第29話 生還

「アルマ様ッ!!」


 怒号にも似た叫び。

 それに俺が振り返るより先に、体当たりにも近い衝撃を伴ってアズリアが抱きしめてきた。


「どうしてこんなに無茶をするんですかっ!!」


 そうしなきゃ死んでたのだから、彼女の怒りは理不尽なのだけど……いや、そんなのは野暮か。

 血が滲むほどに唇を噛みしめ、手のひらには爪の食い込んだ跡がある。

 あの破れない球の中で、彼女がいったいどれほど俺を心配していたか……考えるまでも無い。


「ごめん、心配かけた」

「まったくです! 本当に……本当に……無事で良かった……」


 あまり感情を表に出さない彼女だが、今は人目も憚らず涙を流していた。

 暗闇が隠してくれているのが幸いと言うべきか……エンフィレオの神剣や金色の球が消えたことで月明かりだけが照らすだけになった夜の世界は、最初よりずっと暗く感じられた。


(ていうか……ちょっと、やばくなって……)

 

 脳内麻薬が切れたか、頭がくらくらしてきた。

 魔剣を握ろうが、失った血は返ってこない。今回も相当に垂れ流したし、熱が引いた今ではもう意識を支えてくれるものも無い。


「……お父さん」


 ぽつり、と。

 呆然とした呟きが耳を打った。


「お父、さん」


 自分に刃を振り下ろそうとした男。

 けれど、それでも、彼女にとって彼は、俺が斬った男の体は、たった一人の父親のものだ。


(…………)


 もう殆ど目を明けてはいられなかった。

 アズリアにぐったりと寄りかかり、脱力して……それでも、視界の端でエミィの姿を捉える。

 傍にはラウダが寄り添っているが、彼女もどう声を掛けたら良いのか分からないようで、ただただ目を伏せている。


(彼女にとって俺は、命を救った恩人か、それとも親の仇か)


 つい、そんなことを考えてしまうのは、彼女の境遇が遠い昔の自分を思い出させるからだろうか。

 それとも……


(ああ、駄目だ。げんか……い……)


 持っていたアンリーシュが霧散し、消える。

 いよいよまぶたを上げておく余力さえ尽きて、俺はすっかり慣れた感じで意識を手放した。



「……ん、う」


 次の瞬間、俺はベッドに寝かされていた。

 ラウダの屋敷で借りている、自室のベッドだ。


 一切夢を見なかったおかげで一瞬のように感じられたが、ぐっすり眠りはしたのか、先ほど――倒れる前より体調はずっと良くなっていた。


「おはようございます、アルマ様」

「おはよう、アズリア」


 相変わらず、ベッドサイドに座っていたアズリアとそんな挨拶を交わす。


「今回は何週間寝てた?」

「まったく、悪びれもせず……今回は三日間眠られていました」

「なんだ、随分軽く済んだなぁ」

「言っておきますが、三日も、ですからね?」


 じとーっと睨みつつ、反省を促してくるアズリア。

 とはいえ、怒りより安堵の方が透けてみえる。


 なんというか、素直に怒られるよりこっちの方が効くなぁ。


「……どうしてそう、清々しい顔をされているのですか」

「そんな顔してるか?」

「していますよ……」


 アズリアは深い溜息を吐きつつ、俺の手をぎゅっと握る。


「本当に……生きているんですよね?」

「ああ」

「聞きたいことが沢山、あるのですが」

「だろうな」

「……どうせ答えてくれないと思いますけど」

「なんでだよ。信用無いな」


 俺よりずっと年上のくせに、どこか甘えん坊のようなめんどくささを見せるアズリア。

 頭でも撫でてやった方がいいだろうか……いや、バカにしてるって思われるかな。


「まぁ、私はアルマ様の専属メイドですから。説明されずに振り回されるのにも慣れていますが?」


 なんか、妙な見栄を張り始めた。


「でも……他の方は違いますからね」

「他の方? ……ああ、そういうことか」


 あの場では当然アズリア以外の人もいた。

 馬車の番をしていたライゼンはともかく……ばっちり、弟の変わり果てた姿を見た姉様は、いったいどう思ったんだろうか。


(イスカの次はラウダ……やっぱり姉ってのには隠し事できないのかもな)


 彼女から一体どんな言葉が出てくるか想像しつつ、やっぱり俺には色々な意味で戦いの方が合っていると再認識した。

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