第29話・道。
「〜〜♪〜♪」
「ピィ〜♪」
〖フンフフーン♪〗
ギフェルタを出発してから、はや10日。
俺が無意識にしていた鼻唄を虎徹と精神内のショタゴンが覚えたらしく、今はパートごとに分かれて唄いながら旅を満喫している。
ここ最近は、歩きながらこっちの人間社会のアレコレ色々学習をしている。なんか、こうしていると学生時代を思い出して楽しい。
幼女の手紙について、発見もあったしな。
定期的に更新される手紙は、様々な情報を俺に与えてくれるのだが、手紙の余白に質問などを記載しておくと、どうやら向こうに伝わるらしい。
お陰で、かなり助かっている。
今の所、判明している事についてまとめてみよう。
その1『通貨』
これまぁ前世とおんなじだな。
国や地域によって、デザインとか価値は変わる。ただ、この世界での使用通貨は大きく分けて3つ。
流通率1位の『ゼル』。前世のドルだな。
流通率2位の『ウォノ』。一部地域で使用される。
そして⋯⋯『エン』。俺も詳しくないが、様々な基準として活躍しているらしい。例えば100エンは、ゼルだったら110、ウォノだったら50⋯⋯みたいな感じだ。
どんな世界でも、こーゆーのあるんだな。
エンに関しては、もう円でいいか。
その2『技術力』
まずこの世界は、雰囲気としては中世ヨーロッパ風だという。
ただ魔法というエネルギーが存在する為、そこんとこの技術力を踏まえると、割と現代にも近しい。
例えば、魔力の放出を推進力にして動く列車や船、魔力の伝達を利用した魔導通信、夜道を照らす魔力の灯りとか、な。
その3『歴史』
ここの勉強はかなり楽しかった。
学生時代は社会科の授業が好きで、必要以上にノートをとったのもよく覚えている。
まぁそれは置いておいてだ。
この世界にも色んな時代があったワケで、戦争とか、国の誕生とか、殆ど前世と同じだった。
しかし、やはり魔法という概念が存在している以上、前世とは多少なりとも違が生まれる様だ。
⋯⋯特に、争い事に関しては。
戦争に魔法を使うのは当たり前。前世のこの時代にも戦闘機や戦車はなんて存在しないが、竜に乗って爆撃するなど、工夫があったらしい。
全く、どんな世界でも戦争は嫌だな。
その4『文化』
ここが1番重要なトコだ。
向こうには無い職業⋯⋯冒険者。そして、そこから派生した魔物の生態調査員や、ギルバトの様に悪い冒険者を調べ、捕らえる機関。
冒険者なんて、その名の通り冒険しながら、たまに出くわす魔物の討伐をする感じだと思っていたんだが⋯⋯どっちかと言うと、魔物の討伐が専門の仕事っぽいよな。たまったもんじゃあないぜ。
まぁ冒険者達も無闇矢鱈に魔物を殺す訳ではなく、人に対して有害な魔物を対象に動くらしい。
畑を荒らされる程度だったら、撃退。
人畜に被害が及んだ場合は、撃退or討伐。
人間に著しい被害が及んだ場合は、討伐。
稀なケースとして、レアな魔物は捕獲⋯⋯なんてのもある。
捕獲に関して違法ギルドと違うのは、違法ギルドは無断で捕獲した魔物を殺して素材を売ったり、見世物にしたりをする。
これに対して正規なやり方は、捕獲できる条件を満たし、尚且つギルドに申請があった場合にのみ許可されるって訳だ。一般冒険者では勿論、許可なんてされない。大抵、研究機関に所属する冒険者限定だ。
更に、捕獲後はしっかりと自然に戻すのが決まっている。
いやぁ、助かるな。⋯⋯まぁ捕獲される気はないが。
この話のミソは、人間に被害を出さなければ、手荒い手段は取られないってところだ。現在進行形で人の街に向かっている俺からすれば、極めて大事だな。
街に着たらまず、意思の疎通ができる事をアピールするべきかな。
「クエ!」
「っと、そうだな。昼飯にするか」
長考に浸っていた俺を、虎徹は腹が減ったと鳴いて引き戻した。実際には鳴き声を上げただけだが、まぁこんだけ長く過ごしてりゃあ、言葉無くとも分かるってもんよ。
「さて、何があるか⋯⋯」
俺は台車を止め、荷台を漁った。
肉は今朝に確保済み、道中の木に実っていた柑橘っぽい果物、ハーブっぽい草⋯⋯うし、昼食は肉の柑橘ハーブ焼きでいいか。
では、早速。
金属操作で、四角い箱を生成。上部に穴を開け、その中にそこら辺の葉っぱや枝を入れる。適当に生成した金属の棒を鉤爪で擦れば、火花が発生して着火。
最後に、穴より一回り大きなフライパンを作って⋯⋯
──ジュウウウウ─ッ!!
