第32話 姉弟の情

 父親にはどうしったって助かる未来は無かった。


 けれどそれは、彼を殺した俺の弁だ。

 エミィがどこまで納得しているかは分からない……が、いずれ「そうで良かった」と受け入れるだろう。

 

 あの村の調査は、今も行われている。

 すぐに村中から村人達の遺体が発見され、その全てが同じ剣筋で斬られたことが判明する筈。

 そしておそらく、彼女の母親の遺体も混ざっているに違いない。


(受け入れ方次第だが、母親を父親が殺した……その時に既に父親の魂が体から完全に離れていた方が慰めにはなるだろう)


 そうであれば、もしも死後の世界とやらが存在したとき、二人は何の負い目も無く再会できるかもしれない。

 ……って、らしくない考え方かな、これも。



 それから、細かい説明、気付いたことを伝え終え、エミィを退室させた。

 今の彼女に必要なのは時間だ。

 傷を癒やし、考え、現実を受け入れ、進むべき道を決めるための時間……もしかしたら一生癒えることは無いかもしれないが。


 そして、そんな時間が必要なのは彼女だけじゃない。

 不運な事故によって大切な領民を失った領主――ラウダもだ。


「姉様。顔色が優れない様子ですが、あまり休まれていないのでは?」

「う……そうね。貴方の話を聞いて、余計に考えることが増えたようにも思うけれど……」

「すみません」

「貴方が謝ることじゃないわ。可愛い弟のことだもの……弟、でいいのよね?」

「はい。姉様がいいのなら」

「もちろんよ。アルマはアルマ。たとえ、前世を思い出そうが、ね」


 イスカと同じように、俺を受け入れてくれると言うラウダ。

 その優しさに、俺はホッと溜息を吐く。


「まぁ、あの変貌っぷりにはビックリしたけれど」

「ははは」

「アルマ様、ラウダ様はお褒めになられたわけではないと思いますが」

「ははははは」


 責めるような響きだが、笑って誤魔化しておく。

 本当に、どんどん、どんどんアズリアから遠慮が消えていっている気がする。


 その方が俺も気を遣わなくていいけれど。


「ねぇ、アルマ」

「はい?」

「アルマはこれから……どうするの?」


 ラウダが顔色を窺うように聞いてくる。

 ラウダと共に領政に関わるか、これまで通りイスカの弟子として鍛錬に励むか。


 きっと彼女はもう俺が何を選ぶか分かっているはず。

 それでも改めて聞いてくるのは、万が一があってほしいからだ。


(あんなの見せられて、それでも心配できるんだから、姉ってのは偉大だな)


 そう思いつつも、心はもう決まっていた。


「ラウダ姉様には悪いですが……決めました」


 長くない命の使い方。

 きっと選択肢は俺が思っているよりずっと多い。ラウダはサポートしてくれるだろうし、イスカも文句は言わないだろう。

 それでも、分かってしまったんだ。


「どうやら、バカは死んでも治らないみたいです」


 そう苦笑する俺に、ラウダはどこか寂しげな表情を浮かべた。

 彼女は俺の前世に察しがついているらしい。なら、ねじ曲がっている可能性はあるけれど、それなりにその生き様も分かっているだろう。


 実際にどんな感情なのか分からないが……今はその優しさに甘えようと思う。


◇◇◇


 そうしてラウダも去り、部屋には俺とアズリアだけが残された。


 アズリアには、俺に一人で考える時間をあげよう、なんて発想はないらしい。

 イスと尻が縫い付けられたみたいに、動く気配を全く見せず、俺をじっと見つめてきている。


 瞬きも最小限で……普通ならこれだけ見つめられれば落ち着かなくもなるだろうが、俺はすっかり慣れてしまった。

 特別用事があるわけじゃない。ただ、こいつのライフワークなのだ。俺を見ることは。


「……そういやさ」


 ふと、気になったことがあり口を開く。

 

「お前はいいのか?」

「何がですか?」

「このまま俺についてきてさ」

「……ああ、定期的に来る意志確かめタイムですか」

「謎の恒例行事を作るな」


 そりゃあ、たまに聞きたくもなる。

 どういう考えか、アズリアは俺の傍付きを辞めようという気配さえ見せない。


 人生設計という点からすれば、やはり俺に付き合うのは効率が悪いと思う。

 俺は長くは生きない。何か事故がなければ確実にアズリアより早く死ぬ。

 そんな俺に彼女はぴったりとくっついて、こんな僅かな時間でも離れもしないで、下手すりゃ俺が死んだ後にすぐ後を追ってきて「黄泉の旅路もお供します」とさえ言い出しそうな気配を放っている。


 故に、俺さえ尻込みしてしまって……こうして直接、ストレートに聞くのは結構久しぶりな気がするんだけどな。


「答えるまでもありませんが、当然これまで通り、お供します」

「俺の本性を見たろ」

「ああ……一騎打ちの形になって、高笑いされているところとか」

「……まぁ、あれはつい気が高ぶったというか」


 素面の時に言われるとちょっと面映ゆいが、まぁ、本性というのはあれで間違いない。


「おっかないだろ、あんなの見せられたら」

「そうですね。いつ火の渦に飛び込んでいって焼け死なれるかも分からない。だからこそ、私がおそばで火の粉くらいは払うべきと思うのですが」


 アズリアは表情を変えず、当たり前のように返してくる。

 当たり前すぎて、逆にバカにされてるみたいだ。


「そもそも、お前はどうして俺の専属やってるんだ?」

「え?」


 売り言葉に買い言葉的に、勝手に出てきた言葉だったが、思えば確かに今まで聞いたことがない。


 突然、イスカの紹介でアズリアはうちに雇われることになって……そして、本人が望んだから、空席だった俺の専属の座に収まったんだったか。


 当時は特に不思議に思わなかったが、ここまでピッタリ公私のどちらも捧げてくっつかれると、何か深い意味があったかのように思える。


「そうですね……」


 アズリアはかすかに首を傾げる。

 どうやらこれには考え込む何かがあるらしい。


 でもせっかくだ。

 俺は彼女をより知るべく、答えを待ってみることにした。

 

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