閑話 白い日に舞う花びら《後編》
どうせならと、露店で買った戦利品(食べ物やドリンク)を持って大きな河津桜の下に二人で座る。
スポーツ観戦用に買ったオレンジ色のエアークッション二つの内一つをたえに渡すと、俺に礼を言ってから、待ちきれないとばかりに熱々のベビーカステラを一つ頬張った。
「こら、慌てすぎだぞ」「だって、待ちきれないし……」「まぁ、お腹鳴ってたしな」「それ言う?まことには、あげないベビーカステラあーげなーい!!あー美味しいなぁ熱々のベビーカステラ美味しいなぁー!!」「なんだよー、一つだけいや、ちょっとだけで良いから、たえ様お許しをー!!」2人で、じゃれ合いながら、ふざけながら食事を始める。正直、ベビーカステラが凄く食べたいか?と言うとそうでも無いのは置いておいて二人で笑いながら食べる食事は楽しい。
「ケバブサンド美味しそう!!一口ちょうだい?」
案の定起こった、たえの一口ちょうだい攻撃に苦笑いしながら、「ほぅそこまで言うなら分かっているのだろうな?」芝居がかったセリフを吐けば、「心と体は許しても、このベビーカステラだけは……」同じく芝居がかったセリフで返してくる。
「愚かな、もはやお前の心も体もベビーカステラも、すでに私の物だと言う事は分かっているのだろう?」
たえは口元に手を当てて「貴方はいつもそう!!平気で私とベビーカステラをもて遊ぶのね?」そして、よよよと芝居する。
「ならば、ケバブサンドはどうでも良いと?」
「うーん、たっべゆー!!」パクりと美味しそうにケバブサンドに食い付くたえ。
「ベビーカステラ温かいと、こんなに旨いのな!?」
「このお肉美味しいー!!」
「だろー!?」
……何となく視線を感じて二人で、辺りを見渡す。なんだ?この視線?
俺達の様に桜の下で食事をしていた沢山の人達が一瞬にして……目を反らした。
あー、これみんなに見られてた奴だー!!
たえと顔を見合わせて……。ゴホンと咳払い一つ。
「桜……綺麗だな?」
「えぇ、夜桜が風に舞って……まるで桃色の雨が降っている様で……」二人、ふーっと、ため息二つ……。
「今さら!?」「ふざけんじゃねぇ!!散々いちゃつきやがって!!」「ねーねーママーあのお姉ちゃん達チューするのー?チューしないのー?」「こらっ、あっち見ちゃいけません!!」「OK今から、ここらの桜燃やして来るわ……」「わーっ、早まるなー!!」「いちゃつくなら、静かにやんな!!」
すみません、ちょっと怒られました。
まぁ、その後他の花見客から、面白かったぜーとか、コントみたいだったとか、大笑いして許してくれました。お弁当とか分けて貰ったし。
その後、食事も終わり、ゆっくりと二人公園を歩く。少しアルコールも入って赤くなった、たえの横顔と桜の花を眺めながら過ぎていく時間を惜しんでいると、じっと俺の見つめている、たえの視線に気付く。
「どうした?」言葉少なく問い掛けると、そっと俺の左腕に自分の額を押し当てる、俺の最愛の人。
「楽しいね……」小さく呟いた、たえ。
「楽しいな……」小さく呟いた俺。
「やだな……」普段、聞き慣れない、たえの寂しげな声に、思わず「どうした?」と聞くと、
「今日が楽しければ楽しいだけ、明日が嫌なの」寄りかかった、たえの重みが少し強くなった気がする。俺はその重みをそっと胸に変えてその肩を抱き締めた。
「お前、比較的学校では、うまくやっていなかったか?」
「そりゃ先生だもん、頑張ってるよ」
「お前が頑張ってるのは良く知ってる、珍しいなと思ってさ、弱音はくの」
「ダメ?」
「なわきゃ無いだろ?」抱き締めた腕を、少し強くする。
「お前は、頑張りすぎなんだよ。」
「だって……」
「何だよ?」たえが話すたびに胸元か少しくすぐったくて、何となく笑えた。
「やる事いっぱいだし、他の先生達みんな優しいし、生徒達と色々頑張るの楽しいし……」
「だから無理し過ぎちゃうのか?」
「それはあるかも……でも、一番辛いのは、学校には隣にまことがいないんだもん」たえの言葉に、「そっか……それは無理だな」と一言だけ呟くと、ポンポンとあやす様に背中を叩く。
『二人で教師になれたら良いね?』遠い日の約束、俺のせいで叶わなかった約束。俺には果たせなかった言葉……。だから、少し寂しいけど
「今は、隣にいるから……」
「……うん、こうしてて良い?」
「今日はホワイトデーだから。だから女の子は好きな人に甘えて当たり前の日なんだ」理屈もよく分からない、ただ、たえが他の人には見せない顔を俺にだけ、見せてくれるのが、ただ俺に甘えてくれるのが、少し嬉しくて……。
「たえ……」何かと思い顔を上げる恋人に、俺はジャケットのポケットから小さなグレーのジュエリーボックスを取り出す。
「えっ?あっ?まさか、ゆっ指……!!」口元を押さえて慌てるたえ。
「あっいや違う、違う!!指輪は別の機会に……」俺の取り出したジュエリーボックスを勘違いさせてしまった。
焦りながら、これは別の物と弁解する。
彼女が少しがっかりして見えるのは、俺の気のせいだろうか?
「これ、俺の感性だから、似合うかは分からないけど……嫌だったら許せ」ボックスを開けて中に入っているネックレスを見せる。
「可愛い!!可愛い!!」嬉しそうに、それを取り出すと目の前で掲げる。
それは、ピンクゴールドのチェーンに一輪だけ咲いた桜の花。
花弁の部分には、たえの誕生石、青いサファイアをあしらって貰った。
桜の花言葉は 『純潔』とか『精神的な美』とか言うらしい。一応、その辺も考えて見たけど、正直そんなのはどうでも良い。
その可憐さに、たえが身につけた時のイメージに一目惚れしてしまった。
「どう……かな?」赤面しながら言った言葉は、たえにはどう聞こえたのだろうか?
たえは、小さく微笑むと一言、「着けて」と言った。
「あ……あぁ……」少し狼狽えながら、たえの黒髪をかきわけると白くて細くて首筋にピンクゴールドのチェーンを回した。
少し、お酒の匂いとたえのミルクの様な甘い匂いが混ざって妙に、落ち着かない。後ろの留め具を二三回失敗しながらようやく着ける事が出来た。
「どう?」嬉しそうにネックレスの桜の花を持ち上げるたえ。
「うん、やっぱり思った通りだ」
「思った通り?」
「このネックレスを見た時、このジュエリーはたえに着けて欲しがってるって思ったんだ」俺は目を細めて、優しく笑うたえを見る。
「おっと、これも一応渡しておくよ」グレーのジュエリーボックスを渡すと、たえは大事そうにそれを胸に抱える。
風が、強く吹いた。
風はたえの長い黒髪と桜の花びらを散らしながら小さく舞った。
「帰ろうか?」「うん……」たえが、嬉しそうに俺の胸元に頭を寄せる。
いつか、たえは気付いてくれるだろうか?ジュエリーボックスの上蓋の裏側に書かれた英文に……。
小さく金色の筆記体で書かれた言葉の意味に……。
I will give you a love that will never fade……
散る事の無い愛を君に……。
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