ぐお〜これはイイ香りだ。
ハーブと柑橘を適当に入れただけだが、ここまでとは。⋯⋯あ、閃いた。ここに※ニンジャーを入れれば、更にイイ感じになるのでは?
「ほいっと、」
あーハイ、大正解。
ハーブと柑橘の爽やかさと、ニンニクのガツンとした香りが合わさっている。俺好みの匂い、控えめに言って最高。
「クエェエ──ッ!!」
「おーよしよし、お前も分かるか」
もう辛抱ならん、早く食べよう。
虎徹も興奮気味だし、ぶっちゃけ俺もだ。実を言うと、俺は今朝の飯をは食べてないんだよな。勉強に夢中になってしまって、うっかりこの時間だったし。
「いただきます」
「ピャッ!」
う〜〜んまい。
ジューシーな肉、甘い脂、それを包む爽やかな風味と、アクセントのニンニク⋯⋯あー、米食いてー。
〖おいひぃー!アカシってホント天才だよね!〗
(だろ?俺ってば天才なんだよ)
誰であれ、俺の料理を喜んでくれているのは嬉しいもだな。
⋯⋯いや、俺もコイツも同じ身体なんだし、俺が美味いと思うものはコイツも美味いと感じているって事か?
うーむ、考えるだけ面倒だな。
今は食事に集中しよう。
〖ね、アカシ?コメってなぁに?〗
(米?)
〖そう、さっきからアカシが考えてるコメってなんの事?〗
(うーん、そうだな⋯⋯。この料理が、更に美味しく食べれる様になる、魔法の食材だな)
〖えぇーっ!?〗
おー、すごい食い付き。
いつか食わせてやりたいな。というか俺も食いたい。⋯⋯前に幼女に米を要求して断られたのはここだけの秘密だ。存在はあると教えてくれたが、彼女は彼女で忙しいらしい。
テュラングルは教えてくれなかったが、一体、何と戦っているのだろうか。少なくとも、彼女が戦っているという事は、俺を転生させた老人も戦っているって事か。
同じ存在っぽいというか、俺を支援してくるし。
幼女の方がコンタクトしてくるって事は、彼女はあの老人の使いか何かなのだろうか?
確か老人は、俺に『使命』があると言っていた。
世界の均衡がどうとか、君臨者がどうとか⋯⋯
幼女はどうだったか。
老人と違って、大袈裟な言い回しというか、世界がどうのとは言われた事ないが⋯?
「⋯⋯⋯⋯もしや⋯?」
俺は、とある可能性を思い浮かべた。
何のことは無い、ちょっとした可能性。
だが、仮にこれが当たっていたとしたら、テュラングルや幼女が戦っている相手って⋯?
