出来たって本当ですか?4

 しばらくの間、たえと見つめ合う。


「本当か?」


 テレビからは、応援してるチームが失点したと実況が続ける。味方ディフェンダーのクリアボールが味方に当たってしまい、その反射したボールが、ゴールポストに入ってしまうと言う、言わば自殺点オウンゴールの様だと説明している。


 やけに、オウンゴールが耳に残る。いや、まてサッカーは今どうでも良いんだ。


 今はこちらの方が……。


「うん、まあね」苦笑いしながら、俺から視線を外すたえ、慌ててビールグラスを手に飲もうとする。


「ストップ、今日はもうやめな」反射でたえの手を掴み、真剣な顔で見つめる。気を付けたつもりだったけど、たえのビールグラスから少しビールがこぼれてしまう。


「あっ、ごめん」あわてて、こぼれたビールをフキンやティッシュで拭き取り、たえの服についていないか確かめる。


「うん、こっちこそ……」何となく覚えている知識で妊娠中にアルコール摂取は良くないって話を思い出し、もうアルコールはやめておいた方が良いのかな?何て素人考えで言ってしまった。


 たえも、俺の過剰反応に動揺している様で、

「あのね、少し遅れてるだけだから、大丈夫だと思うよ」たえが少し慌てて否定してくる。きっと大丈夫、多分大丈夫、でも……。


「そうかも知れないけど、笑い話になるだけかも知れないけど……何かあってから、

 怖いじゃん。もし、たえの身に何かあってさ後悔する事になったら嫌じゃん」テレビの音が妙に遠く聞こえる。


「正直、俺お前との仲を進める事しか考えて無くて、今が幸せなら良いのかな?何て考えてて……」急に急に押し寄せる感情に俺は自分自身で怖くなってしまった。


「まことは、私に……その、子供とか出来てたら嫌?」


「そんな事無い!!絶対無い!!」まるで脊髄反射の様に、元々用意されていたセリフの様に自然に言葉が出てしまった。


「なら、そんなに慌てる事は無いんじゃない?」


「そうなんだけど……」情けない、次の言葉が出てこない。


 もし、たえが妊娠してたらどうしよう?

 勿論、責任は取る、これは絶対だ。


 ただ、びっくりしてしまった。ただ、慌ててしまった。口では、何とでも言えるのに、偉そうな事は言えるのに……。責任?あんな事した俺が?一人の女の子の運命を変えてしまった俺が?


『先生みたいだったよ』今日の帰り際に言われた彼女の言葉に悪気が無いのは解ってる。でも、その言葉は俺にとっての呪詛だった。思い出したくも無い、いや忘れてはいけないはずの記憶が甦ってしまう。


 そう、あれは俺が都内の高校に教育実習生として、研修に行った時だった。




 教育実習生として序盤は最高の滑り出しだったと思う。担当としてついてくれた先生が、とても優しく気さくで、格好良い。そう、まるで自分にとってのなりたい先生そのものだった。


 初めて会ったばかりの俺を、まるで親友の様に受け入れてくれて、趣味の話、遊びの話、そして恋愛の話等を親身に聞いてくれて。


 自分は英語選考だったけど、その先生の専門の倫理も良いななんて思ってしまったり、格好良い先生と一緒にいたおかげだろうか?

 女子高生達に囲まれて、自分で言うのもなんだけどモテたし、調子にのっていたと思う。


 だから、俺は判断を見誤ってしまった。教育実習2週間目、一人の女の子から相談を受けた。


 放課後に相談にのって欲しいとの事だった。

 後になって思えばこの時に担当の先生に相談をすべき案件だったのだろう。ただ、あの時の俺は調子にのっていたと言うか、やる気に満ち溢れ過ぎていた。自分が、相談を受けたのだから、自分で何とかしなければならない。自分が何とかしてみせる。今となっては頭を抱えたくなるが、俺は一人で解決しなければならないと、勝手な使命感に突き動かされていた。


 女の子は、いうなら普通の女の子だった。クラスで目立つ訳でも無く。かといって孤立している訳でもない。もしかしたら、イジメだろうか?もしかしたら、家庭の悩み?話を聞く前から俺は考え込んでいて、彼女の思い切って勇気を振り絞った言葉を聞いた時、ほっとしたため息と共に、つい言葉が出てしまった。


「なんだ、そんな事か?」彼女の悩みとは、恋の悩みだった。


 彼女は、一週間前に研修で来ていた教育実習生に恋をしたのだ。彼女にとっては初恋だった。


 つまり、俺に恋をしたらしい。


 彼女の告白に俺は、拍子抜けしてしまっていた。どの様な悩みなのだろうか?俺が救ってみせるのだと意気込んでいた俺にとって、この様な告白は、幸か不幸か中高年の頃から俺には良くある話だったのだ。


 次の日から彼女は、不登校になった。


 後は、分かると思う。この事が問題となり、大学と高校側からの申し出で、今回の教育実習は中止となり、俺は教師としての道を諦めた。


 いや、申し出が無くても俺は多分続ける事が出来なかっただろう。しばらくたってから担当だった先生がわざわざ大学まで来てくれて、事の顛末を教えてくれた。


 結局、彼女は一月ほど学校を休み、最終的に転校したとの事だった。


 謝罪をしたい事を先生に言ったが、彼女の住所も転校先も教えては貰えず、ただ先生に謝罪の言伝てを頼んだ。


 今でも思う、俺はあの時どうしていれば良かったのだろうか?何故、一人で動こうとしたのだろうか?いや俺は見落としていたのかも知れない。教師という職業の繊細さを。今となっては、どうしようも無いけれど……。


「俺なんかが、幸せになって良いのかな?」口から出た言葉は、サッカー中継の騒がしいテレビの音に書き消されて聞こえない筈なのに……。そのはずなのに、たえは俺を優しく抱き締めて、

「まこと、大丈夫?あの時の事また思い出したんだね?」耳元で、そっとつぶやいた。











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