第30話 慈愛と恨み

「入るわよ、アルマ」


 俺が目覚めて半刻ほど。

 落ち着いたアズリアが報告に行き、そしてラウダを連れてきた。


 彼女は部屋に入るなり、ベッドの上で座る俺を見て目を見開き――すぐに安堵で表情を崩す。


「良かった。本当に目が覚めたのね」

「アズリアが嘘吐くなんて思いました?」

「嘘かもって思うくらいの容態だったのよ、まったく……」


 ラウダはベッドに腰を掛けると、優しく頭を撫でてきた。

 ドアの傍で控えていたアズリアがハッと驚いた表情を浮かべる。いや……どこか羨ましそうか?


「実はイスカ姉様から言われていたのよ。貴方は無茶するかもしれないけれど、どうか見守ってあげてって」


 ラウダはそう言いつつ、俺の頬を摘まむ。


「へ、へーはは?」

「その無茶がまさかあんなになんて……アズリアからもう説教されたと思うけれど、私からも一言二言言わないと気が済まないわ」

「ふ、ふひはへん」


 頬を掴まれ上手く喋れないが、とりあえず謝る。

 そんな俺を、ラウダはじっと見つめ――力強く、抱き寄せた。


「姉様……」

「怖くなかった?」


 ……そうか。

 彼女にとって俺は、まだ12歳の、世界を知らない子供だ。

 いや、ただの子供じゃ無いってことは彼女も察しているだろうけれど。


 それでも……なんだろうな。

 化け物だなんだと否定されず、弟として受け入れてもらえるのは、ちょっとホッとする。


 それが俺の中のアルマらしい部分なのか、それともリバールらしい部分なのかは、分からないけれど。


「はい、大丈夫です」

「……そう」


 ラウダは少し寂しそうに頷いた。


「姉様、説明します。俺のこと、あの日のこと……もちろん、分かる範囲になりますが」

「ええ、そうね。私も分からないことだらけで、思考を放棄してしまっているというか……領内の話だから、それじゃあいけないのだけれど」


 見ると、あまり寝れていないのか、ラウダの目元には薄くない隈が浮かんでいた。

 実際村一つが消えたようなものだ。彼女の心労は、とても俺に測りきれるものじゃない。

 関係者……特に父にも説明をしなくちゃいけない。


「ねえ、アルマ。その説明というの……もう一人、聞かせてもいいかしら」

「えっ」


 もう一人というと……ちょうど考えていたからか、父の顔が頭に浮かぶ。


 本邸に住んでいた頃も殆どまともに話したことのない父。

 発作で倒れて、母が見舞いに来ても、顔を見せなかった父。

 週に一度は手紙をくれる母に比べ、一度も手紙なんか送ってきたことのない父。


(…………)


 なんだか、胃の奥に重たい石でも入れられたみたいな、ヘビーな気分になってきた。

 こうも特定の誰かに苦手意識を覚えるなんて、俺らしくもない気がするけれど。


「……もちろんです」


 とはいえ、断るわけにもいかない。

 というか、いくら領内の出来事とはいえ、父が直接赴いてくるとは限らない。

 むしろラウダが呼び出される側というか……うん、そんな気がする。


 既に部屋の前に待機していたのか、ラウダが目配せをするとアズリアがそのもう一人を呼び込みに廊下に出た。


(さすがに父を廊下に立たせておくなんてしないよな……?)


 一連の動きを見て、内心胸を撫で下ろす俺。

 けれど、じゃあ父でないなら誰なのか……と次の疑問が湧いてきた、直後。


 アズリアが部屋に連れて入ってきたのは――


「……エミィ?」


 あの村で唯一生き残った女の子。

 そして、俺が手に掛けた、ドンヴァンという男の娘。


 彼女はなぜかメイド服を纏っていて……俺にキッと鋭い目を向けてきた。


 まさかエミィが来るとは露にも思わなかった。

 けれど、確かに彼女にも、説明を聞く権利がある。


「ほら、あんなことになったから行き場所が無くて……うちで見習いメイドに雇ったの」


 そう囁いて教えてくれるラウダ。

 まぁ、それ以外に彼女がここに、こんな格好をして居る理由も無いとは思うけれど……


(仮にも子爵家だ。エミィの地力が高いと評価して雇ったんだろうな。)


 俺も話していて、8歳にしてはしっかりしていると思った……って、子供のことなんかよく分かっちゃいないけど。


 父の敵である俺の近くに置くのは酷な気もするけれど、アズリア以外の使用人と関わることは滅多にないし、俺の考えすぎか。

 

「アルマ、それじゃあ……いいかしら」

「あ、はい」


 まぁいい、恨みを買うのは慣れている。

 俺があれこれ勝手に考えても、向こうにゃ一切関係ないと割り切れる程度には。

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