老人は言った。『やるべき事は自ずと見えてくる』と。
そして、幼女は俺に『頼み事』⋯⋯
(まさか、な⋯⋯)
俺は、脳裏に過ぎった可能性を振り払った。
考えるのも面倒だったし、長考になってしまそうだったのもあったが、なにより答えを見出してしまったら⋯⋯
俺は、無心で食事を続けた。
脳裏にこびり付いたモノを、忘れようと──⋯
NOW LOADING⋯
──ガキンッッ!!
金属同士の衝突音と共に、激しく火花が散る。
片や、細い彫りの装飾が施された紺金の太刀。
片や、刀身に歴戦の古傷が刻まれた緋黒の両剣。
退治するは、冒険者の中でもゼクスと呼ばれる実力者2名。
ゼクスの中でも、特に統率力に秀でたヴィルジール・バディスト。高いバトルセンスをギルドに買われ、ツエンからゼクスまで数ヶ月で到達したシルビア・アーレン。
「そ、そこまで!」
迫真の鍔迫り合いを、遠くから止める声が。
2名が振り向くと、サンクイラが両腕を大きく振って合図を出していた。彼女を含めるゼクス達の背後には、多くのツエンメンバーが目を見開き、呆然と立ち尽くしている。
「なんだよ、いいトコだったってのに⋯⋯」
緋黒の両剣を肩に担ぎながら、ヴィルジールは愚痴を零した。
サンクイラ達の方へ歩くヴィルジールの横に並び、シルビアは納刀しながら後ろを見る。
「ま、仕方ないわよ。いい加減、この訓練場が持たない所だったし」
ここはベルトン・特別訓練場。
その名の通り、ベルトンの街外れにある訓練場で、冒険者の中でもギルドランカーしか使用が許されない、特別な場所である。
通常の訓練場と違う点は2つ。
1つは、その広さ。テニスコート程の広さの通常訓練場と比べ、その差はおよそ30倍。例えるなら、サッカーコート程の広大な面積を有している。
2つ目は、使用可能器具だ。
通常訓練場では、武器に見立てた木製の棒や、弓や魔法の練習台として簡易なマト。その他、負荷を増やす為の重りや、武器を振るうフォームを見直す為の鏡などが設置されている。
対して、ここ特別訓練場において使用出来るのは、己の身体と武器のみ。つまりは『超実戦的訓練』が可能なのだ。
存分に身体を動かし、存分に武器を振るう。
それだけを目的として、作られたこの訓練場。使用する者は、大抵がステータスオバケの冒険者達の為、ギルド側も最大限に地面の補強等を施している⋯⋯
⋯⋯のだが、
「全く、君達冒険者という生き物は⋯⋯」
広大な訓練場の地面に点在する、大小様々な地面のクレーターを見て、ガバンは溜息を零した。ギルド職員が数名がかりで強化魔法を施した筈の地面が、今や無惨にもズタボロになっている。
原因は、言うまでもなく先程の2人だ。
「今みたいな感じで、これからお前達には2人1組で組んでもらい、それぞれ打ち合ってもらう」
「簡単な試合って思えばいいわ。貴方達の実力に応じて私達ゼクスが指導するから、本気でやりなさい」
以前のツエン・ゼクスの合同会議にて、直接稽古をつけてもらいたいというツエン意見が多く、本日に至る結果となった。だが『見本』として行った、ゼクス2名の手合わせによる訓練場への被害が尋常では無く、ギルドマスターであるガバンは頭を抱えていた。
(訓練場の補修と強化費用の申請を、本部にしなくてはな⋯⋯)
もじゃもじゃの顎髭を弄りながら、ガバンはもう一度溜息をついた。次々と打ち合いを開始するツエン達を見届けながら、ガバンは自分らの順番が来るまで待機しているツエン達の集団に近寄った。
「ォィ、ォィ!」
「⋯⋯⋯⋯?」
ガバンは声のボリュームを抑えながら、集団の後方で腕組みをしていた男を小突いた。振り向いた男が周囲を見渡すが視界には誰も居ない。
気の所為かと向きを直しかけた男だったが、視界の下方に人影を察知して首を動かすと、訝しげに此方を覗くガバンの姿が。
「バルドール君⋯⋯分かっておると思うが、この手合わせは加減をするのだぞ?」
「んだよオッサン。俺だってそんくらい分かってらぁ」
バルドールは自身が余程信用されていないと気付き、ぶっきらぼうに返した。ガバンの言う通り、バルドールは少なくともツエンよりは圧倒的に強い冒険者だ。もし加減をせずに、この手合わせに臨んだ場合、相手に致命傷を与えかねない程には強い。
そして、バルドールの性格をある程度認知しているガバンは、釘を刺すというニュアンスで直接言いに来たのだった。
「俺だってな、今度の迎撃戦は楽しみなんだよ。自分でふいにするなんて事はしねぇよ」
「そうか⋯⋯」
ツエン達の手合わせが次々と決着し、武器種や勝敗によってそれぞれゼクスのメンバー達の元へ彼らが集合していた頃。数がはけつつある集団の後ろで、ギルドマスターと2人っきりで話すツエンの冒険者を、横目で気にしている者がいた。
(あの2人⋯⋯何話してるのかな?)
