと彼女を見上げた。
「終わるのは、どちらの方だ?」
「⋯⋯な」
言い終わると同時に、彼は彼女の腕を掴んだ。
その行動に彼女は驚愕したが、それは彼がこの期に及んで抵抗を試みる阿呆だったからではない。
寧ろ、このタイミングだった。
彼女が勝利を確信し、接近を許してしまったこのタイミングを狙っていたのだ。
「終わりだ、■■■■」
⋯⋯⋯⋯──────────ッッ!!
「⋯⋯!?」
私は飛び起きた。
どうやら嫌な夢を見ていたようだ。頬を一筋の汗が伝っていくのを感じると、余程うなされていたのか。
「⋯⋯いい加減、あのコに真実を伝えるべきなのかな」
空に浮かぶ満月を眺めながら、溜息を零す。
あのコが強くなるのは、結果として希望にも絶望にもなりうる。
私は弱い。
そして日に日に強くなるあのコに、心のどこかで怯えている。
⋯⋯なんとしても、なんとしてでも──⋯
「さぁ!今日もベルトンに向けて歩くぞ!」
「クエーッ!」
⋯──コチラ側に来てもらなくては。
NOW LOADING⋯
「⋯⋯今のが、ギルドが出した結論だ」
ガバン・ビンゴールは、音を殺した様な声で言った。
一言、一言を躊躇する様に放ったのは、目の前にいる冒険者達の暴動を予知したからだ。
「巫山戯んなよテメェッ!」
「前回は妥協したが⋯⋯今回はそうはいかんぞ⋯!」
まずはソールが怒号を上げ、続いてハクアが。
しかし、冷静で沈着なハクアの言葉にすら、その声には多大な怒りが籠っていた。
彼らだけでは無い。
この場にいるゼクス全員が全く同じ怒りを覚えている。唯一、冷静を保っているのはヴィルジールただ1人。普段大人しいシルビアですら、その眉間にシワが出来るほどに怒りを露わにしていた。
「ちょっと⋯!どういう事か説明はあるんでしょうね!」
1歩前に出たシルビアを、ヴィルジールは止めない。
今回ガバンから話された内容は、ゼクス達にとってあまりに理不尽だった。
それは、ヴィルジールが他ゼクスの暴走を止めようとは思わない程に、酷く理不尽な内容。
〜数分前〜
緊急招集としてガバンの自室へと呼び出されたのは、ゼクスの7人。随分と緊迫とした招集内容に、全員が此処に飛んできた。
ガバンは全員が集合したのを確認すると、
「皆、落ち着いて聞い欲しい」
と、一言添えてから、話を始めた。
それはこの前の合同訓練の後、自室に戻ったガバンが気付いた事。
例の、魔物の軍勢総数の増加についての内容だった。
あの日から3日後、ようやく大規模魔力感知の発動が可能になり、即刻魔軍に向けて放たれた。
結果、魔物の総数は1200体から約3000体にまで増加。
ガバンの“想定通りに想定外の事態”になった。だが、問題はその後。
事態を把握したギルド側だったが、投入する戦力は現状維持だと判断したのだ。ここ最近になってようやく連携らしい動きが完成してきた、という段階でのこの一件。
ガバン予想通り、この話を聞いたゼクス達は暴走しだしたのだった。そして、話は冒頭に戻る。
「参加する冒険者達の数に対し、あまりに負担が多すぎます!」
ついにはサンクイラさえ、ガバンに詰め寄った。
ゼクス達に囲まれたガバンは、返す言葉もないのか黙り込んでいたが、しばらくすると、意を決した様にある事を打ち明けた。
それは、極秘に強力な増援が来るとのこと。
そしてその増援は現在、ここベルトンに向かっているとか。増援の詳細は頑なに話そうとしなかったが、強力な戦力になるのは間違いないと言う。
何故、極秘なのか?何故、増援の詳細を教えられないのか?
