出来たって本当ですか?6
「俺達、結婚しようか?」
何となく、すっと出た言葉の意味の大きさを約一分後に気付き慌てる。
たえはこちらを見たまま、固まっていて……。
「いっ、今のはま……」間違えてと言いかけて、本当に間違えたのか?と自問自答する。
たえと付き合い始めてから、ずっと考えていた事だった。というか彼女以上の人なんてこの先現れる事なんて無いのだと個人的には思っている。
忍野たえ、幼い頃からずっと側にいた幼馴染み。優しく、人の機微にも聡い。教え子の生徒達にも慕われている。
もちろん外見は文句のつけようも無い程美しい。しかも、その美しさの先にはいつも俺の姿があって、彼女曰く俺に振り向いて貰う為に髪型を整え、肌を清潔を保ち、化粧を覚えてきたのだと言う。
これは、温泉旅行の夜の寝物語に彼女が少し寝ぼけながら教えてくれた俺だけの秘密。俺の為に俺好みの外見になろうと努力をしてくれた彼女の外見にケチをつける様なマネなど俺には絶対に出来ない。いや、する必要もないけどね。
それに加え、幼い頃から漁師、農家の親に教わって来たのだ、料理の腕は言うまでも無く。味付けは、俺の好みを完全に知り尽くしていて、家庭的で……。
何だよ、この幼馴染み、スペック高過ぎない?
なんで俺、さっさと付き合わなかったんだろう……馬鹿じゃないかな?うん、分かってる。
結局、俺が意気地が無かっただけの話なんだ。いつも一緒で、いつも俺の事考えてくれて……そんなたえの事を近すぎて異性と感じないとか、妹みたいなものだとか勝手に理由をつけて。その割に他の女の子のアピールも近くに、たえがいるからと誤魔化して。
「ねぇまこと、今のって?」恐る恐る聞いてくるたえに、俺はもう一度言った。
「俺と結婚してくれないか?たえ」
「いっ、良いの?まだ付き合って一年も経って無いんだよ?」
「そうだね。付き合って一年記念は何をしようか?」
「えっ?一年記念?どうしよう?じゃなくて付き合い始めてからの期間が!!」かなり、慌てているたえを見ていると、何となくこちらが落ち着いてくる。
「あのな、俺達が初めて会ったのは四歳位だから、もう二十年は一緒だぞ」
「それはそうだけど!!」愛しの人はかなり慌てている様だ。顔も真っ赤にして、手にしたグラスの中身を一気にって、待て待て!!
「こら、たえ!!お酒は駄目だって!!」寸前の所でお酒を飲むのを止めさせる事が出来て少しホッとする。
「あっ、そうだった。ごめんなさい」しょんぼりして見えるのは叱られたせいなのか、お酒を飲めなかったせいなのか?
「でも、良いの?私なんかで」上目遣いで俺を見るたえ。
「お前が自分を卑下する意味が解らない」
「お酒大好きだし」
「何を今更」
「先生になって、やっと二年目だよ?」
「結婚しても続ければ良いと思うし、続けて欲しいし」
「凄くヤキモチ焼きだよ?」
「ん?そこは、話し合いで解決していこう」
以前、何でも無かったとはいえ誤解される様な場面を見られてしまい、 酷く怒られた事もあったし、何事も絶対は無いからな。
「まこと、モテるし」膨れっ面のたえの頭を撫でて、「どこがモテるんだか知らないけどさ、だったら鎖で繋いじゃった方が良いんじゃ無い?」
「それはそうだけど……まことだって、もう少し自由でいたくないの?」
「自由なんかより、お前からの束縛の方が今は、よっぽど良いよ」
「そんな事言われたら、本気にするぞ!!馬鹿まこと!!」
「だから、本気だって何度も言ってるだろ?」
「だって、だって、だって!!ずっと夢に見ていたんだよ!!ずっと……」
「そっか……」
「ずっと、そうなれば良いなって思ってたけど、でもいざ目の前で、こんな急に」
「俺と結婚しろ、忍野たえ」
「でも、でも……」
「そんなに心配か?」
「違うの、頭が追い付かないの」確かに何の計画性も無い突発な話だけど、
「そんなに、頭悪く無いだろう」
「私、馬鹿だもん」先生が自分で馬鹿とか言うなよ。生徒が泣くぞ。
「嫌か?」
「嫌じゃない絶対!!本当は嬉しいの!!」
たえの声が部屋に響く。両手を強く握りしめてうつむきながら……。
「すっごい嬉しいの」
「だからさ……出来たと解る前に結婚したいんだ」解るだろ?出来たから結婚するんじゃなくて、
「そういうのと関係無くて結婚したい」多分これは俺の安っぽいプライドもあって。
でも、悪く言うなら子供が出来たから結婚するっていう出来ちゃった結婚じゃなくて、たえが好きだから結婚するって言いたいだけで、そしてそれは本当は俺なんかの為じゃなくて、たえが職場で陰口たたかれない様にする為で。
やっぱり先生が出来ちゃった結婚って、生徒指導の観点からしたら、あまり宜しく無いのだろうと思うし。 例えるなら、看護師さんが旅行先で、コロナウイルスに感染してくる様な。だから少しでも、周りから責められない様にしてあげたい。
「まことは、怖くないの?結婚」
「ビビってる、凄くビビってる。『はい、喜んで』ってすぐに言われると過信してたから、凄く自惚れてた。いつ言ってもOKしてくれると思ってたから」
たえは、ムッとした顔で、「それは、私を舐めすぎだよ、いくらまことが好きだからって、そんなに急げないし、それに……私だって、もう少しだけ恋人でいたいの……駄目?」
「駄目じゃないよ、駄目じゃないけど……俺も焦り過ぎたかも?」俺も冷静になって深呼吸をして考えた。
やっぱり焦ってたよな?子供が出来たかも?じゃあ、結婚しなきゃって。
俺は、しばらく考えて言った。
「じゃあたえ、結婚を前提で……つまり、婚約って形でどうだろう?」
「うん、ありがとう!!それなら何となく受け入れられそう」
「エヘヘ私、まことのフィアンセだ」顔を真っ赤にして、嬉しそうに笑うフィアンセを
強く抱き締める。
「ずっと、ずっと一緒だ」今だけは、テレビの音も周りの音も気にならなかった。
知らぬまにサッカーの試合は終わっていて、いつの間にか応援していたチームが8対1の大逆転勝利していた事にも気付かない位だった。
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