サンクイラは首を傾げた。
ギルドマスターという、街の長といっても過言では無い者が、1人のツエンの冒険者に話し掛けるなど、中々にレアな光景だ。装備が高級品という訳でなければ、武器が特殊という訳でもない。
兎に角、2人が話している理由が分からない。
ちょっとだけ近付いて聞き耳を立ててみたいが、自身の前には手合わせは終えたツエン達がいる。個人的な好奇心で、持ち場を離れる訳にはいかなかった。
「うし、サンクイラ。弓使いはソイツらで全員だ。後は任せたぞ」
「あっ、ハイ!分かりました!」
ヴィルジールの指示のもと、サンクイラは自身の元へ集まったツエン達の誘導を始めた。特別訓練場を出るタイミングで、チラリと例の2人へと目をやるが、やはり何かを話している。
最後の最後まで2人の様子を気にしていたサンクイラだったが、結局やりとりの内容は聞き取れず、特別訓練場を去ったのであった──⋯
NOW LOADING⋯
「⋯⋯さて、君で最後だな」
「ハイ!よろしくお願いします!」
日が傾き始めた頃、全てのツエン達の試合が終了し、最後のツエンがヴィルジールの元へ到着した。結果として、
太刀の指導役はシルビア。
ハンマーの指導役はソール。
弓の指導役はサンクイラ。
魔法の指導役はハクア。
その他、基本的戦略の指導役はヴィルジールをゼクス含めた3名によって行われる事となった。
ヴィルジールの元に集まったのは、先程の試合で優秀な成績を残し、武器指導の必要性が低いと判断されたツエン達。そしてその中には、バルドールの姿もあった。
(⋯やっぱり、ツエンに留まっているにしちゃあ、実力があり過ぎるな⋯⋯。試合では力を抑えていた様子だったが⋯⋯)
バルドールの試合は、傍から見れば至って普通の試合だった。
初手から受けと回避に専念し、隙を見て反撃。最後には、相手の木刀を弾き飛ばして決着⋯⋯
確かに普通だが、ヴィルジールはバルドールの動作にいくつかの疑問を持っていた。彼は、不審な程に動きに無駄が多かったのだ。
1歩下がれば躱せるであろう一撃を派手にバックステップで躱したり、攻撃を受ける際も、やたらに長時間鍔迫り合う。
明らかに、実力を抑えて戦っていた。
(⋯⋯つまり、実力を隠す必要があるのか⋯?)
