第31話 子供扱い

「前世の、記憶……」


 ラウダは呆然と呟く。

 そしてエミィも、呟かないまでも驚きに目を見開いていた。


 このリアクションも三回目。

 今更どうとも思わないが、その理由の一つとして、もう既に裏付けとなる戦闘時の姿を見せてしまっているというのもあるかもしれない。


 イスカ、アズリアときて、今回のラウダ、ついでにエミィ。

 あまりおおっぴらにするべきではないと思いつつ、なんだかんだトントン拍子で説明するハメになってしまった。

 身内はともかく、これからも俺の本性――というか、説明を求められる事態を迎えることは十分想像がつく。


 何か、適当な言い訳を用意しておいた方がいいかもしれないな。


「アルマ」

「……はい?」

「それじゃあ、あの時突然出した剣も、その……前世由来のものになるのかしら」

「ああ……そうですね」


 そう言いつつ、アンリーシュを出してみようとするが……今回はうんともすんとも言わない。


「どうやら、本当に必要なとき以外、姿を見せてくれないそうですが」

「…………」

「……ラウダ様?」


 口元に手を当て、何か考え込むラウダ。

 そんな彼女にアズリアが声を掛けるが、ラウダは気にもとめず――


「……『アンリーシュ』」

「っ!!」


 ぽつり、と呟いた。


「ね、姉様?」

「やはり、そうなのね……!」


 ラウダの目に、何か輝きが宿ったような気がした。


「私も文献で読んだだけだけれど、あの剣……いえ、魔剣は外見的特徴が完全にそれと一致していたもの!」

「そ、そうなんですか」

「結構マニアックな本だから、有名ではないと思うけれど。でも、その剣を持っているということは、貴方の前世って……!」

「ね、姉様! 今それはいいじゃないですか!」


 もしも外見からアンリーシュだと分かる程度に詳しい記載があれば、持ち主であったリバールについてもそれなりに書かれていておかしくない。

 そして、リバールは……思い返してみて控えめにも善人とは言えない男だ。

 できることなら、ラウダの胸の内だけに閉まっていてほしい……ぐぐぐ、アズリアの視線が痛い!


「説明しなくちゃいけないことは、まだ、残ってます! ドンヴァンのことです!」


 そう、むしろこちらが本題だろう。

 エミィが息をのむのを横目で見つつ、俺は軽く呼吸を整える。


「アルマく……さまは、お父さんに何があったか分かってるの? ……ですか?」


 おずおずと、エミィが聞いてくる。


(8歳……か)


 改めて、彼女にそのまま教えるべきか、多少脚色すべきか悩んでしまう。

 世間的に見れば間違いなく子供。けれど、俺が8歳立った頃はどうだっただろうか。


 リバールは、この頃には既に剣を握っていた。身寄りは既になく、頼れる者もいない。

 死体を漁り、魔物を殺し、時には子供と軽んじられ醜い大人達にカモにされつつ……そんな、その日暮らしを続けていたような。


 対しアルマは……ベッドに寝ていただけだ。

 もちろん、怠惰だったつもりはない。ただそうするしかなかったんだ。

 病気に蝕まれ、絶望感に苛まれながら、じわじわと心を壊していく日々。


 我ながら両極端な生き方だと呆れてしまう。

 けれど共通して、俺はただその生き方を選ぶしかなくて、ただ流されていただけだ。


 たぶん、エミィは違う。

 理不尽に襲われ、両親と帰る家を無くした。不運な事故だ。

 けれど、その事実から逃げずに、こうしてここにいる。


(相手が子供でも……関係ないか。こういうのは尊重すべきだろう)


 自分が子供扱いされるとそれなりにムカつくのに、こちら側になるとつい手を緩めたくなるんだから救いようがない。

 だから、苦手意識がいつまで経っても抜けないんだろう。


「ドンヴァンは、俺達と会った時点で既に死んでいました。あの中に入っていたのは別人です」

「別人……エンフィレオと名乗っていた……?」

「姉様は聞いたことありませんか。俺と似た前世を思い出し、それも聖痕とやらを身に宿した者の事例を」

「え、ええ。多少はだけれど……まさか、ドンヴァンがそうだったと?」

「はい。俺もイスカ姉様から聞いただけですが、対面すればすぐにそうだと分かりました」


 あの独特の気配。初めて会うのに誤解のしようがなかった。

 気味の悪い、内側が透けて見える感覚。


「ど、どういうこと。あの時のお父さん、確かに変だった、ですけど」

「敬語はいらない。それと、もうあの時にはお前の父じゃなかったと言っている」


 どう説明すべきか、僅かに考え、改めて口を開く。


「今からずっと前に死んだ誰かの魂が、お前の父の体だけを奪ったんだ。服を着替えるみたいに。だから外見は父親でも、中身はまるで違った」

「それじゃあ、本当のお父さんはどこに……」

「死んだ。あの体にはもう、他に何も残っちゃいなかった。あの時にはもう、完全に手遅れだった」


 ほんのひとかけらでもドンヴァンの魂が残っていたのなら、俺の剣閃も多少は鈍ったかもしれない。

 そういう意味では残っていなくて良かった……とは、さすがに口にできないな。


「どうして、そんなことが分かるの!? もしかしたら……」

「分かるさ」

「っ……!」


 攻撃的だったエミィが息を飲む。それだけの雰囲気が出てしまっていたか。

 元々子供にするには重たい話だ。加減なんて分からない。


 結局のところ、俺はただ真実を口にするだけ。それで義務は果たせる。

 その先、エミィのことは……彼女自身かお人好しな誰かがなんとかすればいいだけのことだ。


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