恋人と婚約者って、どう違う?3

「まこと、お前夜の町中で美女とキスしてたんだってな?」少し低めのバリトンボイス、悪く言えばドスの聞いた声、昔からアカギ兄さんの声は、頼もしくて少し怖かった。


「ちょっ!?アカギ兄さん、何の話だよ?たえ?誤解だぞ?俺はそんな事した覚え無いからな?」身に覚えも無い話に、かなり狼狽えながら、信じてくれと思わずたえの両手を握りしめた。


「まこと……もしかして、またなの?」 必死に弁明をする俺をジト目で見て、しばらく考え込むたえ。


 「おい……またって何だよ?」あっ、たえの奴無視しやがった。


「……ねぇアカギ兄ちゃん?何で、そんな話知ってるの?」確かにそうだ、一体誰にそんな話聞いたんだ?


「そうだよアカギ兄さん、一体これは何の話何だよ?」


「あっ?たえからに決まってるだろ?」アカギ兄さんは、狼狽えている俺を見て不機嫌そうな顔をしている。


「たえ?何の話なんだよ?俺は、身に覚えは無いぞ?」


「うーん多分、あの話の事なのかな?でも、私誰にも話してないし……」


「ちょっと待て、あの話って何だ?本当に身に覚えが無いぞ?」良く分からないが、夜の町中で美女とキスした事なんて……。

「えっ?あれの事?」


「おっ思い出したね?まこと君?」たえがニヤリと笑って、こちらを意地悪そうに見た。


「あのな!!もう一年以上前の話だし、お前には説明しただろ!?」思い出したくも無い話を思い出させやがって。


 多分、たえの言う話は、俺達が付き合う前、約一年位前の話だった。


 何て事は無い。会社の部署の転属の歓迎会の帰り道、酔った同僚の美人さんに、頬にキスされてホテルに誘われそうに、いや連れ込まれそうになったのだ。そこを偶然、俺のマンションに行くつもりだった、たえが目撃されてしまった。勿論、未遂何にも無かったからね!!


 おかげで、この話は拗れに拗れ、たえの架空の結婚騒ぎにまで発展して、大騒ぎをした挙げ句、何処に出しても恥ずかしく無いバカップルが誕生した訳だったのだが……。


 あの話の事じゃないのか?大体あれは酔った同僚を送っただけだったし、頬へのキスは不意をつかれただけだし、俺は悪く無いし……嘘、ちょっと油断した俺も悪い。


「お兄ちゃん、あの話誰から聞いたの?私話した覚えは無いけど?」訝しげに、兄を見るたえ。


「何言ってんだ!!確かに、お前から聞いた。一年位前になるのか?今でも、思い出すだけで腹が立つ」あっまずい、アカギ兄さんは、たえの事になると直ぐにキレる。


「あの時のたえは、泣いてたぞまこと!!」急に、俺の胸ぐらを掴むアカギ兄さんに、

「ちょ、ちょっと待って!!」たえが止めるのも待たずに、そのまま俺を壁に押し付ける。バタンという音と部屋に掛けておいた、ラッセンのイルカのアートパズルが、下に落ちた。

「おい、まこと!!たえは、泣いていたぞ!!あの時は、本当に酷い酔い方をしてな!!」俺は、兄さんの剣幕とたえを泣かせていたという嫌悪感で、何も言えなくなってしまった。


「……すみません……」喉から出た声は、掠れていて、たえを泣かせたと言うアカギ兄ちゃんの言葉が、頭をリフレインする。


「待ってよお兄ちゃん、乱暴にしないで、まことが苦しがってる」たえの声に、アカギ兄さんは、ゆっくりと俺から手を離していく。


 俺は壁に沿って、ゆっくりと滑る様に床に座り込んでしまった。


「たえの事を泣かす奴は、それがお前でも許さんぞ、まこと」アカギ兄さんの声は、冷たくそして悲しく聞こえた。


「大丈夫、まこと?」座り込んだ俺に、たえは手を貸して立たせてくれた。


「お兄ちゃん!!酷くない!?」


「五月蝿い、昔からお前達の事は知ってるし、ずっと見てきた。お前らが、お互いにどう思ってるかも知ってる」アカギ兄さんはその場にドカッと座り込む。


「お兄ちゃん……」


「だが、まことが都会の風に染まってしまって、女たらしになったのなら話は別だ、たえは、連れて帰るぞまこと」どこかで聞いた様なフレーズと共にアカギ兄さんは俺を睨んだ。


「勝手に話進めないでよ!!」たえの声に、思わず俺はハッとする。たえが泣いていたって言葉のせいで茫然としていた俺は、頭を振って、やっと正気を取り戻す事が出来た様だ。


「すみませんアカギ兄さん、本当に勝手に話を進めないで下さい」お互い座っている同士、アカギ兄さんの視線を真っ正面から見据える。


「何だと小僧、大事な妹泣かせておいて良い度胸だ」俺の呼び方がまことから、小僧に変わった。相当キレてる様だな、でもそんな事は関係無い。

「一年も前の話を持ち出されて、はいそうですか、そのまま連れて帰って下さい。何て言えるかよ」俺は視線を反らさずにそのまま、言い返した。


「年月なんて関係ねぇ、あの時のたえは、泣いていたんだ。お前が泣かせたんだ、小僧」


「その話は、とっくについてるんだよ。今更混ぜ返すんじゃねぇ、何にも知らない癖に好き勝手言うんじゃねぇ」売り言葉に買い言葉、俺も段々と正気でいられなくなった様だ。


「ほざいたな小僧、そのイケメン、ボロボロにされたくなければお口にチャックしとけや」こめかみに青筋を立てるアカギ兄ちゃん。


「やって見ろよ、魚相手ばかりで鈍ってるんだろ?」


「ほざけ小僧、そう言う事は、メカジキに人差し指喰われてから言ってみろ」アカギ兄ちゃんは右手の人差し指が無い。


 カジキ釣りに行った時に人差し指を200キロ越えのメカジキに指を持っていかれたらしい。それでもカジキを釣り上げたらしいから恐ろしい人だ。


 そんな人にケンカ売ってるけどね、俺。


「反対側の人差し指も逝っとくか?」


「デカい口叩ける様になったな小僧、ヘタレの癖に、どうせ告白も出来て無いんだろ?」


「はぁ?ふざけんなバンバンにコクったわ!!なんならもう付き合ってるわ!!」


「吹かすな小僧、お前が告白なんて出来る訳が無いだろ?あれだけ、色々チャンスがあったのにいざとなったら今日もコクれ無かったーって、泣いてる様な奴がよ!!」ググッ!己人の古傷を……。


「五月蝿い!!告白したって言っただろ?何なら貰うもの貰ってるし、結婚の約束だってしてんだよ!!」この時の俺は、何故か過去最高にキレていて、いらない事までベラベラとしゃべってしまった。


「お前、いい加減にしろ!!人の妹の前で良くそこまで嘘つけるな?何とか言ってやれ、たえ」呆れるアカギ兄さん。振り返ってたえを見て、その真っ赤な顔に気付く。

「たったえ、どうした?その赤い顔は……えっ?まさか?」


「あのね、お兄ちゃん、言うの遅れたけど……」たえが恥ずかしそうにモジモジしているので、言ってやれ言ってやれと、たえを目で促す。


「今、まことが言ったの全部本当だから」赤い顔した我が婚約者が、少し不貞腐れた顔をして。


「まことの馬鹿……」うん、今回の件では自覚してる。










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