そのヴィルジールの考えは当たっていた。
バルドールからすれば、ツエンのメンバーとして紛れ込んでいる以上、下手に実力を晒して目立ってはいけない。
最悪の場合、楽しみにしている迎撃戦に参加できなくなってしまう。⋯⋯しかし、逆に言えば理由はコレだけだった。
だが、事情を知らぬヴィルジールからすれば訝しむのは当たり前の事。未だ謎多きツエンの男を、集団の後方で腕を組んで呆けるあの男を、ヴィルジールは静かに見つめたのだった─⋯
⋯─そして、当のバルドールはというと。
(ちっ、よりによってコイツの集団に来ちまったぜ)
以前の会議の際、恐らく実力を悟られたと思っていたバルドールは、内心舌打ちをした。本来であれば、誰のどこでも良かったのだが、あの一件があってからでは事情が違う。
ヴィルジールの所だけには来たくなかったのが、バルドールの本音だった。試合では実力を隠したつもりだったが、彼の性格上、負けてその場を流す⋯というのは癪だった。
結果、想定できる範囲内で最悪の事態になっていた。
少しでもヴィルジールと距離を空けたいバルドールは、ツエン集団の後方に居座って、適当に話を聞いているのであった。
「じゃ、早速だけど始めさせてもらおうかな!」
元気よく声を上げたのは、ゼクスの1名。
集団の前に大きなボードを引き摺りながら、彼は挨拶を始めた。
「僕はシュレン。シュレン・バナフ。ゼクスの中では、頭脳派って自称しているよ!」
シュレンの軽いジョークに、緊張気味のツエン達から幾つかの笑顔が生まれた。基本的に馴れ合いに興味の無いバルドールだが、暇というのもあり、今は人間観察に専念していた。
あのシュレンという冒険者、歳の程は20前後の若者。
黒髪のツーブロックの様な髪型、同じく瞳も黒いが、左眼は失明しているのか、色が抜けている。
比較的小柄で、筋肉の付き方も一般的なゼクスメンバーと比較してヒョロいが、彼の言う通り頭脳系で直接戦闘はしないタイプと見ていいだろう。
防具は鉄と魔物の素材で造られた、はっきり言って安物。
使用武器は槍⋯⋯というより薙刀。刃部が紫色の魔力石で作られているのをみると、切り付けた対象に何らかの効果があるのだろう。
まあ、普通に好青年。
どちらかと言うと中性的な顔付きだ。
「じゃ、続いて君も挨拶よろしく!」
(⋯⋯ほぉ、コイツぁ⋯⋯)
シュレンがボードを設置しながら、もう1人のゼクスへ声を掛けた。軽く頷き、集団の前に移動する人物に反応したのは、バルドールを含めた、男性ツエン達だった。
「アタシはニナ。ニナ・ソルディー。⋯⋯まっ、ゼクスの中では1番の美女ね。よろしく」
成程、自称するだけの顔だ。
シュレンよりは、数歳上に見える雰囲気。恐らく、20半ば程。腰辺りまで伸びた紅桃色の髪を、首下で1つに束ねて靡かせるその姿は、どのタイミングで切り取っても絵になるだろう。
つぶらな赤瞳、身長150cm程の小柄さ、白いワンピースの様な軽防具⋯⋯ここまでの情報だけならカワイイ系なのだが、声質と、腰に片手を当てて振る舞う様子は気品も見受けられる。
身に付けている武器は白銀製の二対の刃。
さしずめ、双刃と言ったところか。
武器をよく観察すると、何やら仕掛けがある様だが、バルドールの位置からでは残念ながら解明には至らなかった。
(ニナか⋯⋯悪くねぇが、俺はシルビアの方が好みだぜ)
頭装備の奥で、二チャリと笑う43歳のオッサンの図。
⋯⋯と、言うのは置いておいて。
「今回は、僕とニナ、そしてヴィルジールさんを軸に話を進めさせてもらうよ。ま、基本的に1番ベテランのヴィルジールさん中心だけど」
「俺は⋯⋯まぁ、名乗らなくてもわかるか。自分で言うのもアレだが、人気だしな」
軽い笑いが生まれた後、シュレンがボードに図を描き始める事から戦略会議が始まった。
かくして、迎撃戦に向けた冒険者達の戦闘準備が更に加速していく事になる訳だが、例の銀槍竜がこの事を知る由は─⋯
「⋯─それでは聞いて下さい。燗筒 紅志の鼻歌で『シング・シング・シング』」
「クェエエ──ッ!!」
〖わはぁあ──っ!!〗
⋯ね?