ハクアが問い詰めるが、こればかりは増援到着後に詳しく話がしたいとガバンは粘った。ガバンの言い様からして、かなりの腕利きの増援らしい。
ハクアは最後までネチネチと言っていたが、最終的には全員が納得する結果となった。ゼクス達にとって1番意外だったのは、早い段階でソールが納得した事だ。
破天荒なソールが納得した理由は1つ。
ギルドマスターという者が、そこまで言うヤツらはどれ程実力を持っているのか、是非試してみたい⋯⋯という、あっ(察し)な感じだった。
もっとも、その事に気付いているのは、彼と付き合いの長いヴィルジールとシルビア辺りだけだが。
「今回、何故にギルド本部がこのような判断をしたかについてだが⋯⋯」
どうにか収まったゼクス達に、ガバンは険しい表情で言った。
ゼクス達の暴走は収まったものの、未だにギルドの対応に関しての補足をしていない。ここで完全に納得させなければ、再び再燃するかもしれないと、ガバンは危惧していた。
そしてそれ以上に、この話題には触れたくない。
それ故、ガバンは数秒間を置いてから、顔を曇らせつつ厳かな声で発した。
「──魔王」
この単語を聞いただけで、全てのゼクスは察した。
ここまでギルドの対応が不足していた意味、そしてこの後にガバンが放つであろう言葉を。
「⋯⋯奴の動きが近年活発化しているのは、君達でも知っているだろう。もはや、例の白龍でもいつまで抑えていられるのか分からないのが現状だ。
このため、現在ギルド本部は徹底して人員の確保を優先している。⋯⋯分かってくれ、全ては人類存続の為の準備なのだ」
「「「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」」」」
ガバンの話をゼクス達は静かに聞いていたが、彼らもガバン同様に表情は険しく変化している。初めにガバンが顔を曇らせたのは
納得してしまうのだ。
この話を聞かせれば、どんな冒険者が相手だろうと黙らせられてしまう。ガバンは、魔王の話題を出すのを嫌っていた。
ゼクス達の言い分は正しい。
1000という魔物の数に対して、対応する冒険者は70と少し。当初の段階で戦力差が問題視されていたが、現在の魔物の総数は3000。
この現状を踏まえて尚、ギルドは人員を増やしはしなかった。⋯⋯こんな理不尽にも関わらず、魔王という話題を出せば納得させてしまう。
ガバンは、魔王を嫌っていた。
「⋯⋯だったらよォ、今回の魔物の増加についても魔王の野郎が関係してるんじゃねぇのかよ?」
「そこだ。⋯⋯そこが全ての謎なのだ」
ソールの質問に対して、ガバンは食い気味に答えた。
ここまでの異常事態、魔王程の者が介入していなければ起きうるはずが無い。だが、それはありえないという事実が確定している以上、事態の発端を特定する事は難しかった。
「それに、前にも説明した話ただろう?増加した魔物の内訳について⋯⋯」
初の合同会議の際、ゼクス達がギルド側の情報不足を指摘した時の事。あまりのギルドの対応の雑さに、事情を聞いたハクアに対して、にガバンが行った説明。
『それは、観測された軍勢が、現存する魔物ではなかったのが原因だ。全てが新種の魔物で、ギルドとしても判別に至らなかったのだ』
これを聞いた大半は呆れていたが、魔物の総数が3000体に増加して尚、増加した全ての魔物が、ギルドの誰も見たことの無い魔物達だった。
信憑性が格段に高まる話に、ゼクス達は頭を抱えた。
そんな事がありえるのか。この数の新種が、このタイミングで、ここまで厄介になってくるとは。
「俺達にも限界がある。⋯⋯ツエン達全員を生かして帰せる保証は無い」
ガバンの話に納得はした。
⋯が、それでも異常過ぎる事態にゼスク達は動揺していた。
「だが⋯⋯」
先の読めない展開に悩むゼクス達に、ガバンは険しい表情を解いて口を開く。この異常事態に冷や汗を流しながらも、口元を緩ませてガバンは言った。
「それを覆せる程には、増援は心強いぞ」
ニヤリと笑うガバンは、ある事を思い浮かべていた。
それは、とある魔物について、ごく最近入ってきた情報による余裕からくる笑みだった。
彼のテュラングルとの最終接触後、ギフェルタを去ったアイツは、大幅に力を増していた。
⋯⋯にわかには信じがたいが、ヤツが放った攻撃で山に風穴が空いたとか⋯⋯
(これは言えんわい。⋯⋯私の言う増援が、たった一匹の魔物などとは)
⋯⋯だが、目の当たりにすれば、ゼクス達と言えど信じるしか無いだろう。あの銀槍竜の実力を、目の当たりにすればな──⋯⋯
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