第27話 力の差
「ぐうう……!?」
「な……!」
なんだ!?
突き立てたナイフが、押し返される……!?
これも何かの能力……!?
いや、エンフィレオは悲鳴を上げていて、そんな雰囲気じゃない。
こいつも予期しない何かが、こいつを守って……まさか!
(ドンヴァン持ち前の筋肉が押し返してきてるのか!?)
エミィの話じゃ、彼は木こりから転身した農家だった筈。
ただの農家にそれだけのポテンシャルがあるなんて……!
「この……愚民がッ!!」
「ぐ……!!」
力任せに、エンフィレオが棍棒のような腕を振り回したことで、俺はたまらず飛び退いた。
屈強な筋肉は強靱な鎧のようなもの。ただの農家と驚きこそしたが、彼が戦いを生業としていなくて助かったと思うべきかもしれない。
(それと察するに、エンフィレオがドンヴァンの身体を奪ったのは昨日、一昨日の話だ。エンフィレオが身体の使い方を知っていたら、手がつけられなかったかもな)
俺の個人的感情はどうであれ、こいつは必ずここで倒さなければならない。
ラウダの実力はハッキリと分かっていないが、俺が倒れれば最悪アズリアの番が回ってくる可能性だってある。
(その為には、このナイフじゃ頼りなさすぎるか……?)
「ぐおおおおっ!!」
「っ、しまった!」
エンフィレオは怒りに満ちた表情で、力任せに迫ってきた。
これはまずい。そもそもの体格差がとんでもないんだ。
大人と子ども。それも、規格外の強靱な体の持ち主と、今にもぶっ倒れそうな病弱少年が力比べをすれば、結果は火を見るより明らかだ。
「このっ、貴様なんぞに! 我が輩が! 傷つけられてたまるものかッ!!」
「く、くそ……!」
再び、刃同士が打ち付け合う音が響き渡る。
しかし、立場は逆転――今は俺が防ぐ側だが、大振りな神剣を小ぶりのナイフで防ぐのは、かなり神経を使う。
正面からまともに受ければ刃をへし折られるから上手く受け流さないといけないが、それでも手にはジンジンと衝撃が響いてくる。
「ふんっ! ふんッ! ふんッ!!」
さっきまでの気取った感じは一切無く、怒りに身を支配された獣のように、エンフィレオは延々剣を打ち付けてくる。
その執念は凄まじく、筋力差もあり、とても抜け出せない――
――ガギィン!!
「しまった……!?」
一際大きな音共に、ナイフの刃がへし折られたッ!
「死ねッ!!」
それがどんなに大振りで、見切るのに容易くても、力負けで体勢を崩された今、俺はその剣が振り下ろされるのを見ているしか無くて――
――アルマ様っ!
聞こえるはずの無い声が聞こえた気がした。
俺は無意識に、刃を受け止めるように手を伸ばしていた。
それは身体や精神に染みついたものではない。
ただの祈りのような、何の価値も無い醜い抵抗――その、筈だった。
――グオォン……!
「うっ!?」
「ぬおっ!!」
エンフィレオの神剣と俺の手のひらが触れる瞬間、空間が歪んだような音と共に、強い衝撃波に吹っ飛ばされた。
今度は俺だけじゃなく、エンフィレオの方もだ。
なんとか体勢を整え、着地する。
どうやら助かったらしい。けれど、劣勢は変わらない。
ナイフを失った。素手でどうアイツを殺すか――
(……?)
ふと、右手に重みを感じた。
いつの間にか何かを握っていたらしい、と気付いて、見ると――
「は……ははは! なんだよ、今回はまだ呼んでもないのに……!!」
俺の手には漆黒の刃を煌めかせた魔剣、『アンリーシュ』が握られていた。
イスカとの立ち合いで現れた輪郭だけのものとは違う、1000年前、最後の瞬間まで握っていたのと全く同じままの姿で、確かにここに存在している。
正直、呼んでもないのにとか憎まれ口を叩きはしたが、間一髪だった。
あのまま素手で受け止めていたら、間違いなく終わっていただろう。
そんなあまりの窮地に、アンリーシュの存在さえ忘れてしまっていたが――と、そこまで考えた時、存在を主張するようにアンリーシュが震えた。
「なんだ……それは……!?」
「頼りになる相棒だよ」
ご機嫌取りにそう言いつつ、アンリーシュを構える。
「そして残念だが、こいつがこの手に戻った以上、俺の敗北は無くなった」
決して虚勢でもなんでもない。
エンフィレオの技量、能力。
対する、魔剣を手にした今の俺。
それらを比べたとき……いや、もう、比べるまでも無い。
「玩具を手に入れて、調子に乗るなッ!!」
俺の挑発ともとれる言葉に、案の定激高するエンフィレオ。
全速力で迫り、勢いそのままに剣を振るってくる。
が――怖さは無い。
「ああ、俺もそう思うよ」
俺は自嘲を込めて返しつつ、横薙ぎに剣を振るった。
イスカとの戦いで、彼女の剣を奪ったとき。
イメージする自分の理想と、現実の身体のギャップに酷く失望を覚えたものだ。
そもそもどんな達人でも、理想とする動きと実際の動きには多少なりともギャップが出るもの。
人生の殆どが戦いだったリバールと、病魔に冒されたアルマの間にある差が極端に大きすぎたというだけの話だ。
では、今はどうか。
当然、剣なんてろくに触れない。身体も貧弱の極み。
ゼタストラで命を極限まで削り、最大限にゲタを履いたとて、その差は一向に埋まらない。
(けれど、今の俺の手にはアンリーシュがある)
これはオレの為に作られた魔剣。オレの相棒。オレの身体の一部。
そして俺にとって――
――ギィィイインッ!!!!
けたたましい剣閃の交わる音が響いた。
しかし、手に伝わってきた衝撃はその盛大な音に反し、ほんの僅かしかなかった。
俺の振り抜いたアンリーシュの刃は、一切イメージとズレることなく――
「う、ぐぅああああああああッ!?」
エンフィレオの神剣を両断した。
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