NOW LOADING⋯
「⋯⋯うーむ⋯」
ゼクスとツエンの連携強化の確認が済み、自身ができる作業を終えて自室へと戻ったガバンは、椅子に座って頭を抱えていた。机に両肘をついて悩む様子は、とても長とは思えぬ姿だ。
「⋯⋯急に増えた200体の魔物、魔王の関与はナシ⋯⋯」
彼が考えていたのは、先の合同会議で指摘された内容だった。
正体不明の200体⋯⋯種族さえ把握出来ないのは、奇妙過ぎる出来事だ。何故、魔物の軍勢の進行ルートに一定間隔で配備している観察員の全てが、その200体に気が付けなかったのか。
初めに把握できたのは、魔軍に向けて定期的に放たれる、大規模な魔力感知のお陰だった。人の目の届かない領域まで偵察できる魔力感知だからこそ、この増加に気が付けた。
しかし、この大規模魔力感知には、所謂『充電』が必要。
稀にしか放てないからこそ、人力で常に監視していたのだ。そして200という数字の増加を、人間が完全に見落とす筈がない。
だからこそ、謎なのだ。
(⋯⋯以前、大規模魔力感知を行ったのは1ヶ月前だったか⋯)
その時の数値を、前回と合同会議で発表した訳だが⋯⋯
⋯と。
この考えに至った途端、ガバンの時は止まった。
次に呼吸する間に部屋を飛び出した彼の額には、大粒の汗が大量に吹き出しているのだった。
(くッ⋯!私としたことが、何故早く気が付かなかったのだ!)
200体の増加、という情報に固執していたギルド側は、一刻も早く冒険者達に伝えようと書類を作った。
しかし、それはあくまで1ヶ月前の情報。
では、未だに200体だけの増加で済んでいるのか?
いいや、そんなはずは無い。
前回たまたま確認できたのが200体という数値だっただけで、今は更に⋯!
「私だ!ガバンだ!
冒険者ギルド、ベルトン支部、ギルドマスターのガバン・ビンゴールだ!大至急、例の魔物の軍勢に大規模魔力感知を放ってくれ!⋯⋯⋯なに、魔力残量不足?なんとかしろ!兎に角、今すぐだ!」
ガバンは、魔導通信を片手に声を荒らげた。
長年ギルドマスターをやっていたお陰で身に付いた『勘』。それが今、ガバンの中で大音量で警鐘を鳴らしている。
通信を切ったガバンは、荒れた呼吸を整えようと窓際に立って深呼吸をした。ガラスに反射する自身の顔を見て、拳を握りしめる。
もっと早くこの事に気付けていればと。
そもそも、全てがイレギュラーだったのだ。王都を守っていた結界が爆発によって崩壊したとはいえ、魔物達がそれを感知し、集結し、進撃を開始するまでの時間が、あまりに早すぎた。
そして、今回の件。
もしかすると⋯⋯何らかの『手引き』をしているヤツが存在しているのか。
(⋯⋯⋯くッ、今は事実の確認が先決だ⋯!)
窓の外、ガバンが睨むその先────
────────⋯⋯⋯⋯街を越え、
──────⋯⋯⋯森を越え、
────⋯⋯山を越えた先、
「「「「「「「「「「オオォオオオオオオォオオオォオォォオオオォォオオオオオオ!!!!」」」」」」」」」」
大地を、天空を、全て覆い尽くす無数の魔物が、雄叫びを上げながら進軍をしていた。
そして、その遥か上空で、彼らを見下ろす一つの人影が。
「⋯⋯⋯⋯⋯。」
影は、
静かに、
消えていった──
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