第33話 意外な素顔
俺の人生の半分以上を一緒にいた従者、アズリア。
彼女の、俺に付き従う動機が分かるとなって、俺は妙な緊張を感じていた。
「そうですね……」
僅かな逡巡を経て、アズリアは俺を見つめてきた。
「ズバリ、顔です」
「……………………へ?」
「顔が、とんでもなく、タイプだったんです」
…………一瞬聞き間違いかと思ったが、まったくそうじゃなかったらしい。
「アルマ様と出会う前、イスカ様と一緒に仕事をする機会がありまして。その時、散々自慢されたんです。『私の弟は天使だ』と」
「はぁ」
「普段ならしょうもない惚気話だと流すところですが、イスカ様は裏表の無い方。あの方が手放しで褒めるということは、もしかしたら本当に天使なのではないかと気になりまして」
「へぇ」
「なので、こっそり子爵家のお屋敷に忍び込んだんです」
「ぶっ!?」
それって犯罪じゃないか!?
「ああ、ご安心を。中ではなく、屋敷の外壁を登って、窓から部屋の中を覗き見ただけですので」
どちらにせろ敷地内ではあるからアウトだろうけど……まぁ、いい。
「そして、窓の外から見たアルマ様は……そりゃあもう、お可愛く!!!!!」
「うおっ」
これまで聞いたことのない、アズリアの弾けるような大声に、俺は思わず肩を跳ねさせる。
「天使、いえ、天使以上の可愛さで、私は一瞬で虜になったというか、心臓を打ち抜かれたというか、『ああ、私の人生、この方に会うためにあったんだ』と、神の啓示を受けたような気分になったのです」
「な、なるほど」
色々ツッコミどころはあるけれど、ぐっと飲み込む。
これは沼だ。底なし沼。下手に足先でつつけば、一気に引き込まれ圧死させられてしまう。
「そして……それからの経緯はアルマ様もご存じでしょう。私は全力を注いでクレセンド家のメイド戦争を勝ち上がり、アルマ様の専属の座を得たのです」
「ふぅん」
これは拍手でもした方がいいんだろうか。
とにかく、こうも顔顔言われると、反応に困る。
まあ、ただなよなよした顔立ちは損が多いと思っていたから、アズリアと引き合わしてくれたのは思わぬメリットだったと思える。
(内偵とかにも使えるかもな。色仕掛けみたいな——痛っ)
「アルマ様、今変なこと考えられてませんでした?」
「な、ないない」
相変わらず敏感だ。
少なくともアズリアの前では企むのはやめた方が良さそうだな。
「あと、顔はあくまできっかけですからね。今はもちろん、アルマ様の殆どをお慕いしていますから」
「殆ど」
「全てを理解したわけではないですし」
俺以上に俺のことを理解していそうだけど……ああ、前世のことか。
約束した手前、無理して聞こうとしてこないが、ラウダが自分より察しているのが気に入らないと思っているのは見ていてよく分かる。
だからこそ、言わない方が面白い……っと、これも察されたら大変だ。
「でも、そうか。アズリアは俺の顔が好き、かぁ」
「なんですか、何か悪巧みしてる感じが——」
「んーん、何でもないよ、アズリアお姉ちゃん!」
できるだけ甘ったるい声で、できるだけ可愛く見えそうな表情で、元気いっぱい(苦笑)に返事をする。
……なんて、さすがにあざといか。
アズリアも突然の奇行に驚き固まって——
「ぶふっ!」
「鼻血!?」
アズリアは無表情のまま、突然鼻血を吹き出し、ベッドに突っ伏した。
「あ、アズリア?」
彼女は左手で顔、というか鼻を押さえつつプルプル震えている、
そして、そんな体勢のまま空いた右腕を上げ——グッと親指を立てた。
「…………」
ああ、こいつはこいつで、まぁまぁそこそこ、やばい奴だったんだなぁ。
今更になって、そう認識を改める俺であった。
あと、他人が突然血を吹き出しているのを目の当たりにすると驚くなぁ、とも。
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